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幕間。ヘレーナ3

 守ると言ってくれた。

 ワルター王の胸の中は温かかった。

 私は困惑している。黒の国で一人ぼっちだと思っていたのに。ワルター王のそばにいると、何故か安心してしまうのだ。

 ワルター王が黒の瘴気から私を守ってくれているからか?

 それとも、ずっと夜を共にしているから?

 寝室では、とても優しいから?

 ……わからない。

 この身が滅ぶまで、一人きりで、誰からも疎まれて生きていくのだと。この国で、爪弾き者として居るのだと思っていたのに。

 気がつけば、表立って私に怒りをぶつけてくる人間はほとんどいなくなってしまった。

 みんな、控えめだけれども、私を王族としてきちんと扱ってくれる。

 それに、ユリア様も居る。

 ユリア様が来てくれてから、私の身体は本当に軽くなった。ワルター王のそばにいない時には、ユリア様が黒の瘴気を逸らしてくれる。身体が軽いと治癒の力も働くし、何より頭が冴える。

 そして……。

 冴えた頭で考えるのは、ワルター王のことだ。

 ワルター王のそばで安らぎを感じる。あれほど私を嫌っている相手に、何を言っているのだろうか。あんな風に頼って、抱きしめてもらって。慰めてもらって。庭園で襲われた時のことを思い出すと、何故か恐怖と言うよりも気恥ずかしさがあって。それがとても不思議だ。

 しかし、私から頼られてもワルター王は迷惑以外なにもないだろうし……。

 ぐるぐると考えを巡らせる。

 そこに、ドアがノックされた。

「失礼します、ヘレーナ様」

 そっと部屋に忍び込んできたのはユリア様だ。

 別に、ユリア様はこの部屋への出入りが正式に認められているのだから、抜き足差し足で忍び込まなくてもいいのに。

「いや、なんというか、情緒です。ちょっと悪ぶった私が、主の部屋に忍び込むっていうシチュエーションが良いっていうか。夕食前のささやかな楽しみというか」

 ウシシと笑いながら、ユリア様は紙袋を高々と掲げた。

「見て下さいっ。兵士の皆さんが、お土産をくれたのです。それは快く差し出されましたっ。城下町では今焼き菓子がブームなんですよ! 一緒に食べましょう。きちんとセッティングしなくても、サイドテーブルに紅茶でいいですよね?」

 快く……。

 本当だろうか。

 時折、ユリア様とすれ違う兵士がユリア様を見て涙目になっているのだが。

 しかし深く聞いてはいけないような気がして、未だ確認したことはない。

 なかなか何を話して良いのかわからない私を気にすることもなく、ユリア様はさっさと紅茶の用意をはじめた。

「ヘレーナ様。お怪我はありませんか? 大丈夫でしたか?」

 まるで普段通りの会話のように、ユリア様がこちらを向いた。

 それでも、私は、嬉しいと思う。私のことをきっと気にかけてくれたのだと。

「はい。守っていただいて、本当にありがとうございました」

「一番いい所を王様に持ってかれちゃいましたけどねー」

 そう言って口をとがらせるユリア様。しかし、頬がかすかに赤い。私の言葉が伝わったのだと思うと、こちらまで嬉しくなった。

 お互い顔を見合わせて笑う。

「ささ、食べましょう」

「はい。ありがとうございます」

 手渡された焼き菓子を口に入れた。

 甘くて、美味しい。白の国の菓子職人が作るような、繊細な形ではないけれど。大きく丸い焼き菓子はとても甘くて、嬉しくなる。

 しばらく無言で焼き菓子を食べていたのだが、はたと気がついてしまった。

 私は、やるべきことがあったのだと。

「どうされました?」

「……、実は……」

 ここには私とユリア様以外誰もいない。盗み聞きができるような場所でもない。

 しかも、ユリア様なら信用できる。

 私は思い切って、先ほど捉えられた青年の事をかいつまんで話した。

「はあ、つまり、ヘレーナ様はそのボンクラのために、何ができるか考えていると?」

 ボンクラ。

 あまりの言い様だったが、もっと話を詰めたかったので話を進めた。

「はい。一緒に考えると約束しました」

「いやそんな。放っておけばいいんですよ。そのうち勝手にどん底に落ち込んで、自分ではい上がってくればいいのでは? まあ、這い上がれなかったら……しかたがない奴だったってことで」

