第3-5話 会談
うんうん唸りながら気絶しているマリアの看病をサーニャに任せたレギアス達。
「へえ、いい茶葉を使ってるね。深みが違う。――まあ、味の違いなんて分からないんだけどね! ハハ!」
「ふざけたことぬかしてると鼻から飲ますぞ」
マリアが座っていたところに腰かけて茶を飲んでいるのは魔王レギアス。どさくさ紛れに隣を陣取った彼にそのことを指摘したいレギアスだったが、話が前に進まなくなると判断する。
二つ同じ顔が並ぶ彼らの前に座っているリーヴェル。彼女は二人を見ながらぶつぶつとつぶやいていた。
「――そう、もう出会っちゃったのね。いずれ出会うとは思っていたけどまさかこんなに早く出会うなんて……。まさか最近のこともこの二人が出会っちゃったせいかしら……」
そんな彼女の様子が気に障ったレギアスはそのことを指摘する。
「おいババア。何か言いたいことがあるならはっきり言いやがれ。俺らはコウモリじゃねえんだぞ」
「えっ、ああごめんなさいね! こっちの話よ」
彼の指摘を受けて正気に戻った彼女は二人に向き直る。が、そばに控えていたグウィンが彼女の耳元に顔を近づけるとそっと囁き始める。
「リーヴェル様。この二人大丈夫なのでしょうか……」
「おそらく大丈夫よ。部屋中に魔法をセットしてあるから。けどこの二人相手だとおそらくほんの足止めにしかならないから、もしもの場合にはあなたが命を懸けて脱出用の転移穴を開きなさい」
「御意に」
グウィンは小さく了承の返事を返しながら、後ろに下がろうとする。
「おい、さっき言ったことをもう忘れたのか。ぶつぶつしゃべるな陰気臭くなるだろうが」
「その程度で陰気になるほど、君は繊細じゃないだろうに。そのずぶとさで流してあげればいいじゃないか」
「あ?」
なぜか二人のレギアスの間で発生する火花。もしもの時がこうも早く来たのかとリーヴェルは一瞬身構えるが、本人同士からしてみればこれがお遊び程度だというのは百も承知。すぐに火種は消える。
雰囲気が落ち着きを見せたところで話は本題に戻る。
「えーと、魔族のほうのレギアスでよかったかしら?」
「『魔族のほうのレギアス』じゃ長いだろ。魔王様って呼んでくれてもいいんだぜ? まあ、こいつの呼び方と同じで魔王レギアスでもいいけどよ」
「お前が魔王とか、魔族の将来が危ぶまれるな」
「あ?」
「いちいちお互いに喧嘩を売らないでもらえるかしら?」
お互い敵視しているかの如く喧嘩を売る二人にリーヴェルは呆れながら注意を促す。
「それで、魔王レギアスはここに何をしに来たのかしら?」
話を本筋に戻したリーヴェルは魔王レギアスがここに来た理由を問う。
「ああ、単なるゲホッ待ち合わせさ。俺はゲホッこいつと少しゴホッ腰を据えてゲホッ話をしたかった。そのための場所にゲホッゴホッここはゲホッ非常にゴホッ都合がよかったゲホッゴホッゲホッってだけさ」
「むせるか話すかどっちかにしろ」
魔王レギアスは出された茶菓子を口に運びながら近づけながら答える。がそれがよくないところに入ったのかむせ続け、半分何を言っているのか分からない。
しばらくむせ続け落ち着きを取り戻した彼は再度言葉を続ける。
「人族も魔族も両方いても違和感のない場所と言ったらここくらいのものだろう?」
一度茶を啜りカップを口から話した彼の顔は今での軽薄なそれではなく真剣に何かを考えている人間のものであった。彼がカップを置いたところでレギアスが口を挟む。
「あんたも薄々察しているかもしれないが、俺たちは名前も顔も全く同じだ。奇妙な偶然、でこの話を終わらせるわけはいかない」
「だからこそこいつはわざわざここに来たし、俺はこいつを呼びつけた。そんな俺たちの謎を明かすため、この場所を少しの間借り受けたい」
魔王レギアスはリーヴェルに要求を伝える。もし彼女が断れば場所を変えるだけの話ではあるが、生活様式が整っているこの場は生活するのにうってつけだ。できることならばここで事を解決したい。
彼らの言葉を聞いてどうするかを考えるリーヴェル。煮え切らない表情を隠すように口元を隠しながら彼女は考える。
