第60話 あなたを支えます
「彼らとは会った事が……あったっけ?」
「僕はラディカル子爵家を継いでからまともに接するようになった気がする。それまでは……記憶にないや。接してくれていたかもしれないし、会った事があるかもしれない」
「そっか……」
お茶会は思ったよりも話が弾み、次の予定ぎりぎりまで及んでしまった。
「じゃあね、姉さん」
「ええ、マルク、テレーゼさんお元気で」
「はい……!」
王宮を去る2人の仲睦まじく幸せそうな背中を見送りながら、次に対面する侯爵家の元へとレアード様の手をつないで走っていったのだった。
季節は過ぎ、厳しい冬が徐々に終わりを告げようとしていた。あの結婚式からも1年が過ぎたのだ。
国境付近の戦いに参加していたレアード様が王宮に戻って来たのは、雪も溶けて春の陽射しによく似た太陽が顔を出していた頃。
「ただいま戻って来たぞ。メアリー」
「レアード様。おかえりなさいませ」
「元気そうで何よりだ」
互いに笑顔を浮かべると、なんだか身体中がぽかぽかと温まって来たのだった。
夜。シャワーを浴び終えた私がいつも通り自室のベッドで就寝する前。
「王太子妃様。王太子殿下のお渡りでございます」
「えっ」
いきなりの訪問にあたふたするも、お構いなく。と言った具合でレアード様が入室してきた。
「こんばんは。メアリー」
「レアード様。お疲れ様でございます」
ベッドのそばで頭を下げる。レアード様は微笑みを浮かべながらこちらへと近寄ってきた。
「わっ」
彼の手が、ぽんと私の頭の上に置かれる。
「ほら、入れ」
「は、はい……」
レアード様に促されるまま、私はベッドの中に入る。
「結婚式から1年が経つな。ずっと戦いに明け暮れていたから中々確認が取れずに申し訳なかった」
「いえ、謝らないでください」
「それでだ。お前はどうする?」
レアード様が私に契約結婚から……本物の夫婦の関係になるのか否かを聞いているのはすぐに理解できた。
それなら、答えはただひとつ。
「ずっとあなたのそばにいたいです。本物の夫婦として」
「そうか。わかった。……ではこれは女官としての最後の命令だ。今日、この夜から王太子妃としての努めを果たすように」
「はい、レアード様」
私が答えたあと、彼の唇が私の唇の上に重なる。
「んっ……」
貪るように、確かめ合うように……くちづけを交わす。
今日は多分、キス以上の事もするんだろう。
「はっ、レアード様」
「なんだ? メアリー」
「私は処女ですので……優しくして、頂ければ」
「それは無理かもしれないな」
クスッと笑うレアード様の顔には、これでもかと言うくらいの色気が漂っていた。
「しかし、痛かったら言えよ?」
「はい」
……これは、激しいものになるかもしれない。
初夜を終えた私は正式な王太子妃となった。女官としての仕事にさよならするのはちょっと寂しい。でも女官長達は優しく見送ってくれた。
春の穏やかな天気に包まれ、時折そよ風が漂うようになった日の事。マルクからテレーゼが身ごもったという知らせが届いた。そうか、彼にも子供が出来るのか。そう考えると感慨深い気持ちになる。
病気により体調を崩した母親は、テレーゼが懐妊したのが判明したのとほぼ同じタイミングで逝去。葬式には私は参加しなくて良いとマルクから手紙をもらったので王宮から見守る形となった。
『姉さんへ。母さんの葬式は無事終わりました。参列者は僕とテレーゼとイーゾルだけでしたのでご安心ください。テレーゼはつわりが酷いせいか体調があまりよくないので、しばらくはイーゾルと手分けしながら仕事をこなしつつ、テレーゼの看病をするつもりです。では姉さんもお元気で』
書斎でレアードマルクからの手紙を読み終えた私は、隣で見ていたレアード様に目線を向けた。
「ふむ、ではよき医者と薬師をラディカル子爵家に送ろう」
「ありがとうございます」
「ああ、これくらいはせねばな。俺の愛しいメアリーの家族なのだから」
にこりと笑うレアード様の煌めく美しい瞳に、思わず吸い込まれそうになった。
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メアリーはその後、王太子から国王となったレアードとの間に1男2女を儲けた。メアリーは王妃としていつしか絶大な人気を得るようになり、息子アレキサンダーは王太子としてこちらも若い女性達からは圧倒的な支持を得たのである。
なお、彼が妻として迎えたのは、公爵家の令嬢・ヘレンだった。
そして娘のベリーとマエリは、それぞれ他国の王家に嫁いでいく。
ラディカル子爵家は当主マルクと夫人テレーゼとの間に3男2女を儲けた。マルクは度々王宮に来てはレアードを支え続けた為、その実績を讃える為、子爵家から伯爵家に爵位が上がったのである。
マルクの弟イーゾルはこちらも妻・カメアを迎え、仲睦まじく暮らした。
メアリー達は、幸せに満ちあふれた人生を歩んだのである。