 ユリア様は興味無さげにボリボリと焼き菓子を食べ続ける。

 しかし、私一人ではあまりいいアイデアも浮かばないし……。

「そう言えば、あの方は戦争で家族を失って……ご自身は独身だと伺いました」

「あー。まあ、恋人でもいれば、すぐに立ち直ったかも知れませんねぇ」

 それは……。

 確かに、愛する家族や信頼出来る恋人がいれば、もっと明るい未来を考えることができるとは思うけれど……。

「けど、最近は結婚といえば古くからの許嫁かご近所の横の繋がりのお見合いかですよ? 今まで独身なら、どちらのツテもないわけで。じゃあ、結婚とか無理だと思います」

 それでは……私では、力になれないか。

 早速行き詰ってしまった。

「そう言えば、ユリア様はご結婚は?」

 気分を変えるために、話の方向を変えてみた。

 ぶほっ、と。

 ユリア様が盛大に咳き込んだ。

「していませんし、予定も無いです」

「けれど、将軍家のご息女ともなると、縁談があるのでは?」

「はい。父が山ほど持って来ます。で、私が片っ端から断り続けていると」

 喉に詰まった焼き菓子を紅茶で流し込みながらユリア様がそっぽを向く。

「まあ、それでは、お好きな方がいらっしゃる?」

「いません」

 やけにはっきりと断言された。

 好き合っている男性が居るから政略的な結婚を拒否している、とか思ったのだが。

 ……。政略的な結婚。

 その言葉は、今の私には重い。

 まさに、自分がその立場なのだから。

 そして、きっと、ワルター王は敵国から私を娶った義務を思い出し、私に優しくしてくれるのだろう。憎しみを抑え、立派に王の勤めを果たしていらっしゃるのだ。

 その優しさに、私は……。

 深く考えこみそうになった頭を切り替える。

 それならばどうして結婚しないのだと、ユリア様に視線で問いかけてみた。

「いや、私、筋肉ダルマが嫌いなんです」

「はあ」

「で、父の持ってくる見合いの相手は、みんな筋肉なの。なんで? 私、いかつい顔も筋肉ムキムキな身体つきも好きじゃない。もっと、こう、ほっそりしていて、けど腹筋は割れていて、そこそこ力が強くて、でも、顔の造形は力強い感じじゃなくて美しい感じがいいっていうか」

 朗々と話し続けるユリア様は、どうやら理想の男性像があるらしい。

 ただ、話を聞くと、黒の国アーテルに、そんな感じの男性は見かけないような……。むしろ、白の国の騎士の風貌が近いような……。

 悦に入って語り続けるユリア様に、恐々指摘する。

 すると、ユリア様が目を爛々と輝かし、しっかりと私の手を握りしめた。

「やっぱり、白の国の騎士様は、みんな見目麗しいのでしょうか?! ヘレーナ様のように、華奢な印象で? でも、騎士と言うくらいだからある程度は引き締まっていて? ああ、もう、もどかしい!! そうなんですよ。居ないの。私の理想の殿方は、どんなに探してもこの国にいないの!!」

 くぅぅと、唸り声まで上げて悔しがる。

 しかし、あまりに明け透けな物言いに、笑ってしまった。これが、ユリア様の最大の魅力だと思う。

「はあ、もう良いのです笑って下さい。って、ああ、件のボンクラも、いっそ白の国に嫁探しに行ったらどうですかね? この国にいたってどうせ結婚もできないんでしょ? 悶々と暗いことばかり考えてないで、女を口説く方法を考えたら良くないですか?」

 え。

 良くないですか、と言われても。

 良くない……だろうか。

 いや。

 ユリア様の投げやりな提案に、私は一筋の光明を見出した。


 ワルター様に提案してみようか。

 私などが意見を言えば、また嫌がられるだろうか。鬱陶しいからしゃべるなと怒鳴られるだろうか?

 そんな事はないのではないかと、私は思う。

 少なくとも、最近は私の話をきちんと聞いてくださる。

 それに、私は王妃として約束したことをやり遂げたい。

 王妃である限り守ると、ワルター様は言って下さった。

 だから、私は王妃で在り続けなければならないのだから。

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