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別幕:田沼有勝の仕事 ―四―

――ジャリッ、ジャリッ――


 ブーツが踏み鳴らす地面の音が不気味に響いている。その音を耳にして残り一人は怯えを隠さずにこう漏らしたのだ。


「み、見逃してくれ! 頼む! 何でもする!」


 何でもする――男はそう言った。俺は歩みを停めずにそれに答える。

 

「そうすか、何でもしますか」


 俺の漏らす言葉に4人目の男は顔だけを振り向けて期待を込めて言う。

 

「ほ、本当か?」

「えぇ、俺にも慈悲はあります。今から言うことをやってくれたら見逃します」

「わ、わかった。する! 何でもする!」

「だったら――」


 その怯え方とうろたえぶりは、それまでの荒っぽさと、他人を散々に食い物にしてきた外道っぷりからは考えられないくらいに見苦しいものだった。俺はそれを苦虫を潰したような表情を隠さずにこう言い放ったのだ。

 

「あんたらが今まで散々食い散らかしてきた〝コケシ〟の命、全員返してくださいよ」


 俺が言い放つ〝命〟と言う言葉に4人目の男は顔を左右に振る。

 

「む、無理だ――」

「そりゃ困りますよ。だって助かりたいんでしょう? だったらさっさとやってくださいよ。犠牲となったコケシ200人以上――全員生き返らせてくださいよ」


 怯えきった顔のまま4人目の男は慌てて顔を左右に振っていた。俺はさらに言い放った。

 

「生きていても海外に売り飛ばされたり、内臓を抜かれて売られたり、体に障害をかかえるはめになったりしたやつも居ます。そうした連中もみんなもとに戻してくださいよ。一人残らず!」


 俺は怒声を込めて言い放つ。当然、できっこないことは承知の上だ。

 

「光枝って女がいましたが、彼女フィアンセが居たんですよ。にもかかわらずあんたらは毎日のように犯しまくった。抵抗する彼女を無理矢理に避妊手術を強要し売春をさせた。売上が落ちたら薬漬けにして東南アジアに売り飛ばした!」


――ジャリッ――


 俺はさらに近づく。

 

「洋介ってやつがいました。才能のある格闘家の卵だった。そのまま生きていればプロの総合格闘技にもなれただろう。だがあんたらはそれを非合法の地下闘技場に連れて行くと、休み無く戦わせた。足も拳も目も効かなくなるほどに! そして戦績をあげられなくなったアイツをあんたらは密殺処分した!」


――ジャリッ――


 俺は4人目に肉薄する。

 

「60になる爺さんを山奥のタコ部屋に押し込んで無理やり働かせ、体を壊したらそのまま見捨てて病死させた! まだある! 山ほどある!」

 

 俺は右の拳を握りしめると振り上げる。そして、4人目を眼下に見下ろしながらこう告げたのだ。

 

「人の命を吸血鬼のように貪りながら、いまさら命乞いって通じるわけ無ぇだろうが!」

 

 そして、俺は右の拳を振り下ろした。

 

「落とし前つけやがれ!」


 拳は4人目の右のこめかみへとヒットした。その瞬間、電磁火花がスパークして4人目を瞬間的に焼き殺した。拳を押し付けている間、体が痙攣をしていたがそれも10秒ほどで動かなくなる。4人という数を始末するのはあまりにもあっけない。

 だが俺はたしかに役目を果たしたのだ。


「もうここには用はねえな」


 そうつぶやき俺は速やかにその場を離れる。

 足早に駆けていると向かい側から走ってくる車影がある。ベンツのSLKだ。

 

「アニキ――の車?」


 戸惑う俺の目の前にそのベンツは速やか、かつ正確に寄せてきて停車する。そして自動的に左ハンドルの運転席のドアが開けられる。中は無人だった。

 

〔田沼様ですね?〕


 流暢な合成音声がなる。老齢の男性を模した声だ。

 

