4話 交換条件
で、あれこれ話しをしたんだけど、・・・
そう言ってあいつは絵梨香とのやり取りをすべて話してくれた。
絵梨香はアメリカへ行く前にどうしても俺たちが上手くいくのを見届けたいと言い張ったらしい。
それに対して隆博は、僕らの問題より、絵梨香ちゃん自身の問題はどうなの?と問い返したら、それが母親とのことだとわかっていた絵梨香は急にしゅんとなり、でも、私のことよりパパのことのほうが心配だって言ったらしい。
でも、絵梨香ちゃんのことが一番パパにとっては心配なんだよって返したら、絵梨香がママと会ってちゃんとしたらパパは安心してくれるのかしら?って。
「絵梨香ちゃんがママに会ってくれたら、僕ももっと真剣に考えてちゃんとするよって約束したんだ。」
そしたら、それって〝脅迫?〟〝それとも交換条件?〟って、絵梨香ちゃんが。
絵梨香のびくびくした怖気づいた顔が目に浮かぶようでおかしかった。
「だって、娘ほど歳の離れた女の子相手にシリアスになんかなりたくなかったんだ。だから、そうやってちゃかしたら、絵梨香ちゃん結構本気になって。」
ホントに?ホントに?絵梨香がママに会ったら、隆博さんもちゃんとパパにもう一度会ってくれる?
って、こう首根っこ掴まれて、泣きそうに真剣な眼をするもんだから。
そういって、シャツの襟を掴むしぐさを真似た。
彼女があんまり真剣だから、前から思ってたことも聞いてみたんだ。いい機会だと思って。
「前から聞いてみたかったことって?」
「うん。本当に大丈夫なのかって。彼女にとって、僕はファンタジーの世界にいる現実味のない存在のような気がするんだ。彼女が僕の本を読んでくれて、ファンでいてくれて、それはとても嬉しいんだけど、どこかで僕を過大評価しているんじゃないかって。実際の僕はこんな自分の感情さえコントロール出来ないどうしようもない人間だし、実際、生活を共にしてみると幻滅する事だっていっぱいある。絵梨香ちゃんはアメリカだから、当分一緒に暮らすことなんてないかもしれないけど、僕が本当に悟と暮らしたら、いつか絵梨香ちゃんとも一緒に暮らすことだってあるかもしれない。本当にその時僕を自分の家族として、父親のパートーナーとして受け入れることが出来るのかなって。あのくらいの年の子って、夢を見ている部分があって、実際、僕が朝とか悟のベッドルームから出てきて、彼女は本当に大丈夫なのかなって。それで悟と絵梨香ちゃんの関係に何か良くない影響が出ないのかなって。」
「きついだろ。こんなこと。一番多感な時期のティーンエイジャーの女の子に聞くなんて。」
確かに。俺だったら聞けない。生々しくて。
「悟はたぶん聞けない。自分の娘にそんなことなんて。だから聞いたんだ。だって、絵梨香ちゃんがこれが現実味のある話だと、どのくらいきちんと受け止めているかどうか、気になっていたから。」
「あれこれ思っても仕方ないんじゃないか。どのみち、親と子供っていったって、別々の人格なんだし、受け入れることがもし仮に出来なくても、それはそれで時間をかけるしかないんじゃないか。」
「ビンゴだ。」
隆博は据わっている足元の草を悪戯にむしりながらそう言った。
「何が。」
何のことだろうと思って問い返すと、
「裕樹も同じこと言ったよ。」
驚いて、
「裕樹もって、じゃああいつも一緒についてったのか?」
「ははは、これも口止めされてんだけど、そうだよ。あいつまでついて来て、僕たちの問題に首突っ込んで、いい加減にしてくれ。何考えてるんだって、思わず殴っちまったよ。そしたら・・・」
「何?」
隆博は、妙に真面目な表情に変わって、
「あいつ、言ったんだ。〝覚えてないのか。〟って。」
昔のことを思い出すように、遠くを見ながら、こう続けた。
だいぶ昔、悟のことで悩んでいた時、自分が自分でなくなってしまったような気がして落ち込んでいた時、あいつに言ったんだ。
〝僕がどんなんでも友達でいてくれるか〟って。
あいつは、
〝お前がたとえ泥棒をしても人殺しをしたとしても、お前を嫌いになることはない。〟って。
そう、はっきりね。
だけど今から思えば、あの頃から裕樹は薄々僕のことをわかっていた。はっきり口には出さなかったけどね。だから、絵梨香ちゃんについても来たんだろうし、ずっと心配をかけてるからね、昔から。
それについて俺は、
「そうだな。裕樹なら信用できるだろう。昔から何かあると隆博は裕樹に相談していたみたいだし、信頼できる友人のひとりに、ずっと隠すことも出来まい。」
「裕樹のことを大事な友達だって思ってるなら、ま、そのうち話をしないといけないことだしね。で、絵梨香ちゃんは、私は絶対大丈夫だって言うんだ。それを信用するしかない。もし、何かあったとしても、時間をかけて乗り越えていかないといけないことだしね。ただ、面と向かってちゃんと聞いておきたかったんだ。」
その後、まだ食事をしていない彼女らを連れて食事に出かけたらしい。その時に、絵梨香からある写真を見せてもらったのだと言う。
「写真?」
「そう、絵梨香ちゃんが生まれる前の胎児の写真だ。」
あいつ。まだ持って歩いているのか。
「パパが大事に今まで持っていてくれたのだと言うから、それと同じくらいにママだって絵梨香ちゃんのことを思っているんだよ、っていうと、彼女は僕に本当の胸の内を話してくれたんだ。」
「何て?」
「恐いんだって。」
「恐いって何が?」
「もし前みたいにママのことを好きになれなかったらどうしようって。私たちの関係が本当はもうすっかり壊れていて、会っても前みたいに話が出来なかったらどうしたらいいのかわからないって。」
俺ははっとした。絵梨香は母親を嫌いになったわけじゃなかった。
会うことを懸念していたのは、母親が嫌いで遠ざけたいのではなく、自分と母親の関係が今はどうなっているのかを確認することが恐かったのだ。
そうか、絵梨香はもし母親と自分の関係が壊れていて、会うことによってそれを確認することになったらどうしようかと恐怖を抱いていたのか。




