攻略不可能なチートスキル【キメラ】
「これ、一方的すぎてつまらへん……」
「で、でも……使わないと負けちゃってたなの……わたしっちが足を引っ張ったせいで……だから……だから……」
遠くから、銃子の残念そうな声と、らきめの泣き声が聞こえてきた。
それはおかしい。
一秒前には目の前にいたはずなのだ。
「ワープ……いや、それは聞いたこと無いな……。もしかして……高速移動か?」
「正解や、京太。まぁそれだけやないけどなぁ……」
嫌な予感がした。
距離を遠ざければ無敵の銃子が、高速移動のスキルだけではないと言ったのだ。
らきめのVTuberスキルの正体とは――
「このまま勝つのは気に食わんから、ネタを明かしておくでぇ。うちの十五月らきめのVTuberスキル【キメラ】は……高速移動、弾無限、属性弾、跳弾操作、オートエイム、ホーミング弾、ウォールハックを使えるんや」
「……は?」
「まぁ、アホらしいやろ? それくらい百万人超えた上位のVTuberスキルっちゅうのは強力なんや。だから、普段は使われへん。気持ち的にな」
京太は今、羅列されたスキルを銃子が使ったらどうなるかを想像しただけで頭がおかしくなりそうだった。
一言でいえば攻略不可能なクソゲーだ。
「『クソゲーだ』っちゅー顔をしとるなぁ。ウチもそう思うわ。ほら、見てみぃ」
銃子は弾切れしていたはずのアサルトライフルを上空に向け、フルオートで発砲してみた。
本来なら三十発しか入らないのだが、トリガーを引きっぱなしでそれ以上撃ち続けられているのが確認できる。
「もうこんなのチートやん」
「なるほど……これは分が悪いな……」
「まぁ、それでも京太なら向かってきそうやけど――」
「バカか!? 勝ち目が無い勝負は逃げるだろ!! 撤退だ!!」
「ありゃ」
京太は格好悪いセリフを吐きながら、速攻で背を向けてダッシュした。
追いついてきたかおるも状況を把握してか、一緒に敗走を開始した。
「あ~、背後から撃とうと思たら、さっきのデモンストレーションで銃身が焼き付きそうになっとるわ~。こりゃ待たなあかんわ~」
「銃子……わざと撃たないなの?」
「さぁなぁ。ただ、ウチが納得せんってだけかもなぁ。ただでさえ向こうさんは不利なルールに飛び込んできてくれたのに、あげく勝てそうなところでチートスキルや。せめてこれくらいはええやろ」
ガンガールの二人は、その場で座り込んで暢気に治療をし始めた。
対策時間を与えるから、どうにかしろということなのだろう。
京太としては悔しいが、勝つためにはルール内で何でもするのがPVPプレイヤーだ。
少し後方に追いついてきた、かおるが話しかけてくる。
「きょ、京太! どうするんですか、アレ!! ガチのマジでチートスキルですよ!!」
「現状、勝率は限りなくゼロに近付いたな……。とりあえず、フィールドも狭まってきている。唯一隠れられそうな建物に向かうぞ……」
前方に見えてきた大きな建物――廃墟となった町のショッピングモールだろうか。
三階建てくらいで、それなりの規模に見える。
京太とかおるはそこへ入り、隠れられそうな二階の店舗へとやってきた。
「商品がなくなっていると、元が何のお店だったかわかりませんね……」
「たぶん引き払うときに回収したんだろうな」
服屋だったか、小物屋だったかなどはわからないが、棚に商品がなくガランとしている。
二人はレジ裏、店舗外からは死角になっている場所に身を潜めることにした。
「……京太、近いです」
「仕方ないだろ……下手に広がると外から見える……」
普段は忘れているが、中身が十四歳の少女と肩を寄せ合っている状況でそれなりに気まずい。
しかも、現在は配信中だ。
コメントは確認できないが、リスナーたちも見ているというシチュエーション。
さらに気まずさが加速する。
意識をするとかおるの吐息や、匂いまで感じられてしまう。
