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彼の娘  作者: 大島 有
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3話 気持を知りたい

「良二さんは?」

俺がそう聞くと、

「良二さんが彼女を気に入っちゃってね。やっぱり気が済むまでいたらええ。って。」

あいつってさ、子供みたいに無邪気で、明るくて、誰にでも懐くからさ。若いときは気位が高いところもあったけど、最近はそういうごつごつしたところもなくなってきたしね。

それで、良二さんと僕と一緒に寝起きして、家事ををしたり、畑を手伝ったり、良二さんを連れてドライブに行ったり、漬物を漬けたりジャムを作ったり。

そんな感じで結局2週間ほど滞在していったんだと、隆博は言った。

別れたといえ不思議な夫婦だなあと、人事のように感心してしまった。


おかしな元夫婦だろ?

そうかすかに笑いながら、隆博は、

「だけどね。レナは心配していたんだ。また僕が前みたいに心を病んじゃうんじゃないかって。だから、一緒にいて僕の様子を伺っていたんだ。本当は。」

「彼女に聞いたよ。お前の居場所を教えてもらった時。」

彼女が心配していたのは、また鬱状態になってしまうんじゃないかってことだった。

「そうなんだ。本当はあんまりあの頃と変わってなかったんだ。」

レナさんはだいぶ良くなったと言っていた。絵梨香の手紙が来始めた頃から。

「そう、絵梨香ちゃんの存在が僕の中で大きくなるにつれ、自分を取り戻し始めた。何となく先が明るいような、そんな気がしてきたんだ。」

だけど根本的なことは変わっていなかったんだ。和可のことを、ちゃんと自分の中で整理つけていないままだったから。

そうため息をついた。

「大丈夫なのか?」

「ああ。」

でも、そのことにはあまり触れて欲しくないらしく、隆博は話を変えようとこちらへ向きなおして、

「そうだ、絵梨香ちゃん、もう向こうへ行ったんだろう?」

絵梨香の話をし始めた。


「ああ、大学生活にも馴れ、何とかうまくやってるみたいだよ。忙しいらしく、ろくすっぽメールも電話も来んけどな。」

「そういえば絵梨香、お前んとこ行ったのか?」

絵梨香のメモ。隆博のプライベートの住所。それを見つけた事。たまらなくなって何回も隆博の住むマンションへ行った事。置いてきた名刺をレナさんが見つけて連絡をくれた事などを話した。

「ごめん。何回も往復させて。」

「いや、いいんだ。」

何とか会えたしね。

そう言うと、かしこまって恐縮していた彼が、ほっとしたように笑顔を見せた。

「その、パパには内緒に・・って言われてたんだけど、あれからすぐだったよ。絵梨香ちゃんが突然うちに来たのは。」

あれからすぐというのは、隆博が手紙を残して東京を去った次の週のことらしい。

ああ、思い当たった。

真奈美ちゃんと横浜へ行くと出かけたあの日の事だ。

次の日、急に乃理子に会ってもいいなんて言い出した。

急に態度を変えた絵梨香にいぶかしく思ったが、あれこれ詮索して、彼女の気持ちが変わることを怖れた俺は、次の日絵梨香を連れて乃理子に会いにいき、どうして気持ちが変わったのかを聞く事を後回しにしているうちに、アメリカへ行く日が来てしまった。あの事を彼女から詳しくまだ聞いてはいない。

どんなことだろう。

絵梨香の本当の気持ちを知りたい。

隆博に会いに行ったというのはどういう思いからなんだろう。

そして、その直後に絶縁状態だった母親に会おうという気になったのは何故だろう。

「俺には友達と横浜に遊びに行くって嘘をついた。」

「ふうん。そうなの。僕も面食らったけどね。」

何で僕の住所を知ってんだろうって。

「俺がやったと?」

「いや、まさか。悟はそういうことしないよ。」

人の力を借りるとかね、そういうこと。

聞いたら裕樹に教えてもらったって言うじゃないか。


「裕樹に?」

あいつ。最近ガイとメールのやり取りをしていないみたいだし、彼の話も話題にのぼらないから、もうつきあってないのかなと思ってたら、ひょっとして裕樹と?

Y市の市内観光に言った時のことを思い出した。展示場で裕樹に菓子作りを教えてもらって、こぼれんばかりの笑顔を見せていた絵梨香のことを思い出した。

「ははは・・やばいな。」

見透かしたように隆博は俺の顔を見て笑った。

「笑い事じゃないよ。まさかつきあってんじゃ。」

「どうなんだろう。まあ、裕樹に聞き出してきたのはいい考えだと思うよ。あんたに言ったら反対されるだろうしね。」


聞くと、裕樹に教えてもらった住所を頼りに彼のマンションまでやってきた絵梨香は、玄関のドアを開けるなり、彼に泣きついて怒りだした。

「徹夜明けで原稿書いてて、起きたばっかりで頭ぼーっとしてるし、思いもしないお客さんなんでびっくりしちゃって。」

「でもまあ、とりあえず部屋に上げて、謝ったんだ。」

どちらにしたって、自分の思いだけで、ろくな説明もしないで勝手に帰ってきちゃったのは僕だから。だけど、彼女はそのことはもういい。ただ、もう一度パパのことを考えてくれないかって、言ってきて。僕は時間をくれって、今は考えられない、即答できないって言ったんだけど、隆博さんがわかったっていうまで帰らないなんて駄々こねられちゃって。

「あほか。あいつは。大人の問題に首突っ込んで。おせっかいめ。」

独り言のように呟くと、

「ああ、おせっかいなのもせっかちなのも、ホント親子だよなあって思って。変に感心しちゃった。」

絵梨香の行動を嫌がっているふうでもなく、楽しんでいるような余裕さえ彼には感じられた。何故だろう?手紙の内容では、あんなにナーバスになっていたのに。


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