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幕間。ヘレーナ4

 シュテフォンを黒の国へ連れて行くと言ったワルター王は、慌ただしく面会の場へ出ていってしまった。

 何がどうなったのか分からないけれど、私はとても久しぶりに父とお茶をすることになった。

 簡素なテーブルで、父と向かい合う。

 それだけで落ち着かないというのに、父である白の王ベルンハルトがとんでもないことを言うのだ。

「新婚生活はどうだ? 楽しいか? いいなぁ、若者はいいなぁ。仲良しでいいなぁ」

 真面目な顔で問われ、私は紅茶を吹き出した。

「げほっ……。か、あ、お父様!! 突然、何ですか?」

 気まずい事この上ない。むせ返りながら、必死に父を睨み返した。

「突然ではない。この国に入ってからのことは報告を受けているよ。関所でも、片時も手を離さないほどの熱愛ぶりだと」

「ち、違っ……」

「ん? 手は繋いでいなかったのか?」

 私が、いいえ繋いでいましたと言えない性格なのを承知で、そんな事を言うのだ。

 仕方がないので、無言を通す。

 繋いでいました。それも、半ば強制的に。

 今思い出しても、顔から火が出そうだ。黒の国に居た頃は、手を繋いで歩くなどしたことがなかった。寄り添ってそばにいることも殆ど無い。触れるのは大抵夜だけだった。

 だから、日中、明るいうちから手を繋いでいるところを見られるのがこの上なく恥ずかしかった。しかも、訪問団の兵士から侍女に至るまで、ほぼすべての人間に見られたと思う。

 おそらくワルター王は、私達が不仲ではないと父ベルンハルトに知らしめるためにあのような行動をとったのだと思う。けれど、慣れていない私は、本当に恥ずかしくてたまらなかった。

 しかも、繋いだ手を強制的に引っ張るわけでもなく、私の歩調に合わせて歩いてくれる。そんな風にされたら、勘違いしてしまいそうになるから困った。白と黒の国の契約の証の結婚ではなく、私達が本当に仲の良い夫婦のようだと、勘違いしてしまいそうになる。

「なんだ、だんまりか。良いのだぞ? 惚気ても」

 落ち込みそうになった私を見て、父は何をどう勘違いしたのかそんな風にニヤニヤと笑うのだ。

「……、それよりも、明日の演習のことです。何故あのような提案をされましたか。私の力が、知られることになりますよ?」

 父の言葉を完全に無視して強制的に話題を変える。

 私は、黒の国ではほとんど力を使えない。私の弱い癒しの力では、自分の身体を正常に保つことさえ難しいのだから。

 けれど、白の国に居る時だけは、違う。

 白の国全土を感じることができる父の力。私はそれだけを色濃く受け継いだ。癒しの力は弱いので、父のように遠く離れた味方を探し癒すことは出来ない。ただ、遠くまで正確に人を見ることのできる力だ。

 それを、黒の国の人間にすべてさらけ出して良いのだろうか。

 近衛兵隊長のルーカスは同行していないが、今回は兵士も沢山居るのだ。

 何かに利用されたりしないだろうか。異質なものとして、気持ち悪がられたりはしないだろうか。

 私の心配を他所に、父はあっけらかんとしたものだ。

「いや、だって。お前はとても大切にされているじゃないか。お前の扱いを間近で見て、私は、きちんとワルター王を信頼しようと考えたのだよ」

「それは……」

 それは、きっとワルター王なりのパフォーマンスでは?

 心の隅で、わずかに不安が囁いた。


 父にたっぷりとからかわれて、若干ふてくされたい気持ちのまま客室に戻ってきた。

 半年前まで自分の部屋だった場所だ。

 ベッドもそのままで、何だかむず痒い。

 ソファに座るワルター王を見つける。どうやら、面会は短く切り上げたようだった。

 ワルター王が座ると、ソファが非常に小さく見える。自分で使っていた時は、贅沢な大きいソファだと思っていたのに。当たり前に自分の部屋だった場所にワルター王が居るというだけで、まったく違う場所に見えてくるから不思議だ。

 私に気づいているのかいないのか。

 ワルター王は、深く頭を下げて考え込んでいるようだ。

 声をかけて良いのか、一瞬迷う。

 きっと出会った頃には、絶対に許してもらえなかったことだと思う。けれど、今白の国にいるからなのか、それとも先程拗ねるようなワルター王の仕草を見たからなのか。私は次の一歩を踏み出したら声をかけようと決めた。

