第53話 新たなフローディアス侯爵
「お忙しい中お会い出来て光栄でございます。ほら、フローディアス侯爵。ご挨拶なさい?」
「ママ、キートって呼ばないの?」
「ここは正式なご挨拶の場だからごめんね。帰ったらたくさん呼んであげるから」
小さな小さな侯爵、キートがそこにはいた。
「キートと申します。よろしくお願いします」
「ああ、フローディアス侯爵。よろしく頼むぞ」
幼いキートに対しても、王太子として威厳のある接し方をするレアード様。幼いからって特別扱いはしないって事ね。
「こちらこそよろしくお願い致します。フローディアス侯爵様」
私も王太子妃として彼に挨拶を返した。
その後。少しだけマリリン様と会話を交わしたのだが、キートはフローディアス家の子として迎え入れられるそうだ。名前もキート・フローディアスへと改名する手続きを今行っている最中だとか。
そんな彼がフローディアス侯爵家を継ぐ決め手になったのは弟という立場にあった。兄にウィンズがいるが彼は長男なので実家である伯爵家を継ぐ事を優先された結果だと言う。
しかしながらこの兄弟はまだ幼い。生き別れはつらいだろうという事からしばらくマリリン様とこの兄弟は私がかつて住んでいたフローディアス侯爵家の屋敷で暮らし、マリリン様の夫である伯爵とは別居する事となった。
「大丈夫なのですか?」
この別居の件について私は心配を感じたので、大丈夫なのかどうかマリリン様に聞いてみた。だって別居となると伯爵が愛人を連れ込む……なんて事があったら大変。さすがにそんな事は無いだろうとは思うけど……。
それにあちらの国にも兄弟の友達がいるかもしれない。
「ええ、大丈夫です。夫は愛人を私の許可なく連れ込むような事はしないと信じております。しかしながら何かあっては困るのと兄弟が父親の顔を見れないのは寂しがるだろうなと思ったので、月に1度は会って互いの近況について話し合ったりする事を決めました」
「そうですか……それならご安心ですね」
「まだ彼らは幼いですし、父親と離れるとなると寂しがるのは目に見えてますから」
新たなフローディアス侯爵も決まり、日々があわただしく駆け抜けていく。
そして本格的な冬が訪れた。今年は去年以上の寒さで、降り積もる雪の量も多い。雪かきの作業に私など女官達も駆り出されるくらいだ。
「はあ……ぜえ、ぜえ……」
という事で私は午前の書類作業を早めに終えて雪かきの仕事に加わっている所だ。雪かきしている場所は王宮の敷地内にある馬たちのいる厩舎の周り。中をちらっと見てみると、馬達がそれぞれの馬房から興味深そうに雪かきをしている私達をのぞき込んだり我関せずと言った具合に水を飲んだりしているのが見える。
「王太子妃様、ご無理をなさっては……!」
「いや、私は大丈夫。体力が……」
「やや、それって大丈夫じゃないですよね?!」
侍従が慌てて私がやりますから! とスコップを強奪されたので私はお言葉に甘えるべくちょっと休憩する事にした。
「あ」
曇り空からまた粉雪がちらつくようにして落ちて来る。空を見上げながら手のひらで雪を受け止めると、じわっとすぐに消えていった。
雪1つはとても儚い。だけどそれが大量に降り積もるとあのような雪山の如き状態となる。不思議なものだ。
「よし、がんばりますか!」
雪かきの仕事は運動にもなるからやめられない。実際王宮に来てから私はちょっと太った。いや、ちょっとだけでは済まないかもしれない……。とにかく王宮内で振舞われる食事がどれもこれも美味しくて食べ過ぎてしまうからだろう。運動してちょっとは痩せないと。
「やります!」
「王太子妃様、大丈夫なのでございますか?」
「大丈夫です! 身体動かさないとですし!」
侍従と共に雪かきをしつつ、たまに馬を見たりする。馬も雪に興味がある子がいるみたいで、何頭か外の景色をじっと見ている場面が見られた。
「雪、興味あるの?」
せっかくなので近くにいた黒い馬体をした馬に話しかけてみる。顔には白い真っすぐな縦の線のような模様がある馬は何も反応する事無くじっと外の景色を見つめたまま。
その時。馬の鼻の上に雪が乗って、すぐにじゅわっと消えていった。
「!」
どうやら雪が冷たかったのか、馬は顔をぶるぶると左右に振った。まるで雪を振り落とすかのような動きに私はどこか可愛らしさを感じる。
「冷たかった?」
ゆっくりと馬の鼻に触れるべく手を伸ばす。そういえばこの馬の顔にある白い線、大流星って言うんだっけか。大流星は鼻まで通っていて、鼻の先端付近は白色からピンク色のグラデーションがかかった色合いになっている。
優しく鼻に触れると、馬は抵抗する事なく、私の手を受け入れてくれた。
「賢いねえ」
ぽんぽんと馬の鼻を撫でた後は再び雪かきの仕事へと戻る。降ってくる雪の量がさっきよりもちょっと増えてきている気がした。
「おーーい、さっさと進めないとまた積もるぞお! 雪が降ってきてるからなあ!」
「わかったぜえ!」
侍従達の声が聞こえた。こっちもさっさと終わらせないと。
あと少しでこちらは片付くので、終わったら手伝いに行こう。
「よし、こちら終わりましたぁ!」
終わったので侍従達が雪かきしている所へ手伝いに走る。
「王太子妃様、手伝ってくださるんですか?」
「勿論です! 早く終わらせないとまた積もってきますから……!」
「ありがとうございます……!」
「や、そんな……泣かないでください……!」
「王太子妃様がお優しくて……! ずんまぜん……!」
泣き出す侍従を励ましながら日没までに作業を終える事が出来た。終わった後はさっさと王宮へと戻る。
「メアリーも雪かきしていたのか?!」
王宮に戻るとレアード様が驚きの表情をあげながら私を出迎えてくれた。
「は、はい……運動がてら……」
「他の女官を、と言いたい所だがそこがお前らしい部分でもある。温かい飲み物を用意したから早く暖を取れ」
レアード様と共に近くの暖炉のある部屋へと侍従達と共に連れ込まれた私は、そこで暖を取りつつ温かなクリームスープを飲んだ。クリームスープは甘く濃厚な味わいをしていて、身体の芯から温まる。
「はあ……美味しい」
「美味しいです、王太子殿下……」
「皆、よく頑張ってくれた。身体が冷えると病の元となってしまう。しっかりここで身体を温めてから持ち場に戻るように」
「はい!」
「メアリー、お前もよく頑張ってくれた……でも無理はするなよ」
心配そうにレアード様が私の両手を握る。その手は温かい。
「はい、レアード様。ご心配おかけしてすみませんでした」
「謝らなくても良い。その優しさこそがメアリーなのだから」
額にそっと口づけを落とされると、両頬がぽっと熱くなった。




