壱の参:集会/冷静対応
俺は通話をしながら正面玄関へとたどり着いていた。するとそこでは俺の部下が。榊原のバカと睨み合ってる状態だった。
内心、派手にため息をつきながら対応を始める。
俺の部下と、榊原の子分が睨み合っている。
乱闘騒ぎでも起こされたら警察の介入を招く。そうなったら会場運営の責任を背負っている天龍のオヤジの首が飛ぶ。
ここは何としても押し止めなければならない。
『警備全員へ――
バリケードを作れ。一般来賓とトラブル要素を分けろ。ただし反撃は絶対にするな』
俺の指示の音声に返事はない。ただ無言で速やかに行動がなされる。木原と牛尾が中心となりビジネススーツ姿の男達が散開する。そして厄介者である榊原の子分共とそれ以外の者達との間に線を描いた。
そのバリケードの意味を分からない連中ではない。榊原の配下と思われる男が一人進み出て難癖をつけ始めた。スーツ姿だが、到底ビジネスマンには見えない。青黒い背広に紫のシャツになでつけたオールバック、どこのホストか? と言うような出で立ちだ。ジムで筋トレしてパンプアップしたのだろう筋肉質な体が目立っている。そいつが口を開く。
「おいテメエら、何の真似だ」
野太く荒っぽい言い回し。知性の欠片もない三下の物言い。
そいつの後ろに隠れている中背でやや肥満気味の男が〝強欲の榊原〟だ。イタリア製の紺色のスーツにソフト帽をかぶり、白いスカーフを肩にかけている。どこのイタリア映画だ、まったく――
榊原は不機嫌そうにしている。だが、そのだらしなくニヤついた口元が内に秘めた本音を匂わせていた。
だが榊原は自分からは一切動かない。いつでも他人を動かして事を起こす。それも自分の直接の身内ではない人間をダシにして。
「―――」
問いかけに誰も答えない。挑発に乗らず淡々と処理をするのがこの場合の最適解だ。相手は対話を自分のペースに乗せてこの場を丸め込むのが目的だからだ。俺は周囲の気配を探るが、氷室のオジキが来る様子はまだない。
「なんとか言わんかい!」
荒っぽい脅し文句。それも使い古された三下チンピラの使う物だ。俺は少しカマをかけることにした。平静を装って数歩進み出る。そして努めて冷静な表情を維持しながら声のトーンを抑えつつ答えた。
「お客様――場所をお間違えではないでしょうか?」
「あぁ?」
三下男は威圧的に身を乗り出してくる。
恐喝でもやりなれているのか妙に板についている。今の俺の〝見てくれ〟を舐めているのだ。
俺は服装と髪型を整えるとヤクザには見えない特徴がある。この日は左右分けにして丁寧に髪をなでつけている。メガネも一般風の落ち着いた銀縁だった。
何度も言うが、今どきは簡単にはヤクザに見えないことが重要になる。
歩き方にも細心の注意を払う。
猫背にならず、それでいて威圧的にもならず、平静さを失わない必要がある。自然と両肩から力が抜けていく。淡々とした落ち着いた口調の声が俺の口から漏れていく。
「本日は本会場は非公開の企業説明会が行われております。招待状をお出しさせていただいた教育関係者以外の方のお立ち入りはお断りさせていただいております」
俺は相手の威勢を意にも介さず、ひたすら冷静に滔々と答えを述べた。
天龍のオヤジが表向きに動かしている企業は前にも話した通りだ。教育産業を手広く手がけ、そこから得られる膨大な大規模情報を運用することで莫大な利益を生み出しているのだ。今回はそれを隠れ蓑にしているのだ。
会場に集まっている来賓たちから訝しげな視線が投げられている。騒ぎになる前にこのバカどもをこの場から離さなければならない。
だが、どこまで行ってもバカはバカだった。
「ここだと聞いてきたんだ。騒ぎを起こされたいのか? あぁ」
相手は脅し返してくる。だが詰めが甘い。
「詳しいお話をお聞かせいただきますので場所を変えます。ご移動願います」
俺は声の大きさを維持しつつも冷静に淡々と告げる。部下たちも俺の態度に習いつつ、冷静な表情のまま警戒を怠らない。もし乱闘になってもすぐに対応可能なように姿勢を整えていた。
