第2-35話 真打登場
ドルガナに渾身の一撃を打ち込み、戦闘不能に持ち込んだヴァイス一行。彼らの前に倒れ伏すドルガナに胸部が内側から爆発したかのように抉れている。動揺とダメージで傷を治すどころか、血を止めることすらできない。これではまともにまともに戦闘することは不可能だろう。
「ハァ……、ハァ……。もうお前の命は俺たちが握った。もうお前に勝ち目はない。諦めろ」
「……フン、それはお前たちも同じだろう。そんな死に体でよく言う」
しかし、それはヴァイスたちも一緒である。長時間かつ高出力の魔法の行使でもう魔力が枯渇寸前のエルロアにアルキュス。限界を超えた速度を出したことで全身が負荷で軋んでいるヴァイス。特段深手を負ってはいないが、全体的に消耗しているフィリス。もう彼らも戦闘を継続するのは不可能である。
「ほざけよ。お前よりはまだましさ」
投げた槍を手元に収めたヴァイスはドルガナに止めを刺すべく歩み寄っていく。ドルガナはそんな彼を敵意の籠った視線で睨みつけているが、その瞳の奥には死を覚悟した一種の諦観が混ざっていた。さすがの彼もこの状況でまだ勝てるとは思っていないらしい。
勝者の余裕を見せつけながら見下すような目を向けながら歩み寄っていくヴァイス。そのままその手の槍を突き出せばドルガナの微かに残された命は容易く消える。それだけの話だ。
だが、そんな結末を望まないものがこの場に一人。
「ま、待って」
恐怖に震えながらおずおずと、それでいて一切の躊躇無しに二人の間に割り込んだサーニャ。今までずっと陰で息を殺していた彼女の行動にヴァイスは眉を顰めた。
「……なんだ、今忙しいんだが」
「こ、この人を殺さないほしいの」
「――あ?」
サーニャの口から発せられた受け入れがたい言葉にヴァイスたちは一瞬思考が停止し言葉に詰まる。だが、サーニャは言葉を続ける。
「あ、あなたたちの目的はここの攻略でしょ。だったらこの人を殺す必要ないでしょ。この先、必要ならこの人を使えばいい。だから――」
「俺たちはレギアスを殺されてんだ。それでも俺たちにこいつを殺すなと?」
ヴァイスの纏う気配、主に殺気が変化し濃密な物へ変化する。その殺気に当てられサーニャは身体を震わせ本能的に死の恐怖を覚えるが、それでも彼女は折れない。
「わ、私はあの男に助けられた。敵だらけの場所から。身勝手気ままに。だったら私もそうする」
「あいつが助けたのは異種族の魔族だろ……。同族を助けたら話が変わってくんだろ……」
「そうだそうだ! あいつは殺されてるんだぞ!」
「で、でも私はこの人を助けたい! 嘘でも、私の面倒を見てくれた人だし……」
青筋立てて怒りを露わにするヴァイスに気圧されながらそれでも退く様子の無いサーニャ。だがまだ生きている彼と違ってレギアスは殺されている。天秤の重みは遥かに違う。それに身勝手を通そうというならばそれに見合った力が必要になる。
ここまでされればヴァイスの覚悟も決まる。短い間とは言え、少しの間一緒にいた時間を捨てる覚悟が。
「……そうか。だったらどかなくてもいい。勝手にしやがれ」
そう言うと彼は槍を振りかぶった。その動きに遊びも手加減もない。本気で彼女ごと貫こうという気だ。彼女もそれは分かっている。それでも彼女は避ける気になれなかった。
身体を引き絞りあとは撃ち抜くだけで二人はまとめて貫かれる。その未来をその場の全員が幻視した。
その瞬間である。
「なんだなんだ。随分と面白い状況じゃないか?」
その場の誰のものでもない声がその場に響き渡った。不思議な圧力のあるその声にヴァイスの動きは止まり、彼らは静寂に包まれる。
「それにしてもまさかお前が負けるなんてなドルガナ。俺の数少ない友人だ。勝手に死なれちゃ困るぜ」
続けて発せられた言葉とともに空間に穴が開き、その向こうから一人の男が姿を現した。顔に大きく刻まれた刺青のような痣が魔族だと分からせる。
服で多少隠れようと、程よく鍛え上げられたことを分からせるドルガナの身体とは打って変わって、ローブの向こうに肉というものをまるで感じさせない不健康的な肉体。血色もいいとは言えず、本当に重病者が治療院からそのまま抜け出てきたと言われても全く疑わないような存在であった。