――その表情はなぜか彼らが滞在することにではなく、どこか別のことを懸念しているかのような表情であった。
「わかったわ。あなたたちが滞在することを許可します。滞在先もこちらで用意するし、生活のための資金もこちらで出すわ」
そして彼らが滞在することを了承することを決めた。彼らがいることで発生するデメリットよりも彼らが生み出すメリットのほうが大きいと考えたからだった。
「おいおい、ずいぶんと太っ腹だな?」
彼らに旨を伝えると、おおと声をあげる。がその声色にはどこか警戒の色が混じっていた。当然といえば当然。滞在の許可だけでなく生活費まで出すというのだ。そんなうまい話があるはずないと思うのは普通のことだった。何か裏があると彼らは考える。
「そうね。二つ条件があるわ。一つは一週間後、あなたたち二人には興行として闘技場の舞台に立ってもらう。満座の観衆を盛り上げられる最高のショーを見せてほしい」
「……まあそのくらいだったら別に構わないけど」
リーヴェルの提案に反応した魔王レギアスは視線をレギアスに向けた。一応の確認のためだ。
「構わない。もう慣れっこの身だ」
が、レギアスは即座に了承の意思を見せる。もともとここ出身の人間で、闘技場の英雄とまで呼ばれた人間だ。見世物にされるのはもう慣れたものである。
「で、二つ目はなんだ」
余計な確認で途切れた話を戻すため、レギアスがもう一つの条件を問いただした。その答えのため、リーヴェルはもう一つの条件を提示する。
「最近、この町に私の命を狙ってくる妙な連中が紛れ込んでいるの」
「なんだ、その程度だったら日常茶飯事みたいなものだろ」
リーヴェルの提示した条件にレギアスが茶々を入れると、後ろで聞いていたグウィンがそれに指摘を入れる。
「それがそうでもないのだ」
「あ?」
「賊が襲撃し始めたのがおおよそ半月ほど前のことなのだが……、妙に腕の立つ連中でな。おまけにうまい事やってるのか、俺の空間にも引っかからないうえ、何が目的かわからんのだ。怨恨というのはよくある話だがそういうわけでもなさそうでな」
「恨みは売るほど買ってるが、買いすぎて襲われる理由がわからねえと。間抜けな話だな」
「茶化さないでちょうだい。ともかくこのままじゃ安心して夜も眠れないわ。だからあなたたち二人に賊の正体、およびその目的を明らかにしてほしい。これが二つ目の条件よ。ご理解いただけたかしら?」
二つの条件を提示し終えたリーヴェルはソファーに深く腰掛けなおすと二人の返答を待つ。数秒後、考えた素振りすら見せないまま、二人は答えを言葉にして吐き出した。
「わかった。それでいい」
「ご安心を。魔王の名のもとに犯人を必ず明らかにして見せようとも」
二人は彼女の提案を了承した。これで双方の間で交渉が成立。二人はジコルに滞在する許可を得たのだった。
「それじゃあ、今日は二人ともゆっくり休んでちょうだい。賊の詳しい話については明日グウィンのほうからさせるわ」
「わかった。おいグウィン。宿まで送れ」
「俺は貴様の手下ではないのだが? バカも休み休み言ってもらおうか」
「送ってあげてグウィン。マリアちゃんもいることだし、ね」
リーヴェルに言われ、グウィンは少々不満そうにしながらも首を縦に振る。誰もいない方向に身体を向け魔法を起動すると空間に穴を明ける。
「じゃあ、俺もついていかせてもらおうか。サーニャ、行くぞ」
「は、はいっ!」
名前を呼ばれたサーニャはマリアを抱えながら立ち上がると魔王レギアスのそばまで移動する。そしてグウィンを筆頭にした五人は空間の穴に足を踏み入れたのだった。
一人残されたリーヴェル。彼女は右腕にはめられた腕輪を撫でながらそっと一人呟いた。
「まさかこんなに早く魔王を目覚めさせるための行動に出るなんて……。あの子たちが元に戻るまで目覚めさせるわけにはいかないね。ねえ、メルト、ライカード……」
思い返すような彼女のつぶやきは誰の耳に届くこともなく虚空に消えていったのだった。
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