 そう言えば、強面は生まれつきだと言って拗ねたワルター王は……、正直なところ、可愛かった。何故そんなふうに思ってしまったのかわからないけれど、なんとなく、とても身近に感じられたのだ。初めて会った時の威圧感。怒鳴りつけられるたびに感じた恐怖。鋭い視線を向けられすくみ上がる身体。全てを忘れてしまうほど、ワルター王を可愛いと思ってしまった。何故だろう? 見るからに大きくて強面のワルター王を可愛いなどと。自分で自分が分からない。

 私は自分のおかしな意識を振り払うように、一歩前へ進み出た。

「遅くなりました。申し訳ありません。ワルター様……?」

「あ、ああ。いや、白の王とは久しぶりだろう。積もる話などなかったのか? ゆっくりして良いんだぞ」

 のろのろと顔を上げたワルター王は、どこかいつもと違っていた。

 どこが、と聞かれてもうまく言葉には出来ないけれど……。強いて言うなら、雰囲気が違うと思った。

「いいえ。お気遣いありがとうございます。早くお休みになられますか?」

 慣れない白の国で疲れさせてしまったのかもしれない。明日のこともあるし、それならばできるだけ身体を休めて欲しかった。

 しかし、何故かワルター王は飛び上がるようにソファから飛び退き、私を鋭く睨みつけた。

「ねねねね、寝るってことか?!」

 ……意味がわからない。

 今の私の振る舞いに、どんな非があったというのだろうか。

 それとも、眠りたくない何かがあるのか?

 そこで、はたと気づいた。

「申し訳ありません。私の使っていたベッドではワルター様には狭いかもしれません。すぐに、別の部屋を頼みま……」

「い、いや。良い。そのままでいいから」

 ワルター王は熱弁を振るう時のように拳を握りしめ、部屋を移ることを拒否した。

 ベッドが狭いのが不服かと思ったのだけれど……?

 ではどうしたら良いのだろうか?

 仕方がないので、ワルター王の次の言葉を待った。

 しばしの沈黙の後、再びワルター王がソファに腰を落とす。

「ああ。そう言えば、明日の事を聞いていない。お前が索敵を務めるとは、一体どういう事か」

 先ほどとは打って変わって、普段通りの声が聞こえてきた。

 再びワルター王を見る。

 いつもの王の表情だ。

 私はワルター王の正面のソファに座り、事情を話すことにした。

「はい。言葉通り、私が索敵を務めさせて頂きます」

「詳しく聞かせろ」

 先を促され、ぎゅっと袖口を握りしめる。私は自分の力が好きではない。私は第一王女でありながら父の癒しの力を受け継ぐことが出来なかったことが辛い。だけど、今は自分の感情に蓋をしなければならない。意を決して、話し始めた。

「私は白の国に居る時だけ、人を感知する力があります。父ベルンハルトの生命を感知する能力を受け継いだのです。父の能力は、既に何度か目にされていると思います。索敵だけで言えば、それと同じかそれ以上の力が発揮できるかと思います」

「驚いたな。それに、お前の力のことは初耳だ」

 探るような視線が痛い。

「申し訳ありません。あくまで白の国限定の力でしたので、お話していませんでした」

 白の国限定、しかも癒すことも出来ない半端な能力だ。自分で口にするのが嫌だった。

 私の話が終わると、ワルター王は何か考えるように頬杖をついた。

「その能力で、特定の人物を識別できるのか? できるとしたら、どの程度正確に?」

「私の知る人物であれば、完全に識別可能です」

 嘘はない。飾り立てもない。どこにいても識別できる、ある意味不気味な能力。ワルター王は、こんな力しか持たない私をどう思うのだろう?

 考え続ける王を盗み見て、疑問に思う。

 ……?

