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「なぜ、だと……?」
問われた青年は、苦しそうに息を吐きだしながら、ヘレーナを睨みつける。
睨まれたヘレーナは、至極普通の顔で青年にその先を促した。
「俺……は、白の、奴らが……憎い……。お前、を、排除……したい」
「けれど、それをすればまた戦いになりますよ? あなたが戦って勝ち取った平和を、壊しますか?」
また、戦いになる。
はっきりとした予言に、青年は言葉をつまらせる。
戦いたいわけじゃない。
平和を拒否するのでもない。
けれど。
けれど……。
青年は、肩を震わせ、言葉を絞り出す。
「だが、俺は……、白の奴らが……憎い。どうしても、許せないんだ」
それは、憎しみを叩きつける言葉だけれど、苦しい胸の内を吐露した叫びだった。
「では、その感情はご自分で納得の行くまで何とかして下さい」
「……」
え、何を言っているんだと、不思議なものを見るような目を青年はヘレーナに向けた。
この殺伐とした場に全くそぐわないヘレーナの言葉を、皆黙って聞いている。
「まず、再び戦争が起こらない方法であること。殺傷はしないこと。そして、出来ればあなたも傷つかないこと。これだけの最低条件を満たす方法で、何とかする方法を考えて下さい」
ヘレーナは、また一歩青年に近づき、穏やかに微笑んだ。
青年の急所を狙っているルーカスでさえ、一瞬、どうして良いのか迷った。
ワルターが慌ててヘレーナを追う。
しかし、ヘレーナは皆の動揺を見て見ぬふりをして、青年の前に膝をついた。
「できますか?」
「……、え? いや……あ?」
問われて青年は、混乱したように周りに助けてほしそうな視線を向けた。
しかし残念ながら、彼の周りには彼の命を狙うルーカスと激怒しているワルターしかいなかった。
「できませんか?」
ゆっくりと、青年の目線に合わせて屈んだヘレーナ。
「い、いえ……、あ、難しい……です」
ヘレーナに見つめられ、青年は戸惑った声を上げた。
ヘレーナは迷いなく青年の頭に手を伸ばす。
「では、一緒に考えましょう、ね?」
まるで幼子をあやすように、ヘレーナは青年の頭を二度三度撫でた。
毒気を抜かれたように、青年の身体から力が抜ける。
(早く離れろ……!)
主の声無き声を聞いたルーカスは、ヘレーナと青年を引き離すように一歩下がった。
「申し訳ございません、王妃様。この者には聞かねばあらぬことがございます。これにて失礼いたしたく」
「ルーカス。連れて行け」
さっさと連れて行け。
機嫌が格段に悪くなったワルターが、ルーカスを急かす。
二人から距離を取り、ルーカスは青年を抱えたまま庭園をあとにした。
膝をついたヘレーナが、ワルターを見上げた。
ワルターは腕を伸ばしヘレーナを引きずり上げる。
「無用心だ」
「……申し訳、ございません」
急に引っ張られたヘレーナは、倒れこむようにワルターへ寄りかかった。
そのまま、じっとワルターから離れない。
「申し訳ございません。もう少しだけ……」
このまま、と。消え去りそうな声が耳に届いた。
ワルターはヘレーナが震えていることに驚く。
先ほどまで、自分の命を狙った相手と、あんなに堂々と渡り合ったというのに。
本当は、怖かったに違いない。
意を決して、ワルターはヘレーナを抱きしめた。
それをどう思ったか、ヘレーナは黙ってワルターの腕の中に収まった。
「怖いか?」
ヘレーナは答えない。
怖いと答えてしまえば、この国の兵士達を恐れていることになる。
だが、怖くないと虚勢を張る余裕が無い。
ワルターは、できるだけ優しくヘレーナの髪を撫でた。
「俺が守ってやる」
「守って……」
はっと、ヘレーナが息を呑むのが分かった。
「ああ、お前が王妃である限り、俺はお前を守る」
だから、ずっとそばに居て欲しい。
ワルターはそんな願いを込めて、しっかりとヘレーナを抱きしめた。
しばらく無言で抱き合っていたが、がさりと草を踏みしめる音が響いた。
二人は、はっと身を離す。
「オカシイですわね?」
首をひねり散歩でもするように、当然のようにカタリーナが姿を現した。
「ええ、オカシイです」
カタリーナの言葉に、ワルターもヘレーナも何も返せなかった。
「ねえ、どうして兄様がそんな女をかばうんです?」
わけがわからないといった表情で、カタリーナは更に続ける。
「だって、せっかくのチャンスですのよ?」
「お前は……」
普段とまったく変わりのないカタリーナの様子に、かえって不安が募る。
ワルターは、じっとカタリーナを観察しながら次の言葉を待った。
「せっかく、その女が暴漢に襲われると思いましたのに。どうして、兄様、その女をかばうように戦ったのですか? 戦うふりをして、飛んでくる弓で女を殺せばよかったのに」
カタリーナの言葉こそ、オカシイ。
しかし、言葉こそオカシイが、カタリーナは本当に普段とまったく変わらない。狂ったような目付きであるわけでもなく、何か策を巡らせているような表情でもない。
言うなれば、非常に無邪気な顔をしている。
「兄様、その女はいずれ捨ててしまうんでしょう? どうして、ずっとずっと、その女をかばうように嘘ばっかりつくのですか? だって、その女がいたら、私が正妃になれないじゃないですか! それは、お父様のお言葉に反します。私は正妃にならなければならないの!」
「カタリーナ。あいつらを手引きしたのはお前か?」
ワルターの問いに、カタリーナはぱっと顔を輝かせた。
「そうですの。私、警備の駒を色々動かしました。ね? ちゃんと、近衛に気付かれずに、その女を襲わせることができたでしょう? うまくいきました!」
良い事をしたから褒めてくれと、そんな表情だった。




