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14

「なぜ、だと……?」

 問われた青年は、苦しそうに息を吐きだしながら、ヘレーナを睨みつける。

 睨まれたヘレーナは、至極普通の顔で青年にその先を促した。

「俺……は、白の、奴らが……憎い……。お前、を、排除……したい」

「けれど、それをすればまた戦いになりますよ? あなたが戦って勝ち取った平和を、壊しますか?」

 また、戦いになる。

 はっきりとした予言に、青年は言葉をつまらせる。

 戦いたいわけじゃない。

 平和を拒否するのでもない。

 けれど。

 けれど……。

 青年は、肩を震わせ、言葉を絞り出す。

「だが、俺は……、白の奴らが……憎い。どうしても、許せないんだ」

 それは、憎しみを叩きつける言葉だけれど、苦しい胸の内を吐露した叫びだった。

「では、その感情はご自分で納得の行くまで何とかして下さい」

「……」

 え、何を言っているんだと、不思議なものを見るような目を青年はヘレーナに向けた。

 この殺伐とした場に全くそぐわないヘレーナの言葉を、皆黙って聞いている。

「まず、再び戦争が起こらない方法であること。殺傷はしないこと。そして、出来ればあなたも傷つかないこと。これだけの最低条件を満たす方法で、何とかする方法を考えて下さい」

 ヘレーナは、また一歩青年に近づき、穏やかに微笑んだ。

 青年の急所を狙っているルーカスでさえ、一瞬、どうして良いのか迷った。

 ワルターが慌ててヘレーナを追う。

 しかし、ヘレーナは皆の動揺を見て見ぬふりをして、青年の前に膝をついた。

「できますか?」

「……、え? いや……あ?」

 問われて青年は、混乱したように周りに助けてほしそうな視線を向けた。

 しかし残念ながら、彼の周りには彼の命を狙うルーカスと激怒しているワルターしかいなかった。

「できませんか?」

 ゆっくりと、青年の目線に合わせて屈んだヘレーナ。

「い、いえ……、あ、難しい……です」

 ヘレーナに見つめられ、青年は戸惑った声を上げた。

 ヘレーナは迷いなく青年の頭に手を伸ばす。

「では、一緒に考えましょう、ね?」

 まるで幼子をあやすように、ヘレーナは青年の頭を二度三度撫でた。

 毒気を抜かれたように、青年の身体から力が抜ける。

(早く離れろ……!)

 主の声無き声を聞いたルーカスは、ヘレーナと青年を引き離すように一歩下がった。

「申し訳ございません、王妃様。この者には聞かねばあらぬことがございます。これにて失礼いたしたく」

「ルーカス。連れて行け」

 さっさと連れて行け。

 機嫌が格段に悪くなったワルターが、ルーカスを急かす。

 二人から距離を取り、ルーカスは青年を抱えたまま庭園をあとにした。


 膝をついたヘレーナが、ワルターを見上げた。

 ワルターは腕を伸ばしヘレーナを引きずり上げる。

「無用心だ」

「……申し訳、ございません」

 急に引っ張られたヘレーナは、倒れこむようにワルターへ寄りかかった。

 そのまま、じっとワルターから離れない。

「申し訳ございません。もう少しだけ……」

 このまま、と。消え去りそうな声が耳に届いた。

 ワルターはヘレーナが震えていることに驚く。

 先ほどまで、自分の命を狙った相手と、あんなに堂々と渡り合ったというのに。

 本当は、怖かったに違いない。

 意を決して、ワルターはヘレーナを抱きしめた。

 それをどう思ったか、ヘレーナは黙ってワルターの腕の中に収まった。

「怖いか?」

 ヘレーナは答えない。

 怖いと答えてしまえば、この国の兵士達を恐れていることになる。

 だが、怖くないと虚勢を張る余裕が無い。

 ワルターは、できるだけ優しくヘレーナの髪を撫でた。

「俺が守ってやる」

「守って……」

 はっと、ヘレーナが息を呑むのが分かった。

「ああ、お前が王妃である限り、俺はお前を守る」

 だから、ずっとそばに居て欲しい。

 ワルターはそんな願いを込めて、しっかりとヘレーナを抱きしめた。


 しばらく無言で抱き合っていたが、がさりと草を踏みしめる音が響いた。

 二人は、はっと身を離す。

「オカシイですわね?」

 首をひねり散歩でもするように、当然のようにカタリーナが姿を現した。

「ええ、オカシイです」

 カタリーナの言葉に、ワルターもヘレーナも何も返せなかった。

「ねえ、どうして兄様がそんな女をかばうんです?」

 わけがわからないといった表情で、カタリーナは更に続ける。

「だって、せっかくのチャンスですのよ?」

「お前は……」

 普段とまったく変わりのないカタリーナの様子に、かえって不安が募る。

 ワルターは、じっとカタリーナを観察しながら次の言葉を待った。

「せっかく、その女が暴漢に襲われると思いましたのに。どうして、兄様、その女をかばうように戦ったのですか? 戦うふりをして、飛んでくる弓で女を殺せばよかったのに」

 カタリーナの言葉こそ、オカシイ。

 しかし、言葉こそオカシイが、カタリーナは本当に普段とまったく変わらない。狂ったような目付きであるわけでもなく、何か策を巡らせているような表情でもない。

 言うなれば、非常に無邪気な顔をしている。

「兄様、その女はいずれ捨ててしまうんでしょう? どうして、ずっとずっと、その女をかばうように嘘ばっかりつくのですか? だって、その女がいたら、私が正妃になれないじゃないですか! それは、お父様のお言葉に反します。私は正妃にならなければならないの!」

「カタリーナ。あいつらを手引きしたのはお前か?」

 ワルターの問いに、カタリーナはぱっと顔を輝かせた。

「そうですの。私、警備の駒を色々動かしました。ね? ちゃんと、近衛に気付かれずに、その女を襲わせることができたでしょう? うまくいきました!」

 良い事をしたから褒めてくれと、そんな表情だった。

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