だが、三下は三下だ。組織から盃をもらい正式な子分格として認めてもらえない理由があるからこそ三下なのだ。
古めかしいスタイルの任侠ヤクザが著しくその数を減らしている現在、主流を占めるのは俺や氷室さんのようなインテリヤクザだ。暴力に傾きやすいタイプは組織の下の方で便利がられて終わるご時世だ。
ましてや、暴力しか能がないのは――お察しの通り組織の方から願い下げというわけだ。
だが、この榊原と言う男はあえてそう言う男たちを〝飼っている〟
三下は俺の言葉には動かない。睨みを利かして威圧をやめようとしない。俺は揺さぶりをかける。
「聞こえないのですか? ご迷惑ですから場所を移動願います」
のれんに腕押し、立板に水、三下のチンピラのいらだちを俺はサラリと受け流し続けた。
「それとも日本語が通じないのですか?」
冷静に落ち着いたまま自説を押し切られると、相手としては立つ瀬がなくなる。それ以上にムカついてくるものだ。相手の表情が険しくなり切れかかっているのがよく分かる。だがこう言う相手は御しやすい。俺はさらにダメ出しをする。自分がかけている慇懃な仕草でいらだちを匂わせながら、眼鏡に手を触れつつ、微妙に抑揚の声でこう告げたのだ。
「通訳でもご用意しましょうか?」
それがきっかけだった。
「手前ぇ」
声は低く小さかったが、それは怒声を帯びていた。そして背広の内側に釣っていた〝ある物〟を抜き出したのだ。
――スプリングフィールドアーモリー V10 Ultra Compact――
3.5インチのコンパクトオートマチック、着衣の中に秘匿するには最適だろう。それに口径は45だから威力もある。跳ね上がりが強いのでじゃじゃ馬だが、それさえいなせれば非常戦闘用にはもってこいだ。
お笑い草だ。
ヤクザが拳銃にビビるか? 今のご時世、鉛弾よりやばいものはたくさんある。別段怖いとも思わねぇ。
ましてや正式な子分として身内になっているなら、脅しに動じたりできない。子のメンツは親のメンツ、子分がビビって情けない醜態晒せば、親が恥をかく。ヤクザならそれくらい当然の話だ。
相手が拳銃を狙い定めるよりも前に、そいつの動きを冷静に見極め、すかさず前に進み出る。そして左手で腰の後ろに隠していたものを抜き出しつつ、俺は右手で構えた瞬間のオートマチック拳銃を捉えた。
銃の上半分のスライド部分を掴むと一気に押し込む。装填されていた弾がはじき出されて撃てなくなる。その勢いのまま俺は左手で腰裏のホルスターから抜き出した〝高圧スタンガン〟を相手の脇腹へと押し付けた。
――ブンッ――
鈍い音が微かに鳴ると、三下男は即座にくずれおちる。俺が普段から持ち歩いている護身用の小型の高圧スタンガンだ。近接戦用のスタンガン機能と、遠距離戦用のテイザーガン機能が備わっているのが特徴で、最近の違法サイボーグ事情に合わせて、対サイボーグ用の高圧レベルを備えたモデルだ。もちろん、法規制を無視した地下流通の違法モデルだ。
こんな戦闘訓練もできていないド素人なんぞに、天龍のオヤジや氷室のオジキの下でしごかれている俺達が遅れを取るはずが無い。
相手を気絶させると右手で抑えていた拳銃を引き剥がし、それを返す動きで後ろへと回す。背後から小暮が接近して俺からV10オートマチックを受け取る。人目につかないところに処分するためだ。小暮はビビり屋だがこう言うときのフォローは抜群にうまい。即座にその場から離れて姿を消す。
倒れてくる三下を右手で受け止めながら、左手のスタンガンを腰裏のホルスターへと戻す。瞬間的な動きだからまず見抜かれない。傍から見れば突然気絶したようにしか見えないだろう。
だが相手は俺と同じ本職ヤクザ、抱えている子飼いの三下は素人レベルでも榊原とその側近たちは本職としてちゃんと経験を積んでいる。俺が何をしたのか即座に見抜いたはずだ。だが――
「おっと、お客様、どうされました?」
――俺は周囲にさり気なく注意をはらいつつ、三下男を地面に横たえる。そして榊原たちへとこう告げた。
「お連れの方の具合が悪いようですね。救急車でもお呼びしましょうか?」





