6話 怪しい客人
美香が、
「ふたりとも良二さんにとっては息子みたいなものなのよ。悟が来てくれたことが嬉しいんでしょ。」
「隆博くんも、最初、私良二さんって息子さんいたのかな?って思っちゃった。」
そんなに馴染んでたっけ?
隆博が襖にもたれながら口を挟むと、
「だって、縁側にね、ずっと寝転んでごろごろしてる人がいるのよ。」
「それ、お前?」
指差すと、
「そう。」
ははは、と声をあげる。
夏頃、美香が旦那とこの土地へ戻ってきた時、懐かしいと良二さんの家を訪ねたら、平日の朝っぱから、この家の道路側に面した座敷に続く縁側に、見知らぬ男がごろごろしている。
タンクトップ一枚で、下はパジャマのズボンかなんかで、ごろごろ縁側で寝転んで本なんか読んでいる。
〝誰?あれ?〟
〝あれかあ、悟の友達だ。少しの間おるで面倒みたってくれ。〟
と良二さんが説明した。
家での隆博の様子がいかにも馴染んでいて、庭先の花に水をやったり、農協に良二さんと一緒に来て野菜を運んだり、近所の雑貨屋で買い物をしたり、前から住んでるみたいで、近所の人たちが
〝良二さのとこへ来てるの、あれ息子か?〟
〝いやあ、良二さのとこは子供はおらんで。〟
なんて噂をしていたらしい。
「で、時々おかずなんか作って持ってくると、やっぱり家でごろごろしてるから、そのうち、この人何?仕事とかしてないのかしら?なんて思って。」
「まあ、普通そうだろうね。平日の朝から晩までこの辺うろうろしてたり、良二さんの畑仕事手伝ったりして、いい年をした大人が怪しいよね。」
と隆博が笑うと、美香がおかしそうに、
「で、ある日喫茶店でお茶を飲んでいた時に、そこにあった週刊誌に、ある作家さんの対談の記事が載ってたのね。それにどこかで見たような人が載ってるなあ、ん?あれ?って思って。」
「それで美香ちゃんがその雑誌を持って、うちへすっ飛んできたんだよね」
〝あ、スランプなんでしょ?書けないんだ?〟
ってね。
「あはは、失礼よね~。いきなり。」
「美香らしいよ。」
美香は書けなくなったスランプの作家兼翻訳家の隆博が田舎へ逃避してきたのだと思ったらしい。まあ、近いけどな。
いやあ、そんな有名な作家さんとは思わなくて、仕事もせずに何ヶ月も良二さんの家に居候して変な怪しい人だとずっと思っていたわ。
そんな話で盛り上がっていると、
「おお、にぎやかだな。」
良二さんが入って来た。
「良二さん。」
「悟、よう来たな。」
頭を下げると、
「しかし、わしの顔を見ていきなりぶっ倒れんでも。」
と豪快に笑い声を上げた。
寝てなくて、と言い訳をすると、
まあ、よう寝れたじゃろ、と言い、風呂に入るように促された。
雑談をしているふたりを残して、部屋を出る。
良二さんの後をついて、母屋の外にある風呂に向かう。
良二さんが外で薪をくべてやると言った。
小学校の頃、この風呂が恐かった。釜がちんちんに焼けて、真っ赤にさびた釜底がいかにも熱そうで、その釜底に足が触れないように、板を敷いて入るのだが、板が水圧で浮いたり沈んだりするのが恐くて、板を踏み外しそうで恐る恐る入ったものだった。大人になった今はそれのどこが恐かったのかわからないが、子供の頃はそんなことも結構恐いと言いながらも、わくわくする楽しみの一つだったかもしれない。
湯につかりながら、外で薪をくべる良二さんと話をする。
「急に来てすみません。」
「いや、なに他人行儀なことを言っとる。今日は近所のもんや、つれらを呼んだんだ。たまには、にぎやかにみなで飯を食うのもよかろう。」
そう、何でもないように良二さんは言ったが、親しい人が揃うことが嬉しいらしく口調に現れていた。
「美香も来てるなんて意外だったなあ。」
「あの子も綺麗になった。子供の頃は男の子に混じって、いつも泥だらけで、どうなるんかと心配しとったが。」
「ホントに変わるもんだな。」
外で薪が火にくべられ、パチパチと音を立てた。
「しかし、悟。ちょうといいタイミングで来たわ。」
「え。」
「あの子もだいぶ調子がようなったみたいで、そろそろ帰らせないかんし、と思っとったとこじゃ。」
隆博のことだ。
「すみません、隆博のこと、良二さんに迷惑かけて。」
「お前さんが謝ることないわ。保護者でもあるまいし。」
笑い声を上げた後、
「しかし、最初はどうしようかと思ったわ。」
そうつぶやいた。
どんな様子だったか伺うと、
「最初来たばかりの頃は、いつ起きるんか、いつ寝るんか、飯は食べるんか、どうなんか、全くばらばらで、目に精気はないし、わしに気を使ってはいるもんの、どっかちんぷんかんぷんで。」
「まあ、ええわ。わしんとこへ来たんは、なんか考えがあって、もしくは、わしを頼ってくれたんならそれはそれで嬉しいし思って。数日あの子のいいようにほかっておいたんじゃ。
でも、一向にしゃっきりせんし、こらいかんな思って、次の朝、無理やり叩き起こして、わしの畑仕事に連れていったんじゃ。」