 あれ、と、自分の中の疑問を不思議に思った。何故私は、ワルター王の評価など気にしたのだろう。自分のことを不気味に思われたら嫌だと、何故そんなふうに思えたのか。

「で、索敵した結果を、俺はどのように受け取れば良い?」

「あ、はい」

 ワルター王の質問に、考えていたことを破棄して立ち上がる。

 私はワルター王の隣まで移動して、そっと王の手を取った。

「っひゃあ」

 ところが、手が触れた瞬間、王が飛び上がる。今まで聞いたことのないような悲鳴も聞いた気がする。かすかに触れていた手が離れ、王を見た。

 やはり、気持ち悪いのだと思う。

 私の能力は、相手を見透かす。どこにいても、存在を見つけてしまう。相手の立場にたって考えるとよくわかる。そんな能力、気持ち悪いだけだ。人を探すのには役立つが、探される方はたまったものじゃないと思う。

 そんな力を持つ私に触れられることは、おそらくとても気持ちが悪いのだろう。

 けれど、明日に備えて慣れてもらうしか無い。

 私は落ち込む気持ちをグッとこらえて、できるだけ穏やかに話しかけた。

「申し訳ございません。ですが、こうして手を触れ直接私のイメージを受け渡すのが一番早く正確だと思います」

「あ、ああ。分かった」

 硬い表情のままワルター王が私の手を握り締める。

 触れるだけでよかったのだが、握られた手が思いの外心地良く、私はそのまま続けることにした。

「実際に、誰かを索敵しますか?」

「そうだな。そう言えば、将軍はどうしているだろうか」

 言われ、宮殿内部を探す。まだ宴会の途中かもしれない。大ホールへ意識を向けると、すぐに将軍の気配を感じた。

「大ホールにいらっしゃいます。今からイメージを受け渡します。目を開けて、ご覧ください」

 頷く王を確認して、私が見ているイメージをワルター王へ飛ばしてみせた。

「ああ、これは凄いな。今実際に見えている風景と、将軍の様子とが同時に認識されるのか。けれど、視界に混乱がない。面白いものだな」

 ワルター王の口元に笑みが浮かんだ。

「他に確認されますか?」

 すぐにイメージを切り、ワルター王を見る。本当は、あまり覗きたくない。趣味ではないのだ。

「いや。感覚はつかめたと思う。お前の負担は? どれくらいの間、使っていられる?」

 流石としか言いようがない。

 初見で感覚がつかめたと。

「索敵自体は、半日でも可能です。しかし、イメージの受け渡しは、時間が経つごとに精度が落ちます」

 ワルター王は私の言葉にうなずき、黙り込んだ。時折、なにかブツブツと独り言をつぶやいている。何を言っているかまでは聞こえてこない。

 さて、そろそろ手を離しても良いのだと思うが、なかなか握られた手が解けない。

 仕方がないので、恐る恐る声をかけた。

「ワルター様、そろそろ手を……あっ」

 突然、身体を引き寄せられる。

 よろめいて、気が付けばワルター王に抱きしめられていた。

「ヘレーナ……」

 熱に浮かされたように、王の瞳が潤んでいる。

 唇が塞がれ、はたと気がついた。

「……、お、おやめ下さい……、あの、すぐそばに父の部屋もございます……」

 確実に、聞こえてしまう。

 ワルター王が行為を望んでいるのは分かったが、それを父に聞かれるのがたまらなく恥ずかしく嫌だった。

 けれど、ワルター王は自分がしたければするお方だ。

 そう思って、覚悟を決めたその時。

 王の指が、私の唇をなぞった。ああ、もう、するしか無い。観念してぎゅっと目を閉じた。

 けれど、それ以上王が私に触れることはなかった。

「そうだな。少し早いが、休もう」

 やはり、私の能力が気持ち悪いのだろうか。

 だから触れないのかと思った。

 何故だかとても気落ちして王から離れ、湯の確認をする。ありがたいことに、昔のまま、自室の湯が使える状態だった。

 多少狭いが、汗を流してから寝た方がいい。

 昔からずっとそうしていたように、夜間着や身体を拭く布を準備して王に湯を勧めた。王宮で生活する王族でも、一通り自分のことは自分でするように習慣づけられていた。

 王は私から簡単な説明を受け、汗を流しに行った。


 ワルター王は私の力をどう感じただろう。一人になると、また思考がそこへたどり着く。気持ち悪いと思われたのなら……、辛いなと感じた。


 しかし、いざ寝るとなると、私を抱えたまま王がベッドに潜り込む。

 結局、性行為をすることもなく、私は王に抱きしめられたまま眠りに落ちた。

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