第5章-第51話 怒りの辺境伯
お読み頂きましてありがとうございます。
「アルドバラン公爵家か?」
「ええ、文通相手は、その孫に当たる方です。」
文通と言っても、手紙のやり取りは始めだけで途中からはEメールになったそうだ。
「そうすると男爵かなにかかな?」
公爵の同居親族ということは、おそらく直系なのだろう。そうすると親が伯爵でその子供となると・・・。
「いえ、その方は、爵位をお持ちではないそうなんです。」
珍しい。公爵家となれば、伯爵位のみならず、次世代のために男爵位も持っていたりするのだが、ここでは当てはまらないようだ。
なんでも、彼女が京都に住んでいたとき、彼が京都の美術工芸好きが高じて、しばらく京都滞在していたことがあり、知り合ったそうだ。
「へえ、付き合っていたのかい?」
「いいえ、そのときは、舞妓をしていましたから、男性と付き合うなんてできませんでした。休みのときに逢うくらいでほとんど手紙のやり取りですね。」
舞妓の公休日は、そのほとんどが仕事やお客さまとの付き合いなどで消えるらしい。また、たとえ舞妓の姿でなくても、男の人と歩いているだけで噂になったりするので彼氏の居る舞妓さんは、ひと目がないところでデートするのだとか。
「舞妓だったのか。そのまま、お姉さんには、ならなかった。で、実家の方へ戻って来たんだね。」
たしか、23歳くらいだったかな。彼女がアルバイトの面接を受けにきたのは。
「はい。舞妓は、小さいころからの夢だったのですが、そのまま、水商売に入る気にもならず戻って来たのです。」
だからか。うなぎ店で和装で働いている姿が他の誰よりも板に付いていると思ったのだよな。女将さんがぴったりだと思って抜擢した俺の目も節穴じゃなかったということか。
「彼は、今何をしているのかな?」
「ウォルターは、京友禅の作家さんをなさっています。西陣からは伝統的なものを受注しつつ、ニューヨークの画壇では、結構名が売れているそうです。」
ニューヨークの芸術界は、素材が着物であったとしてもそれを受け入れる懐の深さがあるところだ。日本やイギリスでは、こうはいかないだろうが・・・。
「そのアルドバラン公爵家を訪ねることになるのか?」
「いいえ。その息子さんでウォルターの父親であるカーディフ伯爵のロンドンの住まいだそうです。」
え。
カーディフって、隊長のことじゃないか。世間は狭いようだ。
「ウィルソン・カーディフ伯爵か?」
「お知り合いですか?」
「ああ。この国での商売相手だ。ちなみにその男と結婚するつもりなのか?」
「・・・プロポーズは、されましたが。お断りするつもりです。そんな、爵位持ちの家に入る勇気はありませんから。」
「相手は、家族に紹介するつもりじゃないのか?」
「そうなんでしょうか。」
「わからんがね。まあ、だいたいの事情は、解かった。」
ウィルソンなら門前払いされることは、あるまい。まあなんとかなるだろう。
「よろしくお願いします。」
・・・・・・・
「ああ、構わないよ。車くらい。替わりにまた賢次さんところに行きたいから週末はよろしくね。」
ケント王子に伯爵家へ送迎してもらう車を借りたのだった。ウィルソンは、俺の従業員を粗末に扱うはずはないが、他の家族や使用人たちが特権意識を持っていないとは、限らない。そこで、この国の象徴である王族に権威を拝借しようというのである。
王子に借りた送迎車が王族専用車であることは、旗を見ればわかる。そのような車で来た人間を粗末に扱うということは、この国ではほとんど空に唾を吐く行為と同等だろう。
「わかりました。」
「よろしくね。僕が私用で動くときも護衛が必要だし、毎回ルートを変えなきゃいけないし、近衛兵や警官を配置させたりと大変なんだよね。」
もちろん、賢次さんのアパートの前には、護衛が配置されるのだが、普通に移動する場合と比べると手間はかからない。ちょっと、コンビニにと行けないのはつらいのだろう。王子はそう言って苦笑している。
「とにかく、パパラッチに決定的瞬間を撮られるようなヘマだけは、しないでくださいね。父も公けになると流石に処分しなくては、いけなくなりますので・・・。」
賢次さんのアパートで行われている如何わしいパーティーか。犯罪でさえなければ、別に構わないだろう。そんなに目くじらを立てることもあるまい。
「解かっているよ。・・・大切な・・・友人を失いたくはないからね。」
そう言いながら、王子は、さつきから俺へと視線を移動する。
「トムは、解かっていないみたいだけどね。」
「トムは、これでいいんです。これ以上頭を悩ませることを増やしてはいけません。よろしいですか?」
「はいはい。」
・・・・・・・
翌朝、俺が乗った王族専用車は、途中、湯村さんのホテルを経由して伯爵家に向かう。
俺の格好は、普通のスーツだ。普通と言ってもヨシュアのところで誂えたものだ。そんじゃそこらの既製服とは、モノが違う。湯村さんも、おそらくブランド物の一張羅のスーツを着こんでいる。
30分くらいでソコに到着した。流石に大きい、門から邸宅までそのまま、車で乗りつけられるようになっているようだ。邸宅まで到着すると出迎えていた使用人らしき人物が血相を変えて、走り去っていくのが見える。きっと、車の旗を確認したのであろう。
薬が効きすぎただろうか。出迎えた使用人が一向に車の扉を開けてくれない。そこへ慌てた様子で男が現れる。出てきた男をみた湯村さんが小さな声でつぶやいた。
「ウォルター。」
そこで初めて車の扉が開けられる。先に湯村さんが降りて、次に俺が降りた。
「待っていたよ。そちらの男性は?」
男が訝しげに聞いてくる
「ええ、私の雇用主の山田取無社長よ。たまたま、ロンドンでお会いしたので、エスコートを頼んだの。」
「トムです。私は、お送りしただけですので、これで失礼します。」
そんなに睨まなくても、さっさと退散するさ。
「いえ、あのっ。その車・・・。いえ追い返したりしたら、父に叱られます。休憩していってください。」
ずいぶん、正直な男のようだ。王族専用車を使って来た客を追い返すのを躊躇ったのだろう。そう言って握手してくる。そして、屋敷の中に案内された。
そうして、通された部屋は、豪華で煌びやかな部屋だったのだが、慌てて用意したらしくエアコンの温度と室温が合っていない。きっと、違う部屋で湯村さんを迎えるつもりだったに違いない。
しかも、部屋には、誰もいないのだ。きっと、この部屋に合わせた衣装に替えているのだろう。
「申し訳ありません。すぐに父も参りますので・・・「なによ!何で着替えなきゃいけないのよ!」」
突然、部屋に女性が乱入してくる。おそらく20代半ばのアングロサクソン系のブロンド・碧眼で凄い美人だ。しかも、軍閥であるこの家には似つかわしくない。碌に鍛えたこともない身体をしている。
「しかし、お嬢様。」
「王族の知人なんか知らないわ。なんでそんな者に振り回されなきゃならないのよ。」
どうやら、特権意識の塊のようだ。これがあのウィルソンの娘なのか。信じられん。