「アレンか?」

〔はい、柳沢様からのご指示でお迎えに上がるように仰せつかりました。お乗りください、ここから移動します〕

「解った。頼む」


 声の主はこのベンツSLKに備えられたAIユニットだ。名前はアレン。米国大統領に長く仕えてきた黒人執事の名前だった。俺は埃もはらわずにベンツの左シートへと潜り込む。血しぶきや脳漿を浴びてなかったのは僥倖だった。

 

「アレン、次にどこに行くかは聞いてるか?」

〔いいえ、仰せつかってません。ですが、田沼様がご乗車なさったら連絡をつけるように承っております。さっそく接続します〕


 アレンはそう言うと、自らの通信機能を使って外部へと通話をする。数回のコールの後につながった音声は聞き覚えのある声だった。


〔俺だ〕


 車内に響くのは永慶のアニキのものだ。俺は問いかける。

 

「アニキ」

〔カツか?〕

「はい」

〔首尾は?〕


 アニキの問に俺は応えた。

 

「全員始末しました。ひとり残らず」

〔確認は?〕

「しました。絶命しています」


 当然の確認だった。


〔ご苦労、後始末はこちらで手配する。お前はアレンとともにそのまま離脱しろ。一週間を目処に関東圏から離れんるだ。西日本が良いだろう。必要経費はアレンにもたせてある〕


 関東圏から離れる――その言葉の意味を俺は即座に理解した。

 

「ほとぼりを冷ますんですね?」

〔そうだ。流石に身内の事とは言え、実行犯であるお前が東京エリアに居るのはさすがにまずいからな。連絡を絶って姿を消してもらう。だが気負わなくていい。誰でも通る道だ。観光気分でゆっくりと骨を休めてこい〕

「ありがとうございます。事後はよろしくお願いいたします」

〔あぁ〕


 礼を口にすれば帰ってきた言葉は簡素だった。アニキは言葉を続ける。

 

〔それと俺が作ってやった電撃機能のついたナックルグローブとショートブーツ、性能はどうだった?〕


 今回の仕事で俺が使った放電ナックルグローブとショートブーツは永慶のアニキが俺専用にと作ってくれた物だ。拳銃を振り回すよりは遥かに俺に合っていた。俺にはアニキの心遣いがなによりありがたかった。

 

「最高ですよ。しっくりきます。おかげで満足のいく仕事ができました」

〔そうか――〕


 俺が述べた報告に永慶の兄貴は満足気に応えてくれた。

 

〔不満点があればいつでも言え。改良してやる。まずは初仕事ご苦労だった〕

「ありがとうございます」

〔今はゆっくり休め、いいな?〕

「了解。ありがたく骨休めさせていただきます」


 おそらく俺が居なくなった首都圏では事後処理が行われるはずだ。

 組織内の根回し、証拠の隠滅、遺体の処分――様々な出来事を永慶のアニキや上層部が片付けてくれるはずだ。俺はそれをひたすら沈黙して待つしか無いのだ。

 ややおいてアニキの声がする。

 

〔かたが付いたら連絡する〕


 それを最後に永慶のアニキの通話は切れた。

 車内には俺とAIのアレンが居るだけだ。

 

「よし、行くか――」

「どちらへ向かいますか?」

「西へ行け――と言われたから、とりあえずは大阪だな。そのあと適当に西日本をまわる。目立ちにくいようにしながらな」


 俺はナックルグローブを脱ぎながらアレンに指示を出した。AIやロボットなどへの指示内容としてはひどく曖昧だった。だが、アレンは永慶のアニキが手掛けただけあって優秀だった。

 

「了解です。当面の目標に大阪を選択します。そののちに第2目標としてふさわしい物を調査しておきます。運転は私が代行しますのでまずはごゆっくりお休みください」

「あぁ、頼む」

「では出発します」


 そんな会話を終えるとアレンはサイドブレーキを外して静かに無音で走りだした。はじめは電動で、速度が乗ってきたらガソリンエンジンへと切り替わるのだ。

 ロードノイズの心地よい振動の中、俺は眠りへと堕ちていったのである。


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