第2-7話 過去の強敵
迫りくるリーナから逃げ出したレギアス。珍しく一心不乱で逃げ回っていた彼であったが、ふとした瞬間、振り返って後ろの様子を窺った。そこで初めて彼女が追ってきていないことを確認した。
彼は足を止めて心を整える。彼にとって理解の出来ない存在は心を大いに乱した。故に一度彼の存在を忘れ、乱れた心を落ち着かせなければならない。深く息を吸って大きく吐く。一度繰り返せば心は整い、冷静さを取り戻せる。
冷静さを取り戻したレギアスは次の問題に取り掛かる。それは城からの脱出である。ここに長々と滞在してはまた襲撃を受ける可能性が高まる。これ以上それを阻止するにはこの城を離れなければならない。が、それには少しの問題があった。
「どこだここは……」
彼は逃げ回る際に、振り切れるなら何でもいいと特に考えずに逃げてしまった。未知との遭遇で頭が回っていなかったこともそれを誘発した。それによって彼は完全に迷ってしまっていたのだ。出口が分からなければ城から出ることも出来ない。道を聞こうにも彼の存在は不審者一歩手前である。出来るはずがない。
「……まあ、外に向かって進めばいずれ外に出れるか」
しかし、城と言っても建物であることは変わらない。そこには必ず境目が存在しそれは必ず外側にある。そこを超えれば必ず城から脱出できる。
普段の面影が感じられないほど楽観的な考えで行動を決定したレギアス。城を囲む壁を視認し、そちらに向かって歩き出そうとしたその瞬間。レギアスの第六感の網に何かが引っかかった。
ものすごい勢いで駆け寄ってくる存在。だが、リーナのそれではない。武器を持ち鍛え上げられ二択意を持ち、鋭く研ぎ澄まされた人間の気配であった。
それがこちらへと向かってくる。一瞬敵かとも思ったがそれはそれで理解に苦しむ。王城なんて並大抵の存在には破られないほど堅い守りの場所だ。そんなところに敵が侵入するのも、それを防衛の騎士たちが見逃すのも考えにくい。想定としてはあり得ない。
では一体何者だろうか。レギアスの意識がその答えを求めることに向き、接近してくる者への警戒が若干薄れる。
その隙を突くようにして下手人はどんどんと迫り、ついに彼の前に姿を現した。
「ウオオオオオォォォォ!!!」
迫ってくるのは軽鎧を見に付けた長身の男。鬼の形相を浮かべながら全力疾走で迫ってくる彼に答えを求めるレギアスの意識は彼に向く。思考は戦闘用のものへ切り替わり迎撃態勢を取る。
次は一体どんな行動をとるだろうか。ただひたすらまっすぐに走り寄ってくる男の動きを予測し、自分の間合いに入った瞬間、レギアスは最初の一手である拳による一撃を撃ち出した。
が、彼の一撃は相手が身体を沈み込ませたことで空を切る。想定よりも速い動きにレギアスは目を見開きながらも次の行動に移る。拳を撃ち出した勢いそのままに前蹴りを撃ち出した。しかし、それすらも当たらず。地面に額が付きそうなほど深く沈み込んだことで前蹴りは空を切った。
ここまで深く沈んで一体何をする気なのか。レギアスに一瞬の困惑が見えたその時、彼の困惑がさらに深まることになる。
「頼むッ! 一手手合わせ願いたいッ!!!」
「……は?」
深く沈み込んだ男はそのままレギアスの足元で土下座を敢行したのだった。目の前の光景に思考が追い付かず混乱したレギアスが固まっていると、男の通ってきた跡を追うようにシャーロットと二人の女が小走りで姿を現す。
「一生に一度の頼みだ! どうか俺と戦ってくれ!」
「ちょっとヴァイス。それじゃ相手に何にも伝わらないよ。ちゃんと一から説明しないと」
「なんだそいつ? 強いのか?」
一応ついてきたであろうシャーロットと困惑しているレギアスを他所に他の二人も声を上げる。だが彼女らが口を開いたところで何の解決にもなっていない。ようやくここでローブを着た女の声を受けて冷静になった男が、立ち上がると事の経緯を説明し始める。