ふわふわと宙に浮きながら移動する彼は重症のドルガナを有無を言わさず浮かせ自分の手元に引き寄せると何らかの魔法をかけた。その途端、彼の身体から漏れ出ていた血が一瞬にして止まる。
「肉体の時を止めただけだから傷が治ったわけじゃない。治療は自分でゆっくりしな。俺はちょっとこいつらの相手をすることにする」
そう言うとその男は悔しそうに歯噛みしながらふわふわと浮かぶドルガナを開いた空間の穴に放り込み、そのまま閉じた。その間、目の前にいたヴァイスはただじっとその行く末を見ていただけであった。
さて、ドルガナの姿が消え残されたのはその男一人。彼は四人とサーニャを一瞥すると徐に口を開く。
「さて、厄介者もいなくなった。少し俺と遊んでくれよ。あいつを倒したお前たちなら出来るだろ?」
一見すると槍どころか拳で一発小突いた程度で倒せてしまいそうな男。しかし、その場にいる誰もが動けずにいた。本能が彼らに告げていたのだ。この場の全員の力を合わせてもこの男には勝てはしないと。
「あ、ァあぁ……」
男が姿を現した直後から何かに怯えるようにして身体を震わせ続けているエルロア。
「エルロア、大丈夫か?」
そんな彼女を見て落ち着かせるためか、声を掛けたフィリス。
「――無理よ、こんなの勝てるわけないじゃない。魔力の量が桁違いすぎる……。おまけに魔力の流れがあまりにも異質すぎる……。こんなの――」
「エルロア? 何言ってるんだ?」
だが、彼女の声は届いているのか届いていないのか、エルロアは自分の世界に引きこもっている。恐怖に怯え身体を震わすその姿はまるで幼児のようで、いつもの歴戦の勇士としての風格は感じられない。
(てかこいつ、どこかで……)
そんな彼女を他所に、男は戦闘態勢を取り、それにつられるように他の三人も戦闘態勢を取る。四人の意思を無視して再び戦闘が始まろうとしている。
「それじゃあ、せいぜい楽しませてくれよ!」
そう言いながら魔力を迸らせた次の瞬間、四人の周囲から鎖が飛び出し、抵抗の時間すら与えることなく、ヴァイスたちの四肢を拘束し縛り上げた。唯一最初の鎖から逃れることの出来たフィリスも蛇のように自在にうねるそれに追われ、あっという間に絡めとられてしまった。
「な、なんっ!」
「くそー、離せェ!」
動きを制限された中でも抵抗し、何とか鎖から逃れようと抵抗する前衛二人。しかし、鎖の拘束は強烈でもがいても一切逃れることが出来そうにない。結局何の成果も得られなかった。
密度の高い戦闘を終えた直後で戦闘能力が普段よりも下がっていることは確かだ。反射神経も疲れで七割程度しか出せない。
だが、それを踏まえても男の魔法の力は異常の領域だった。直感と反射神経に優れたフィリスですら捕まってしまったのだ。加えて男の表情を見る限り、彼にはまだまだ余裕があるように見える。本気になってしまったら一体どれほどの力を発揮することになるのか。
「ふむ、ほんの小手調べのつもりだったんだがまさか捕まえることが出来るとは。強さを見誤ったか? いや、ドルガナと一戦交えてる分、戦力が落ちるのはむしろ当然か」
捕まえたヴァイスたちを見て冷静に判断する魔族。戦力の落ちた彼らを相手するのはつまらないという気配を存分に出しながら彼は残念そうに溜息をついた。だが、彼としてはこのまま帰るのも時間を無駄にされた気分がして癪。
「だがこのまま帰るのは癪だな。少しお前たちを試すことにしようか」
そう言うと男は手のひらをヴァイスたちに向けながら火神の崩撃と呟いた。刹那、彼の手のひらに発生する青い炎の球体。どう見てもやばいと思わせるそれをヴァイスたちに向けながら男は呟いた。
「俺は今からお前たちに向かってこいつを放つ。もちろん軌道を変えるなんてことはないし、避けるなら好きにしてもらっていい。ただ、当たればお前たちは確実に灰も残らんうえ、避けられるものならな」
彼の言葉は要するに鎖から脱出して避けなければお前たちを殺すと言っているような物である。当然選択肢は避けるの一択なのだが、如何せん鎖の拘束が強すぎる。本気でもがいても少しもずらせている気がしないのだ。このままでは焼死するのも時間の問題。何とか抜け出そうと各々思考を巡らせた。
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