第2-24話 潜入
小石の様に簡単に宙を舞った袋とその中のサーニャ。突然の奇行に四人の注意がレギアスから袋のほうに向き、ヴァイスとアルキュスに至ってはそれをキャッチしようと身体が反応していた。
だが、そんな彼らの奇行も杞憂に終わる。
「ようやく自由に動けるわ! あんたの監視下から離れられてせいせいするわよ!」
機敏な動きで袋の中から飛び出したサーニャが着地と同時に高らかに自由を宣言した。幼女だと思っていた彼女が流暢に喋り出したことで四人は戸惑いを隠せずにいたが、すぐに状況を飲み込み戦闘態勢に入る。
「こいつ、ずっと子供を演じてたってことか!」
「ていうか、師匠はこのことにずっと気づいてたの!?」
「ああ、てかそっちのちっこいのも多分気づいてたと思うぞ」
「ちっこいって言うな! でもその通り! ワタシも気づいてたぞ!」
声を張り上げ、無い胸を張るフィリス。そんな彼女の言葉に残りの三人は驚嘆を隠せない。しかし、彼女の人となりを知っている二人は少し考えて納得した。彼女はおつむが少々弱い代わりに、動物的直感が凄まじく強い。それに救われたことも少なくない。そんな彼女が言うならば本当なのだろう。
「てか、フィリスはともかくあんたはなんでわかったんだ?」
「んー、なんとなく直感ってのが一番だが……、ガキにしては体温が低かったところだな」
ヴァイスの問いにサーニャを見据えながら答えるレギアス。そんなわずかな情報から正体を見抜かれたことにサーニャは冷や汗が流れる感覚を覚える。
レギアスの答えを聞いた四人。それを踏まえてエルロアがさらに問いを投げる。
「じゃあ、本格的に王都に入れる前に殺せばよかったんじゃ」
「俺の言ったことは別に嘘じゃねえ。ただ、それもあるが一番はこいつを案内役として使えると思ってな。まあ最終手段は囮としてだが」
レギアスの言葉にさらにサーニャは冷や汗を流す。こいつと一緒にいたらいつ殺されてもおかしくない。
「ふ、フフ。まさかそんなことまで考えてたなんてね。でも私がみすみす協力すると思ってるの? 変身!」
サーニャは詠唱と同時に魔法を発動する。直後、彼女の身体が淡く光ったかと思うとみるみるうちに身体が変形を始める。十秒と経たないうちに彼女の身体は巨大な竜を模したものへと変化を遂げ、五人を見下ろした。
「囮になんてなってたまるものですか! 私を顎で使いたいなら倒してみなさいな!」
サーニャの言葉に戦闘態勢を取る四人。消耗は避けたいが、彼女がやる気になってしまった以上、もう押しとおるしかない。出来る限り消耗を抑える戦いを模索しながら相手の出方を窺う。
ところで先ほど四人と書いたのは別に残る一人がボケっと突っ立っていたからではない。四人が戦闘態勢を取った時点で既に動き出していたから、含める必要がなかったのだ。
「行くわよ! ――は?」
サーニャが襲い掛かろうと首をもたげたとき、頭から生える二本の角がずるりと滑って地面に落下した。理解が出来ず惚けた声を上げながら周囲を観察してみると、眼下に既に懐に入り込んで剣に手を掛けるレギアスの姿があった。
「次は首を落とす。よく考えて答えを出せ」
冷徹で無感情なレギアスの声。そこに冗談などと言う軽い考えを想起する要素など欠片も存在していない。同時に否応なしに彼女は悟った。自分の命運は既に彼に握られているのだと。
サーニャの動きが一瞬止まり、思考を巡らせるように天を仰いだ。五秒ほど停止した後、彼女は素早く結論を出す。
竜になったのも束の間。逆の手順を踏んで元の少女の形態に戻った彼女はそのままの流れで地面に膝をつき、手も地面に下ろし、額まで地面につける。そして一言。
――勘弁してください――
「さて、話も纏まったところでいくか」
完全に敗北を受け入れたサーニャの襟を掴んで持ち上げたレギアスは、突入のため動き出そうとする。が、他の者としては何もしないまま突入するわけには当然いかないわけで。
「まあ、待ちなよ。ある程度策は考えてあるんだ。それを軽く詰めてからでいいじゃないか」
エルロアは今にも駆け出しそうなレギアスを引き留める。彼女には王都で考えておいた策が三つほどある。それを使えばより安全かつ確実性の高い攻略が可能になるのだから、使わないわけにはいかないだろう。
「策っていうのは?」
比較的彼女に従順なアルキュスが問いを投げると、エルロアはその答えのため、顔を突き合わせて口を開く。
「まあ、策と言っても大したものじゃないんだけどね。まずは全員に強化の魔法をかける。これは最低条件だ。その後にいくつか選択肢が出てくるだよね。まずは結界に私が攻撃を仕掛け、その強度が緩んだところで結界にほんの少しの間穴を開けて、そこから突撃する方法。私の消耗は激しいけどその分ヴァイスたちの消耗が少なくて済む作戦だね。次に――、ってちょっと待って? 他の三人どこに行ったの?」
説明に夢中になっていたマリーがふと気が付くと、近接三人の姿が消えていた。何の気なしにどこに行ったのかと首を振って辺りを確認すると、彼女の目に映ったのはヴァイスが結界に侵入し、身体が消えていく光景であった。
「え、なんで?」
そんなあまりにも突拍子の無い行動にマリーが思わず呟くと、恐る恐ると言った様子でアルキュスが彼女に事の顛末を説明し始める。
「あの……、最初に師匠が走り出してその後にフィリスさんが『もう行くのか? だったら私も』ってついていって。最後にヴァイスさんが『負けてられるか!』って後を追って走っていきました」
彼女の口から聞かされた、近接組のあまりの猪突猛進ぶりにマリーは絶句する。作戦を使えば少しは楽な戦いが出来るはずなのになぜそれを拒んでまで無策のまま突撃してしまったのか。慎重に事を運ぶのが性な彼女からしてみれば理解不能なことであった。あの三人には考える脳みそがないのかと疑ってしまうほどに。
「――フーッ、よしそれじゃあ作戦その四で行こう」
諸々の不満を体外に排出するように大きく息を吐き出したマリーは存在しないはずの作戦その四を発動する。しかし、彼女の全く笑っていない据わっている瞳を見て、嫌な予感を感じ取ったアルキュスは、確認のためその概要を問う。
「あの、一応作戦その四の内容を聞かせてもらってもいいでしょうか?」
「んー? ああ、大して難しい作戦じゃないよ。まずはあいつらを捕まえて泣くまで説教する。その後は即興、その場その場で対応する。これだけッ!」
そう言うと彼女まで草原に走り始めた。ニコニコと口元だけ笑みを浮かべながら走る彼女の姿は、アルキュスにはとても笑えないほど、殺気の籠ったものであった。
四人が結界の中に姿を消し、残されたのはアルキュス一人。状況についていけずただ一人立ち竦んでいた彼女だったが、動かないわけにはいかず戸惑いながらも走り始める。そして結界の中に姿を消した。
そんな彼女たちの様子を塔の天辺から見下ろしていた一人の男。彼は玉座から腰を浮かせると静かに歩き始める。
「やっと来たか人間風情が。何やら三日前には見ない顔がいたがせいぜい楽しませてくれよ?」
誰もいない空間に溶け消える呟き。それを自分で咀嚼し直した男はニヤリと笑いながら塔の下へと降りていく。五人の到着を待つために。最後は自分で楽しむために。
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