「覚えていないか!? 俺はヴァイス・グルザーク。三年前、お前と闘技場で戦ったことがあるんだぞ!」
慌てた様子で名乗った彼はレギアスに覚えているという言葉を求めるような視線を送る。しかし、その名に覚えはないレギアスは反応できず、眉に小さく皺を寄せる。
「そ、そんなことあるのかよ……」
彼の問いに答えられないレギアスの反応を見て、彼は意気消沈した。そんな彼の様子に呼応するように右手の勇者印が光を失っていく。
彼では詳しい説明が出来ず、事態が収拾できないと判断したローブの女性が二人の間に割って入る。
「はーい、ちょっと失礼しますね~。ボクは『賢人』、エルロア・ネロンガ、この国一の魔法使い。そっちのちびっこが『暴双』、フィリス・ダカールだよ」
「ちびっこ言うな! そんなに小さくないぞッ!」
エルロアが小柄で露出の高い服装をしている女を指しながら彼女を紹介すると、フィリスが両手を上げて怒りのアピールをする。がそれをさておき、彼女はさらに話を進める。
「で、こっちの男が『神槍』、ヴァイス・グルザークよ」
最後に地面に手をついてうなだれている男を指さした。
「彼曰く、昔あなたと戦って負けたから、この機会にリベンジマッチがしたいみたいなんだけど……、本当にヴァイスのことを覚えてないのかしら?」
「いちいち人の名前なんぞ覚えん。ヴァイスなんて名前に覚えはない」
マリーの問いかけにレギアスはいつもの調子で答える。その答えにさらにヴァイスの纏う雰囲気が重くなる。
「だが、三年前だったかにやたらと腕のいい槍使いがいたことは覚えてる。そいつがお前だっていうならなんとなくは覚えてる」
その直後、レギアスの付け加えた言葉によって雰囲気は逆転する。みるみるうちに覇気を取り戻したヴァイスは立ち上がると子供のような笑顔を浮かべレギアスの手を取った。
「そうだ! 俺がその槍使いだ!」
手を掴みブンブンと振り回しながら喜びを表現するレギアス。だが、レギアスは躊躇なく振り払った。彼からしてみればそんなことをされても鬱陶しいだけなのである。
「で、確か俺と戦いたいだったか? 何故だ?」
レギアスは問いを投げると緩んでいた表情から一変してキリっと引き締まり、まっすぐな目でレギアスを見つめながらその問いに答える。
「三年前、あんたに負けてから俺は特訓を重ね、あの時とは比べ物にならないほど強くなった。あれからあんた以外には誰にも負けてない。だからあんたと戦って自分が強くなったことを確認したい。そして一度負けたあんたに勝ってリベンジを果たしたい! だから頼む! 俺はあんたと戦いたいッ!」
頭を下げレギアスに再戦を懇願するヴァイス。そんな彼の姿を見てレギアスは小さく息を吐いた。
「それをしたところで俺に何のメリットがある。少しはメリットがあるような理由をその高い音のなりそうな頭で考えてから来い」
「ちょっとそんな言い方は――」
レギアスの言い分に口を挟もうとしたエルロアだったが、その続きを許さずレギアスはさらに言葉を続ける。
「だがまあ、別にそういうのが嫌いじゃないのが俺の悪いところだな」
「え?」
レギアスの言葉にヴァイスは腰を曲げた体勢のまま、顔だけを上げ見上げる。理解できていない様子のヴァイスに再度息をついたレギアスは決め手となる言葉を放つ。
「場所を変えるぞ。お前の再戦、やってやってもいい」
そんな彼の言葉を聞きヴァイスは腰を伸ばすと再び腰を曲げ頭を下げた。
「ありがとうッ! それじゃ早速!」
そう言うと彼は王城の廊下を走り出す。ワクワクが抑えきれないといった表情で振り返りながら走っていく彼の様子を誰も止めることなどできない。もちろんレギアスもである。彼の後を追うようにしてレギアスも歩き出したのだった。
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