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 議会に参加する者達は、一部を除き戦場へ出ることはない。

 兵士達現場の声は、将軍やルーカスが議会へ届けることになっている。ただ、そのために割かれる時間は少なく、議員と兵士達には少なからず隔たりがあった。

 その溝を少しでも埋めるべく、ワルターは兵士達との懇談をはじめたのだが……。


「家族がいる者は、街の復興を理由に帰って行きました。妻子を亡くした者さえ、墓を守りに兵を離れました。でも、俺は、俺には戦うことしかなかった。まだ親友の敵を討っていません。親友は俺の目の前で狂って……、俺が、手を下した。そうしなきゃ、部隊が全滅したんだ!! アイツをあんな風に追い詰めた白の奴らを許さねぇ。そうでしょう?! 王だって、俺達と戦場にいたから分かるはずだ」

 議員達のヘレーナに対する態度が変わり、胸をなでおろしたのもつかの間。ワルターは兵士達の言葉に、やりきれない思いを抱えていた。

「戦って、戦って、いつかあいつの敵を討つと誓って。なのに、なんで!!」

 抑えきれなくなった感情をぶつけるように、兵士は目の前の机に拳をぶつける。

 大きく響く机の音を聞きながら、ワルターは思う。

 ああ、分かるさ、と。

 目の前で沢山の戦友が死んだ。白の術にかけられ、狂い、ワルターが直接手を下した者も山ほどいる。戦って、戦って、戦うことしか知らないで。突然戦いを取り上げられた憤りも、理解できる。ワルター自身が、終戦後も抱えていた思いと同じだから。

 それでも、ワルターは政治にのめり込むことで、戦うことしか知らなかった自分をごまかすことができた。けれど、兵士は兵士だ。戦いのための兵士が、毎日を城の門番と訓練だけで過ごして、満足できるはずがない。

 そして、彼らが最後にたどり着くのは、城の中で過ごしているヘレーナのことだ。

「王よ……、何故、私が白の者を間近で守らなければならないのか。聞けば、最近は大臣達にゴマをすって自分の地位を固めたとか。違いますよね? 王、違うと言って下さい。あの白の女は、仮初の位に居るだけで、いずれ追い出してなぶり殺すんですよね? 王があの女を庇護しているなんて嘘ですよね? それはただの演技で、相手を油断させるためですよね?」

 兵士は祈るような視線をワルターに向けた。

「お前は、確か家族は……」

「居ません。父は早くに戦死しましたし、母は心労がたたって、四年前に……。兄弟もいなけりゃ、親戚も皆死んで」

「結婚の予定は」

 ワルターの問いに、兵士は無言で首を横に振った。

 ずっと戦場にいた兵士に、親戚筋の力でもなければ良縁などない。城に務めている侍女は皆位の高い貴族の娘で、ほとんどが生まれた時から決まった相手がいる。ならば街へと出向いても、やはり親戚や幼馴染など横の繋がりを大切にする。

 本当に一人きりの者は少なかったけれど、この兵士のような境遇の者はずっと一人で暮らさなければならない現状だ。

「戦いたいか?」

「それは……」

 ワルターの問いに、兵士は言葉を濁した。

 戦いたいわけではない。ただ、気持ちの落とし所がないのだろう。もう戦いが終わったことは分かっている。ただ、受け入れることができないだけ。

 ワルターは、表情を曇らせる兵士を怒鳴りつけることも切り捨てることも出来なかった。


 兵士との懇談が終わると、ワルターはルーカスと将軍を自室に招いた。

 厳重に人払いをして、話を切り出す。

「で、俺とヘレーナが毒を盛られた件、進展は?」

 はっきりと回答を求められ、ルーカスと将軍はお互い顔を見合わせた。

「まず、毒の出処ですが、これは訓練用のものに間違いありません。将校以上の者でしたら、記名だけで持ち出すことが可能です。訓練用の濃度に設定されておりますので、命の危険は無く……、正直管理体制に問題がありました」

 隠しても仕方がない。

 将軍は己の失態だと頭を下げた。

 言葉を区切った将軍に代わり、ルーカスが続ける。

「また、訓練用の毒は軍部に限らず、大臣や王族も記名で持ち出すことができます。ただ、軍部の者以外が記名すると、非常に目立ちますが」

「その、非常に目立つ記名をした者は?」

「おりません」

 まあ、そうだろうなとワルターは頷く。

 王に毒を盛るのに、自分の名前を記名するバカは居まい。こうなると、まず記名して持ち出した将校一人一人に確認して行かなければならない。きちんと全て使い切ったか。あまりはどうしたのか。分量が合わなかったことはないか。盗まれなかったか。それを、嘘がないかを含めて見極めなければ。ワルターは息を吐き出しながら、椅子に深く座り直した。

