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第2-26話 首魁に近づく


 そのままもう片方の手で握る剣を振り、滴る血を払う。払った血がぴちゃりと顔に当たったサーニャは這いずるように彼から一目散に離れると、この場にいる人間で最も安心そうなアルキュスに縋り付いた。突然のことに彼女は硬直するが、震えている彼女に攻撃の意思がないことを理解したアルキュスは彼女をそっとしておくことにした。


 身構えた四人の前で瞬く間にモンスターを倒したレギアス。血に塗れて赤く染まった彼は四人の存在に気づくと、顔の血を拭いながら声を上げる。


「来たかお前ら。なかなか来なかったから一階の掃除はあらかたしておいたぞ。ついでに多分階層移動用のポータルも見つけておいた」


 何の気なしに告げるレギアス。しかし、彼のやったことを考えれば四人は驚嘆するしかなかった。中でもアルキュスはその感情に恐怖すら混じるほどであった。


 彼女が塔から離れて三人を呼びに行ったとき、かかった時間はせいぜい四、五分程度であった。つまりレギアスは離れてから五分程度でこの階層を制圧したということだ。その速さを考えると、二人で内部を軽く偵察した時点で彼は内部の大体の()()()を付けていたということだ。なんて無駄のない技術と、未知に対する対応力。全く底の見えない実力に無意識に身体が震えていた。


「全く、なんつう実力だよ。俺たちの事くらい待ってもいいだろ」


「フン、ワタシだってこのくらい出来るぞ」


「何はともあれおかげでこっちの消耗は確実に減らせた。これが最後に結果を分けるかもしれないと考えると感謝の言葉しかないね。感謝するよ」


「そういう惚けたことぬかすくらいだったら無駄な説教なんぞしてないでさっさと来い」


「一応言っておくけど、まだ説教は続けようと思えば続けられるんだからね。すべての元凶さん?」


 レギアスの言葉に怒りが再燃したのか、獰猛な雰囲気を纏いながら三日月の様に口角を吊り上げるエルロア。最初に突っ込んでいったレギアスも説教の対象であったのだが、初めて三分もしないうちに飽きたのか当たり前のように立ち上がって止める暇もなく、塔に向かって行ってしまったのだ。さすがに一人で行動させるわけにもいかず、一人手持無沙汰にしていたアルキュスを追いかけさせて、二人が内部の偵察をしたというわけである。


 つまり、レギアスの説教はまだ保留ということである。ここでエルロアの気分が変われば説教が再開するという事実に横の二人は震える。


 が、エルロアも敵陣で呑気に説教をするほど大局を読めない人間ではない。大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。


「お説教はまた今度にする。今はここの攻略に集中しよう」


「俺は最初からそのつもりだったからな。こっちだついてこい」


 レギアスは少しばかり呆れた様子を見せながらポータルのもとに案内するために歩き出し、その後を四人はついていくのだった。


 しばらく歩いて塔の中央付近に着いた一行。T字の通路の交差点に彼が示したポータルが鎮座していた。


「これがそうだ。パッと見た感じ階段もはしごも隠し扉もなかったからこいつで移動するはずだ」


 レギアスの言葉を聞いて、エルロアはそのポータルに近づき、何かを探るように表面を撫でる。少しの間それを続けていた彼女は顔を上げると、結論を告げる。


「見立ての通りこれは転移用のポータルみたいだね。一定以上の魔力を注ぐことで効果が発動するタイプみたいだ。軽く探知してみたけど飛ばされた先にも罠はないみたいだ」


「だろうな。だったらとっとと上に行くぞ。敵に対応させる時間を与えると後々面倒になる」


「まあ、そうだよね。それじゃこれに魔力流すから集まって」


 転移のため、皆を集めるエルロア。その後、魔力を注ぐために手をかざした彼女だったが、その手をレギアスに止められる。


「まあ待て。少しでも消耗はしないほうがいい。幸い俺たちには便利な魔力タンクがある」


「……え? もしかして私のこと?」


 彼の指す存在が自分であることに気づいたサーニャが驚きの声を上げる。


「当たり前だろ。ここの案内もまともにできない魔族をわざわざ連れてきたんだ。まだ殺られてないことに感謝しながらなんでも身を粉にして俺たちのために働け」


「嫌よ! 何で私が大事な魔力を魔砦(ダンジョン)攻略のために使わないといけないのよ!」


「だったら囮として働くか? おそらくここはモンスターだらけだ。 出られるまでの両手がくっついてるといいが」


「ぐっ……」


 抵抗の意志を見せるサーニャに対してレギアスが脅迫の姿勢を見せると彼女は苦虫を嚙みつぶしたような表情を浮かべた。この男なら本当にやりかねない。というか先ほどブラックウルフの前に投げられ、視線誘導の囮として使わされた。先ほどは牙を剥かれる前に回収され事なきを得たが、ここで抵抗の意志を見せれば今度はもっと危険な状況で囮に使われかねない。選択肢は実質的に一つしかない。


「わかったわよ。やればいいんでしょやれば!」


 破れかぶれな様子で答えながら彼女はポータルに魔力を注ぎ込んだ。直後、彼らを包み込むように半透明の魔力の球体が現れる。そして、球体が彼らを丸ごと圧縮するように小さくなっていく。


 刹那、彼らの身体はその場から掻き消えたのだった。




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