第3-4話 魔王の再来
リーヴェルの提案によって彼女と茶を啜ることになったレギアスたち二人。その提案に困惑の色を見せるマリアだったが、彼女の包み込むような、しかし圧するような雰囲気に断ることが出来ない。
部屋の中に置かれたソファーに腰を掛け、対面に座るリーヴェルと向かい合ってカップに口をつける。
「それにしてもあなたがこんなに可愛い娘を連れてくるなんてね。戦うしか興味ないこの子にとうとう春が来たのかしら?」
「舐めたことぬかしてると頭に茶流しこんで煮るぞ」
久しぶりに会った母親のような口を聞くリーヴェルにいつものような棘のある態度を取るレギアス。それにムッとした表情を浮かべるグウィンだったが、冷静さを取り戻し気配を殺す。
カップの茶を口に流しながらマリアに口八丁に話を振り続けていたリーヴェル。ほわりとした空気が流れていた三人の間だったが、それも長くは続かなかった。
「で? なんでここに戻って来たのかしらレギアス。まさか私の顔が見たいからなんてかわいい理由なはずがないわよね?」
「そういえば道中、私にも何も言わなかったわよね。一体何のためにここに来たのよ?」
柔らかい空気が霧散し、一瞬にして適度に張り詰めた空気に変化する。彼女とてバカではない。諸々の事情を考えて、彼がここに来たのは何かしらの事情があると踏んでいた。
彼が胸の内に秘め続けていた事情をマリアも当然知りたがる。何も聞かずにここまでついてきたのだから。説明を求めるのは彼女のまっとうな権利である。
茶を啜っていたレギアスは彼女らの問いかけにカップを口から離した。そして意を決するように大きく息を吐くとここを訪れた事情を説明することにした。
「俺がここに来たのはとある奴と約束をしたからだ。まあ、約束っつっても強引に押し付けられただけなんだけどな」
「ふうん、あなたが押し付けられた約束を素直に受け取るなんてね。よっぽどその相手が気になってるのかしら」
らしくないレギアスの行動に揶揄うようにニヤリと笑みを浮かべるリーヴェル。二人は長い付き合いだ。普段のレギアスであれば人に押し付けれた約束など簡単に破るはずなのだから。そんな彼の様子を面白がっていた。
「ああ、かなりだ」
「そ、そうなのね。随分素直じゃないの」
が、その次に彼が発した言葉に思わず動揺した。だいぶ偏屈なレギアスが素直に答えたかと思うと、想定を遥かに超える素直さを見せてきた。こんなのは彼がこの町にいたときにだって見られなかった。一体どんな人間と約束を刻んだのか。
「えー、あんたがそんなに素直に約束守るなんてー。まさか約束の相手って女かしら~?」
「それ以上余計なことを抜かすな。手が出るぞ」
「もー、素直じゃないんだからぁ。このこの~」
レギアスの忠告に耳を貸さずマリアが肘でレギアスのことを小突いた直後であった。レギアスはカップに残った熱い茶の中に指先を突っ込むと、そこに付いた茶をマリアに向かって弾いた。指先に付いた茶など微々たる量。だがしかし、そのわずかな茶は的確にマリアの右目に飛び込んでいった。
「アアッ!? 目がァッ!」
熱々の茶が目の中に飛び込んだマリアは、不意打ちも相まって痛みで目を抑えながら悶え苦しむ。
「忠告はしてたからな」
悶えるマリアに対してぼそりと呟くレギアス。その様子をリーヴェルは興味深そうな目で見ながらカップに口を付けていた。
「で、あなたの興味を惹いて止まないその相手。一体どんな人物なのかしら?」
話を元に戻すことにしたリーヴェルは苦しむマリアを横目にレギアスに再び問いを投げた。レギアスの興味の対象は、一周回って彼女にとっても興味の対象となっていた。彼の心を開くことの出来た人物はいったい何者なのかと心が動いていた。
だが、そんな彼女の興味は直後の出来事によって積み木の城と化したのだった。
「やれやれ、まさかお前にそんなに興味を持ってもらえるなんてな。俺としては嬉しい限りだよ」
虚空から響く五人以外の声に、部屋の緊張感が一瞬にして最高に高まる。そしてその直後。彼らのいる部屋に空間の穴が開き、そこから魔王レギアスが姿を現した。遅れてサーニャまで姿を現す。恐らく彼の付き人だろう。
グウィンはバカなと思った。自分が警戒している部屋の中に声だけでなく侵入までされてしまうとは、と。
マリアとヒナは理解が追い付かなかった。一体誰の声なのかと。知らない声に困惑していた。
レギアスは動じていなかった。約束通りならば彼が姿を現すのもごく自然な流れだからだ。
しかし、誰よりもこの場で困惑していたのはその人、リーヴェルだった。目が飛び出そうなほど大きく見開き、困惑と驚愕、そしてほんの少しの焦りの混じった感情を浮かべながら魔王レギアスを見つめていた。
「俺様参上っと。大体半月ぶりか。レギアスよ」
「あまり気は進まんかったがな。興味を優先した」
ニコニコと軽薄な笑みを浮かべながら迫る魔王のほう。敵意など一切出していないというのに、迸る圧迫感。警戒心マックスのグウィンは敵だと彼を認識しながらも彼の排除に動けずにいた。ヒナやマリアなどもう脳が真っ白になっていた。
「やあやあ、そう警戒しないでくれよ。このレギアス、ここで暴れる気なんて一切ないんだから。俺はこいつに会いに来ただけ。あんたらにどうこうしようなんて思ってないよ」
そうは言われてもいきなり現れた彼を警戒するなと言われてもそんなことは不可能に近い。それを理解しているサーニャはこの場の空気をどう収めるべきかとオロオロしていた。
そんな場の空気を収めるための助け舟。それが思いもよらないところからやって来た。
「おな、顔、名前、同じ。なん、――キュウ」
突然開いた空間の穴。そこから現れるレギアスとまったく同じ顔、同じ名前の人物。初の情報量をマリアは耐えきれなかった。小さく声を上げながら彼女は意識を身体から手離した。
「だ、大丈夫!?」
倒れた彼女に思わず駆け寄ったサーニャ。しかし、一人の犠牲は出しつつもおかげで空気は動いた。魔王レギアスという特大の爆弾を一旦横に置いてマリアの看病に焦点がズレるのだった。
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