「で、ヘレーナに関して、噂の出処は?」

 こちらの調査について、ルーカスは小さく首を横に振った。

「出処がはっきりとしないのです」

「はっきりとしない」

「噂、ですから」

 毒の件と比べて、非常に歯切れが悪い。

 ワルターはそれに気づきながらも、ルーカスの次の言葉を待った。

「ただ、王族ないしはそれに準ずる者のひと押しがあったと、まことしやかに流れております」

 これは王族の誰それが実際に口にしたことなのだが、ヘレーナを兵士に陵辱させる手はずが整いつつある。そして、王もそれを黙認する、と。その様な噂だ。王に近い王族が話題にしたと言うだけで、信ぴょう性が上がるのだろう。

「王族か……。それは、噂が広がる上で付いた尾ひれ背びれでは?」

「それにしては、やけに皆確信を持って話しております。やはり……」

 王族の誰かが、後ろで手を引いている、か。

 言葉を濁すルーカスを見て、ワルターはそう感じた。


 ところで、しんみりとした王の部屋とは対照的に、隣の部屋から騒がしい声が聞こえてくる。

「あー、ようやくショールが届いたのに、どれも可愛いじゃないのっ。今日のドレスには……、このひらひらのも良いんじゃないかと思うんですよ? でも、こっちのシンプルなデザインのショールも捨てがたい。もう一度、こちらに袖を通して下さい。うん、ううんー、迷う」

「あの……、今からはお茶だけですので、ショールは……」

「ダメダメ!! お茶の席に歩く為にショールを羽織るんじゃないんです。ショールを見せるためにお茶会に行くんですよ? ああ、ヘレーナ様っ。フリルがこんなに似合うんだもん」

 なんとも、華やかな雰囲気が伝わってきた。

 が、大声で囃し立てている声が伝わってくるたびに、将軍の頬がピクピクと揺れている。

「王……。申し訳ありません。我が娘がこれほど愚かだったとは」

 将軍は苦渋の表情を浮かべ、立ち上がった。

 どうやら、舞い上がった娘に一言モノ申すつもりかもしれない。

「いや、俺が行こう」

 ワルターは将軍を手で制し、隣の部屋の扉を叩いた。

 扉を開けると、ベッドの上に所狭しと衣装が並べられており、ヘレーナが部屋の真ん中で着せ替え人形になっていた。

 突然開かれた扉に驚き飛び上がる侍女。

 まったく動じないユリア。

 慌てて胸元を隠すヘレーナ。

 それぞれの顔を確認し、ワルターは口を開く。

「お前たちは何をしているのか」

 なんとなく、楽しそうな雰囲気が気にくわない。自然と、暗い声が出てしまった。

 ところが、ワルターの様子などまったく意に介さず、ユリアが手にしたショールを持ち上げる。

「あ、王様。王様はどちらが良いと思いますか? こちらのフリルの付いたものはヘレーナ様の雰囲気にピッタリです。でも、こちらのシンプルなデザインは、ヘレーナ様の魅力を存分に引き出すと思われます」

 色々言いたいことはあったが、ワルターは気持ちを抑えて二つのショールを見比べた。

 確かに。

 ひらひらとしたフリルの付いたショールは可愛いヘレーナにピッタリだと思う。

 シンプルなショールはヘレーナの細い線に沿うととても美しいと思う。

 どちらもワルターが選んで贈ったものだ。衣装が少ないと言うユリアの叫びを聞いてから、ワルターはせっせとヘレーナに衣装を見繕っていた。

 甲乙つけがたい。

 それが、素直な感想だった。

「どちらでも構わん。早く準備しろ」

 この後は、ヘレーナとお茶の時間だ。早く二人で向かい合いたい。ヘレーナが自分の贈ったショールを着こなす姿を見せられ、そんな気さえしてきた。

 ちらりとヘレーナに目を向ける。

 俯いていて表情までは見えなかった。

 皆、わずかに沈黙した。

 つかつかつかと、ユリアがワルターに向かって歩き出す。

「承知いたしました。それでは、ヘレーナ様がお着替えをされますので、王様にはご退室頂きたく存じます」

 何故か、表情が険しい。

 ワルターは促されるまま、ドアまで後退した。

 ぐいと肩を押され、強引に回れ右をさせられる。

「あの言い方では、まるでヘレーナ様の衣装などどうでもよいと聞こえてしまいました。まさか王様、ヘレーナ様を傷つけて喜んでいますか? とっとと出ていって下さい」

 背中を押される時に、ユリアはワルターにそっと耳打ちをした。

「ち、違っ……」

 違うと。

 否定する前に、ワルターの目の前でバタリと扉が閉められてしまう。

 本当にそんなつもりはなかったのだと、ワルターはがっくり肩を落とした。

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