第2-25話 塔の内部
敵の領域である結界の中に足を踏み入れた五人。しかし彼らが結界に入ってまず初めに直面した現実は、青筋を立ててブチ切れているエルロアという存在であった。
肉食獣を思わせる獰猛な笑みを浮かべながら、髪の毛を逆立て揺らめかせるその様子はまさに怒髪天を衝く。合わせて両の足で地面をしっかりと踏みつけている彼女には屈するほかなく、ヴァイスとフィリスの二人は彼女の前に正座し、お説教を頂戴していた。
「全く、こっちが考えてた作戦が台無しだよ。大体魔砦攻略の危険性を良く知ってる君たちが率先して突っ込んで行ったらダメじゃないか」
しばらく説教をしていたら気分が落ち着いてきたのか、エルロアの怒りが落ち着いてくる。怒り狂っていた彼女を前にして声を発する気にもなれずにいた二人だったが、ようやく口を開けるようになる。
「いやぁ、レギアスが真っ先に走っていったから俺もつい、な?」
「だって負けたくなかったんだもん。仕方ない」
謝罪をするヴァイスに対して、言い訳じみた言葉を吐いたフィリス。彼女に向けてエルロアの抗議の視線が向けられる。何か言い返そうとしたフィリスだったが、隣に座るヴァイスに口を押さえられてしまった。
「ともかく、中に入っちゃったものは仕方ない。君たちにはキリキリ働いてもらうつもりだから覚悟しておいてね!」
「当然。任せておいてくれ!」
「何だか知らないけど、ワタシは敵を倒せばいいんだな! わかったぞ!」
自分で話をまとめたエルロア。そんな彼女のもとに塔の内部調査に向かっていたアルキュスがやってくる。
「やっぱり塔の中は空間が歪んで見た目以上の広さでした。今師匠が中を偵察してます」
彼女からの報告を聞いて状態を認識したエルロアは首を縦に振った。
「よし分かった。それじゃあ行こうか」
立ち上がる許可を出した二人を伴って、エルロアたちは塔に向かって歩き出す。そう遠くないところで説教をしていた彼らが辿りつくのにそう時間もかからず、すぐに塔の入口に辿り着く。
まるで訪れた者を歓迎しているように、それでいて一度入れば入ってしまえばもう二度と出てこられないのではと錯覚させる剣呑な気配を放っている門に思わず生唾を飲んだ面々だったが、今の彼らには進む以外の選択肢はない。気持ちを奮い立たせると、塔に一歩踏み出すのだった。
「中は思ったより明るいな」
「だけど油断は禁物だよ。敵がどこから襲ってくるかわからないんだから」
塔に足を踏み入れた四人。中にはいたるところにランプのようなものが設置されており、視界は確保できる。が、見ただけでも相当の数の通路があり死角がかなり存在している。下手な進み方をすれば一瞬でその隙を突かれるだろう。
「まずは先に探索してるレギアスと合流しよう。彼からさらなる情報が欲しいし、彼がいくら強いと言っても一人が不足の事態に対応できない」
周囲に警戒を張り巡らせながら慎重に進みだす四人。いつどこから襲われるかわからないという恐怖が彼らの精神を蝕もうと心に侵入を試みる。しかし、その程度でへこたれてしまうほどヴァイスたちは生半可な存在ではない。この程度の修羅場ならくぐってきた。故に彼らが不安を覚えることはない。それどころか、自分を奮い立たせるための材料にしていた。
進みながら周囲の様子を伺う四人。そんな中異変に最初に気づいたのはフィリスであった。歩きながらピクリと身体を反応させた彼女は通路の奥を睨みつけながら呟く。
「何か来る」
その少し後、残りの三人の耳に何者かの足音が届いた。石造りの床を叩きながらこちらに近づいてくる足音に四人は身構える。次第に大きくなっていくその音が、はっきりと彼らに届いたその瞬間、近づいてくる存在の正体が明らかになる。
「レギアス!? 何やってんだ!?」」
暗闇の中から姿を現したのはレギアスであった。サーニャを片手に、もう片方に剣を持ちながら四人のもとに駆けよってくる彼。合流を急いで走っているのかとも思った彼らであったが、すぐに彼がなぜ走っているかを理解する。
「ブラックウルフだ! しかも相当大きい! おまけに二体もいる!」
レギアスの背後から迫ってくる巨大なオオカミ型のモンスター。敏捷な動きと鋭い爪と牙で敵を追い詰めるブラックウルフであった。加えてその体躯は本来の大きさとはかけ離れて大きかった。それが二体である。通路を埋め尽くさんばかりの大きさである。
本来であれば一人一人が二体を同時に相手取っても遅れは取らない彼らだが、慣れない環境でその大きさを二体同時に相手取ればどうなるか予想できない。
そんなモンスターにレギアスが追いかけられているのだ。彼らはすぐに助けねばと判断し動き出そうとする。
が、そんな彼らよりもレギアスが先に行動を起こした。
「え、ちょ、イヤアアアア!!!」
レギアスは徐に片手に持ったサーニャを天井スレスレに投げ上げる。悲鳴を上げながら打ちあがった彼女がいい囮となり、ブラックウルフの視界が一瞬上を向き、彼らより低い位置にいるレギアスの高さが死角となる。
刹那、反転したレギアスは、ブラックウルフの頭の下に入り込む。同時に跳びあがりながら首を斬り上げる。突き立てた刃は皮も、肉も、骨も、神経も何もないかのようにするりと入り込むと、斬られたことにすら気づかないほどの滑らかさで両断する。
いきなり視界に入ってきたレギアスに残ったブラックウルフが一瞬硬直する。それも見逃さなかったレギアスは、空中で体勢を整え天井に両足をつく。そしてそれを足場として強く踏み込むと、ブラックウルフに飛びつく。そして、空中で剣を振り抜くとその首を斬り落とした。
瞬く間にブラックウルフを二体討伐したレギアス。彼が柔らかい動きで着地した直後、計算された軌道でサーニャが彼のそばに落ちてくる。そんな彼女のその首根っこを空中で掴み、地面への激突を防いだ彼であったが、掴んだ直後、無防備に彼女を投げ捨てたのだった。
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