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幕間4-9:脱出行/鉄人の腕

 その瞬間、地面から何かがジャンプするように跳ね上がる。それは――

 

「なぁ! アトラスさんよ!」


――千切れたはずのエイトのおっさんの左腕だったのである。


――シュッ!――


 空を切る小気味よい音がする。視認が困難なほどに細く強靭な単分子ワイヤーが放出された音だ。それは絶妙な鞭となり、アトラスを絡め捉えるとともに、バランスを取るためのカウンターウェイトとなってアクロバティックな挙動を可能にする。

 そして、エイトのおっさんの左腕はアトラスの喉笛をしっかりと捉えた。

 単分子ワイヤーが巻き取られると同時に、アトラスのその顎と首筋にエイトの左腕が深々と食い込んでいた。

 その腕が発するパワーは凄まじく、一度食い込んだら離れないと思えるほどの強靭さがそのシルエットから伝わってくるのだ。

 

――ギッ! ギギギギ――


 千切れたはずのおっさんの左腕はフルパワー顕在でアトラスの金属製の喉笛へと強力に食らいついていた。苦し紛れにアトラスがその左手で剥がそうとするが無駄な努力だ。そのアトラスの余力を奪うがごとくに、エイトの左腕からは高周波の電磁波が放出されている。そして、アトラスのメカニズムを狂わせていくのだ。

 

「かかったな? 片目」


 エイトのおっさんがゆっくりと立ち上がる。そして、首筋を油圧プレスのように締め上げる怪腕に藻掻いているアンドロイド警察官に皮肉たっぷりにこう言い放ったのだ。

 

「おめぇ、〝鉄人28号〟知らねえな?」


 エイトは静かに歩みを進めながらアトラスに対して間合いを取る。頭部のガトリングガンを予備回転させて準備をととのえる。攻撃はいつでもできる状態だった。

 エイトはそのガトリングガンのセンターシャフトに設置した照準用アイカメラを光らせながらこう告げたのだ。

 

「鉄人は〝独立連動システム〟っつってな、手足と胴体、それそれが個々に完結した独立したメカニックになっている。腕をもがれようが、足をふっとばされようが、胴体と頭脳には何の影響もねえんだ。ここまで言えば判るよな?」

「くっ! くそっ! そんな仕組みが!?」

 

 苦しさにうめきながらアトラスが歯噛みしている。やっこさんにとっても想定外の事態だったのだろう。右手に構えていたはずのデザートイーグルも取り落としてしまっている。なんとかこの鋼鉄の首輪のような戒めから逃れようともがくだけだ。

 だが、アトラスの醜態を尻目にエイトは言う。

 

「いいか、覚えとけ。若いの――」


 エイトが年老いた玄人っぽい口調とともに頭部のガトリングガンがさらに回転を上げる。フルチャージの一斉発射寸前だ。

 

「――知らないって事は死につながる。生き残りたければ慎重になる事だ」


 そして、右足を踏み出して照準を定める。狙いはアトラスそのものだった。

 

「あばよ、片目――」


 ガトリングガンの8つの砲身がまばゆい純白光を放つ。

 

――ブォォォオオオオン!!――

 

 そして、特攻装警1号アトラスの全身は粒子ビームの猛攻の渦に叩き込まれた。射撃時間は7秒ほど――

 

――キュゥゥィィィィン――

 

――そしてマズルフラッシュが止めば、アトラスの巨躯のシルエットはゆっくりと崩れ落ちていく。まるでメインヒューズブレーカーが落ちてしまった家電品のように――

 

――ズッ……ガシャッ――


 アトラスが崩れ落ちる。

 糸の切れたマリオネットのように。

 その両目からは光が失われ、全システムがダウンしているのが判る。指一本動いている気配はなかった。

 俺はエイトへと歩み寄る。

 

「すげぇ――」


 俺は素直にエイトのおっさんを称賛していた。だがおっさんは――

 

「何いってんだバカ。さっさと行くぞ」


――声を荒げて俺へと吐き捨てたのだ。


「ちょ、褒めてんだろうよ!」

「やかましい! こう言うだまし討ちみたいなのは俺の仁義に反するんだよ!」


 ハッキリ言おう。変なこだわりだ。勝ち方にも意味がないとだめなのだろうか?


「何こだわってんだよ! あの特攻装警だろ! すなおに喜べよおっさん!」

「片腕もがれて喜べるか! バカ!」


 そう言いながらエイトのおっさんは右手で俺の頭を殴りつける。けっこう遠慮のない殴りつけだった。

 

「いでーっ! 何すんだよ!」

「おめぇが余計なこと言うからだろう!」

「素直に褒めてるのになんで怒られなきゃならねーんだよ!」

「やかましい」

「だからおっさんよ――」


 俺はおっさんと声を掛け合いながら坂道を芝生広場へと歩いていく。

 おっさんはヤクザ、俺は街の片隅のクソガキだ。

 ちょっとやんちゃがすぎるゲーマー崩れの俺を、棺桶に片足を突っ込んでる古ヤクザが面倒をみてくれているだけの間柄だ。

 だが――

 

――こんなのも悪くねえ――


――と、素直に思えるのだった。


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