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第2-9話 頂上比べ


「シィッ!」


 試合が始まった直後、落ち始めた砂の最初の一粒がつく間もなくヴァイスの突きが撃ち出された。音を置き去りにする勢いのその一撃は一筋の迷いも表に出さずレギアスの顔に向かって進む。


 全く躊躇の無い渾身の一撃。その後の未来を夢想し、観客が思わず息を呑んだ。飛び散る脳漿、倒れる身体、返り血を浴びるヴァイス。それらすべてを観客たちの脳裏によぎらせた。


「……やっぱり躱してくるよな。まあ、そうでなくちゃ面白くないしな!」


 しかし、ヴァイス渾身の刺突は首を横に傾けるという簡単な動作だけで回避されてしまっていた。まるでその一撃を予測していたかのような淡白な反応に、ヴァイスは一抹の悔しさを覚えながらもこれからの試合が面白くなることの確信を覚え口角を吊り上げた。


「……ああ、仕留めるつもりの突きだったのか。道理で愚鈍な一撃だと思った」


 楽しそうにしているヴァイスとは対照的に、無表情のまま相手を見据えているレギアスは、その突きを嘲るような煽りを飛ばす。


 渾身の一撃をノロマだと揶揄されたヴァイスは一瞬怒りを覚えるが、冷静さを失わせるための策だと考えると、呼吸を整え平常心を保つ。


「安心しろ、五割程度だ。この程度で終わってもらっちゃつまらないから手加減したのさ。本番はここから」


 槍を引っ込め、構え直したヴァイス。彼の言葉通り、溢れ出る闘気のレベルが一段階上のものになる。その違いは戦いに疎い者たちでもはっきりと理解できるほどであり、ここからが本当の勝負なのだとはっきりと理解させた。


「まずは小手調べから、だァッ!!!」


 その直後、ヴァイスは怒涛の連続突きを開始する。まるで嵐のような苛烈さで何度も襲い来る穿撃。当たれば人間の肉などいとも容易く抉り取られてしまうだろう。


「ダララララララァッ!!!」


 声を上げながら風を切り裂く突きを繰り出し続けるヴァイス。しかし、本当に彼にとっては小手調べでしかない。当然レギアスにしてみても。


「すごい……。あの連撃を躱し続けてる……」


 目の前で起こっている光景にシャーロットは思わず感嘆の声を漏らす。彼女の視線の先には嵐のように突きを撃ちだし続けるヴァイスと、身体捌きと剣によるいなしで回避し続けるレギアスがいた。

 

 常人では理解することすら不可能なほど高速の連撃を掠り傷一つ負わずに回避し続けている彼の動きはまさに神業。シャーロットに理解はできても絶対に真似できないと思わせるほどの絶技であった。


 突きを三十秒ほど撃ち続けていたヴァイスであったが、しばらくして呼吸の限界が訪れたのか、槍を引き戻し呼吸を整えようとする。


 その最中、レギアスに対して心からの称賛を飛ばす。


「相変わらずの腕前だな。並の相手じゃこれだけでも穴だらけになるんだけどな」


「舐めてんのか。前からしか来ない突きなんぞいくらでも対処できる。これならまだ三年前のほうが強かった。まさかその程度で再戦を望んできたわけじゃないだろうな?」


 しかし、その称賛を軽く蹴り飛ばしたレギアスは、改めて値踏みするような視線をヴァイスに向けた。ここまでされて黙っているわけにもいかない。槍を手の内で転がし体勢を整え構え直したヴァイスはさらに言葉を続ける。


「安心しろって。さっき小手調べだって言っただろ。あんなのまだまだ本気じゃない。これから俺の本気を見せてやるからさ」


 そう宣言した彼は身体に魔力を漲らせ始める。魔法を使ってくることが明確に予想できる行動にレギアスは三年前の戦闘を思い出しながら身構えた。


天狗の抜け穴(サプライズホール)ッ!」


 そしてヴァイスは魔法を発動した。ヴァイス本人の前の空間に一つの穴が開き、レギアスの周りには周囲を取り囲むように空間にいくつもの穴が開く。


 次は一体何が起こるのか。観衆がじっと次の展開を窺っていると、ヴァイスは目の前に空いた穴に突きを打ち込んだ。穴に飛び込んだ槍は穴の奥にはその影を見せず、代わりにレギアスの背後に位置する穴からその穂先を露わにする。


「空間転移……。そんな高度な魔法を……」


 ヴァイスの使う魔法に観客の誰かが声を漏らした。空間転移は魔法の中でも特に高度な技術を必要とする物。魔法に特化した人間が初めて足を踏み入れることの出来る領域なのだ。それをバリバリの前衛である彼が使うというのは前代未聞の偉業であった。


「ソラソラソラァ!!!」

 

 穴に向かって連続して強烈な刺突を繰り返すヴァイス。その連撃は穴を通るたびに現す場所を変えていき、観客の予測を裏切っていく。そんな彼の攻めにレギアスも翻弄されているだろうと誰もがそう思っていた。

 

 しかし、現実はそう簡単なものではなかった。


「当たってない……。当たってないぞ!」


 どこから現れるか分からない連続の突きに最初こそ、大げさな動きで防御していたレギアスだったが、徐々にその動きも小さくなっていき、最終的には剣すら使わずに回避し始めていた。背後から襲い来る一撃も軽く身を翻すだけで回避され、頭上の死角から降り注ぐ一撃も横にずれるだけで回避される。


 しばらく突きを回避し続けていたレギアスであったが、突然溜息をついた。そして突きに合わせて剣を振るうと、強打で弾き返してしまった。空間を隔てたものであるにも拘らずその一撃はヴァイスの体勢を崩すほど強力であり、体勢を崩された彼は一度攻撃を中止する。


「ハァ、ハァ……。なんで攻撃が当たらない? 絶対に死角になってるところに撃ってるはずなのに……」


「そりゃさっきのあれに反応できる俺がこれを回避できないはずがないだろう?」


 連撃で息絶え絶えになったヴァイスが問いを投げると、レギアスはさも当然かのように答えを返す。それを聞いて放心しているヴァイスにレギアスはさらに言葉を続ける。


「確かにお前の槍は大したもんだ。だが、見切れないほどじゃない。間髪入れずあれだけの回数繰り返すことが出来るのは大したもんだ」


 小さく溜め息をついたレギアスは言葉を続ける。


「だが、お前は安易に自分の強みを殺す魔法を使った。お前は気づいてないかもしれないが一瞬どこから槍を出すかの思考が挟まるせいで、突きと突きの間隔が連打していた時よりわずかにだが延びてる。突きが見切れて連打の間隔も開けば躱せないはずがないだろうが」


 レギアスが当たり前のように吐く言葉。その内容にヴァイスだけでなく、周りの観客たちも息を呑んだ。ヴァイスの突きは穂先の軌跡が辛うじて見える程度。それを見切ることだってそもそも容易ではない。間隔が開いたとは言ってはいるが、その差は微々たるもの。常人では気づくことすら不可能なレベルであろう。

  

 それが全方位から襲い掛かってくるのだからその脅威はただ単純に連打を繰り返してきたときよりも遥かに増しているはず。なのにレギアスはなんてことの無いように回避し、助言までしているのだ。もはやシャーロットたちには理解の出来ない領域にいた。


 そんな彼女たちの感情を他所にレギアスは締めくくりとなる最後の言葉を放つ。


「……まさかとは思うが、これに三年間を費やしたんじゃないだろうな? だったら今すぐに田舎に帰って鍬でも振ってるのがお似合いだ」

 ここまでお読みいただきありがとうございました!


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