13話 一連の命の流れ
「悟が考えている事はわかるよ。」
ぽつりと隆博が言った。
「僕がこんな事を言って、無理やり自分の事を慰めようとしているんじゃないかって。和可のことを現実として理解していなくて、ファンタジーの世界に入りこんで解決したようになっているんじゃないかって思ってるんじゃないか。」
図星で口を開くのをためらっていると、
「いや、わかっているよ。和可はもういない。だけど、自分も自然の一部なんだってここへ来て自然の中で暮らしてそう実感した。それと同時に、和可の死も受け入れることが出来るような気がした。いや、受け入れていかないといけないんだ。」
「畑でいろんな作物を作るだろう。芽が出て、葉がついて、大きくなって、実をつけて。そんな一連の命の流れを見ていると、愛おしくて、その命のみずみずしさをこの手に実感として感じるんだ。そうやって命を本当に身近に感じながら暮らしたのってどのくらいぶりなんだろう。和可がいたころのことを思い出した。はいはいしか出来なかったのが、つかまり立ちをして、歩き始めて。日々、一日一日変化していくあの子。片言からしゃべれる言葉がどんどん増えて、大きくなって、ひとつひとついろんなことが出来るようになって、あの子の成長が目を見張るようで、それを見るのが楽しくて、たまらなく愛おしくて。そんな日々を思い出した。」
「そうなんだ。芽が出て、葉がついて、実が生って。終わる。だけど、終わりじゃない。種になって、また次の季節には同じように実をつける。手をかけてやればやるだけ、ちゃんと答えてくれて、そして、次の季節にも同じように出会える。流れているんだ。循環している。始まりから終わり。終わりから始まり。ずっと円のようにそれは続いていて、決して終わらない。そんな自然のサイクルのその一部に僕らも組み込まれている。
そしてそのサイクルの一部に和可もいる。必ず。
どこかできっとまた逢える。あの子は消滅してしまったんじゃないんだ。何だかそう自然に思えるようになったんだ。今でも、もちろん和可のことを思い出す。だけど、前のような寂しい絶望的な感情ではない。ひどく優しく思い出されるんだ。何だか、そんな自分の心境の変化が、愛おしい。」
「おかしいかな?」
「いや、きっと前に進んだんだ。うまくいえないけど、自分で無理やり自分を納得させているわけでもなく、現実逃避のように無理やり自分を慰めているのでもなく、たぶんここでの暮らしが実感としてお前に答えをくれたんだよ。」
「たぶんね。上手く言えないけど、上手く言えなくてすまない。」
そして、先ほどまで携わっていた畑仕事の事を思い起こして、
「命を日々感じることってあまりないよな。土をいじるってすごいことだな。」
そう言うと、
「悟もやってみればいい。何か得るものがあるかもしれない。」
日焼けした顔をこちらに向けて満足そうに笑う隆博を見て、ほっとする反面、また不安が顔を覗かせた。
「で、そんなにここの暮らしがいいわけ?」
〝何、不安そうな顔?〟
だって、結論を先に言うよっていいながら、何だかうやむやになったと、言いかけると、
「だから、結論はもう言っているよ。」
「何?」
「ひとりで生きていくよりふたりの方がいいって思うって。」
あ、
さっきの話だ。そうか、ああ。
安堵した反面、ひどく照れくさくて、今度は反対に前を足早に歩く。
何か言うといいとは思っても言葉が見つからない。
それでも何か言おうと振り返り、口を開こうとしたら、
「あ、電話だよ。」
急に携帯が鳴り出した。
拍子抜けして電話に出ると、良二さんだ。
〝何ゆっくりしとる?いいかげんに帰ってこんと、飯が冷めてしまうわ。〟
鼓膜が破れそうな大声でまくし立てられた。
ははは。
隆博が大きな声で笑い始めた。
「ここまで聞こえたよ。良二さん、待ちくたびれてるんだろう。」
早く帰ろう。
西日があたる山の斜面がそっと表情を変えた。
すぐに暗闇がやってくる。足元が闇に紛れておぼつかなくなる。やつが俺の手を取った。
〝時間はまだある。これからずっとね。〟