先ほどまで戦っていた興奮状態からだろうか、より感覚が鋭敏になっている。
今はそんなことに気を取られている場合ではない。
考えなければならないことがある。
「ガンガールにどう対抗するか……」
「そ、そうですね……」
かおるも気まずいと思っていたらしく、こちらの話に乗ってきてくれた。
ただ、お互いに話し合っても勝てる相手ではないと察してしまっているので、これは気を紛らわす程度だ。
「たしか、らきめのVTuberスキル【キメラ】は――高速移動、弾無限、属性弾、跳弾操作、オートエイム、ホーミング弾、ウォールハックだったな」
「はい……」
「何かこれを打開できるアイディアはあるか?」
「……京太が無理だと思ってるなら、私にも無理に決まってるじゃないですか」
普段なら『俺頼りにするな。自分でも、もうちょっと考えろよ』とか突っ込んだりもするのだが、さすがに今回は軽口を言えない。
本当に何か俺では思いつかないことはないか、という意味で訊いたのだ。
いわゆる神頼みというやつだ。
「あ、ちょっと思いついたかもです!!」
「はい、かおるくんどうぞ」
「なんですか、その先生が当ててくるような口調は。えーっと、ようするにVTuberスキルがチートなのであって、それを付与しているらきめさんを先に倒せばいいんじゃないですか?」
「まぁ、それは俺も考えたが……現実的ではないな。これが初めてのスキル使用ならともかく、二人は違うだろうしな。その弱点は把握しているから、たぶんらきめは後方にいるか、どこかに隠れているだろう」
今までらきめが普通に前に出ていたのは、VTuberスキル【キメラ】を使っていなかったからだ。
重要なポジションであるバッファーになったのなら、きっとお姫様のように大事にされるだろう。
「じゃ、じゃあ……京太が銃子さんを抑えている間に、私が単独でらきめさんを倒しに行くとか――」
「忘れたのか、らきめはFPSでの立ち回りを教えてくれた師匠なんだぞ。アバター性能が勝っている俺ならともかく、同じVTuberアバターのかおるじゃ万が一も勝てないだろ……」
残酷な言い方だが、経験に差がありすぎる。
それに京太が銃子を抑えるというのも、チートスキルがかかった状態では無理ゲーすぎるだろう。
「それでも、可能性ゼロよりはあるじゃないですか! 万が一なんですから!!」
「それは――」
京太が口を開いた瞬間、横やりが入ってきた。
いや、横弾だろうか。
ガラスの割れる音が響き渡り、店内に銃弾が入り込んできた。
しかも、それがスーパーボールのように跳弾して暴れ回っているのだ。
「ひゃああああ!? なんですか、これ!?」
「くそっ!! ウォールハックで場所はバレるとは思ってたが、跳弾操作がここまでとは思わなかったぞ!!」
ウォールハックとは、壁の向こう側のプレイヤーを透視できるシステムのことだ。
チートで使われることも多々あるくらい、バランスブレイカーとなっている。
そのため、京太は店舗に隠れるというより、見つかっても遮蔽物を使って距離の有利を少しでも得るのが目的だった。
だが、スキルの一つである跳弾操作を侮っていた。
普通、跳弾のイメージは一回跳ね返ったら終わりだ。
このようにスーパーボールのように跳ね返り続けたりはしない。
銃子の前では遮蔽物の有利など存在しなかったのだ。
「京太~、隠れても無駄やでぇ~」
アサルトライフルの弾を無限に撃ち続ける銃子は、店の外から呼びかけてきた。
「できれば撃つ前に言って欲しかったな!!」
京太は怒鳴り返しながら、策を講じることにした。
銃子は店内に入っていった。
そこはもはやボロボロすぎて、台風でも過ぎ去ったのかというくらいだ。
「ん~……。途中で壁越しの反応が消えたからHPがなくなったのかと思うたが……」
銃子は、レジ裏の床下に穴が空いているのを発見した。
「ゲームやのうて、リアルの戦いだとこういうこともできるっちゅーわけか。面白い男や」




