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第2-4話 謁見


 光に包まれたレギアスたち一行。その眩しさに目を細め、気が付いた時には集会場の景色から一変して、広場の様な場所に立っていた。


「ここは?」


 レギアスが現在地を問いかけると、シャーロットが答える。


「王都の兵士の詰所、その中でも転移の際に使用を指定された場所です」


「で、この後はどうするんだ」


「まずは姫様を国王様のもとへお連れいたします。それまでは貴方には待機していただくという形に」


「分かった。それよりもまずこれ外せ。これ以上、これを付けていたくない。連れまわされてる感覚になる」


「引きずり回したのはあんたの方でしょ! おかげで服もボロボロ、髪も砂まみれよ!」


 まるで他人事のように話すレギアスに怒りの声を上げるマリア。とはいえ、このままつけっぱなしにしていればまた何かされかねない。それを先ほどの件で理解しているマリアはすぐに手錠を外し、レギアスを解放する。


「お前たち、姫様をお連れして。私はレギアス様をお連れするから」


「ハッ!」


 部下に指示を出すと、そのうちの女騎士二人がマリアの両脇を抱えた。


「さあ、マリア様」


「暴れないでくださいね」


「えっちょっと、自分で歩けるわよ! だから抱えて運ばないで~!」


 悲痛な叫びをあげながらマリアはどこかに連行されていった。その姿をレギアスたちは呆れたような視線で見送った。


「それでは行きましょう」


「どこにだよ」


「そのような貧相な格好で国王様にお会いさせるわけにはいきません。ですので身なりを整えていただきます。最低限、服の交換を」


「断る。無理やり連れてこられて行動まで強制されるなんぞまっぴらごめんだ」


 シャーロットの言葉に反旗を翻したレギアスは逃亡を敢行する。広場を駆け、白亜の壁を蹴り上がって屋根の上を走り始める。


「逃がすな、追え!」


「待てゴラァ!」


「囲め囲め!」


 そんな彼の動きを想定していたと言わんばかりにシャーロットは部下に彼の追跡を指示する。彼女の指示もレギアスの行動も理解しているかのように部下たちは彼のことを後を追い始めた。その後に続こうとシャーロットは足を踏み出すが、思い出したように足を止めると、振り返る。


「えっと、アルキュス様。あなた様は既に国王様のお耳にお入りしておりますので謁見の必要はございません。部下を一人付けますので、どうぞ王都をごゆるりとお楽しみくださいませ。それではわたくしは彼の追跡に入りますので」


 恭しく頭を下げたシャーロットは顔を上げると同時にレギアスの後を追って走り始めた。残されたのはアルキュスと、女の騎士一人。アルキュスが騎士のほうを向くと、彼女はにこりと微笑みをアルキュスに返した。


「えっと……、いろいろと教えてもらえる?」


「かしこまりました。このミーティ、王都をご案内させていただきます」












































 騎士の追手から逃げ回り、城内を駆けまわるレギアス。土地勘もないはずなのにするすると追手の目をかいくぐり、逃げ回る彼は騎士たちをひっかきまわし続けた。


 結局騎士たちは数の力をもってしても彼のことを捕まえることが出来ずに、とうとう国王との対面を迎えてしまった。


「お願いします。せめてその髪の毛だけでも整えさせていただけませんか。このままでは本当に不敬に当たってしまいます」


「触んな。勝手に連れてきてそっちの都合を押し付けてくんじゃねえ」


 頭を下げて懇願するシャーロットを一蹴して玉座の間の前に立つレギアス。彼女としてはこのまま彼の先に進ませることなど出来るはずもないが、レギアスは勝手に扉に手を掛けてしまう。そしてそれを静止する暇もなく、彼は扉を押し開けてしまった。


「ああ……、なんてことを……」


 知ったこっちゃないと言わんばかりにずんずんと歩みを進めるレギアスに頭を抱えるシャーロット。とうとうレギアスと国王が対面してしまう。


「よくぞおいでなすった、勇者レギアス。いや、闘技場の英雄と言った方がいいかな?」


「どちらでも呼ぶな。レギアスで構わん」


 玉座に座り王家の威光を放つ国王。そのそばには彼の部下と思しき男たちと、ドレスを着た女性が一人立っており、彼の威光をより強調している。国王の傍らにはなぜかクロスボウと抜き身の剣が置かれており、刺すような視線をレギアスに向けていた。しかし、レギアスはそんな彼に対しても一切の遠慮なく言葉を紡ぐ。


 おかげで玉座の間の空気が全力で引き絞られた弓の弦の様に張り詰める。


「貴様ァ! 国王に向かってなんという態度を――」


 彼の部下がそんな態度に声を荒げるが、国王はそれを手で制する。


「ふん、君はずいぶんと()()()な人間のようだな」


 しかし、思うところがないわけではないらしく、レギアスの様子に皮肉たっぷりの言葉を吐く国王。


「改めて、名乗らせてもらおうか。私の名はオルトランド・エクス・オーヴァイン、このザルヴェン王国国王である。早速だが、貴殿に質問させてもらおう」


 そう言うと国王は横に置かれたクロスボウと剣に手を伸ばしながらレギアスに問いを投げかけた。


「貴様、私の娘に手を出したのかァ!?」


 剣を右手にクロスボウを左手に持ち、鏃をレギアスに向けて声を張り上げるオルトランド。彼の問いにその場の一部を除いた全員がポカンとしてしまう。そんななか、動揺を見せずに言葉の意味を噛み砕いたレギアスが彼の問いかけに毅然とした態度で答えた。


「あの女になぞ、俺から触れたことは一度もない。そっちの勘違いだろ」


「貴様、うちの娘を()()だとぉ!? だったらうちのラブリーエンジェルがあんなに傷だらけで帰ってきたことに関してはどう説明付けるつもりだァ! 下手な答えなんぞしよったらどうなるか分かっとるだろうなァ!?」


 玉座から腰を浮かして市井の中年のような形相でレギアスを問い詰めるオルトランド。もはやそこに国王の貫録はない。周りの人間はものすごい速度で進む事態についていけず置き去りにされていた。


「俺は手を出していない。手を出してきたのは向こうだ。俺が走ったら向こうが勝手に傷を負ったってだけだ」


「うちのマリアに手を出されて拒絶しただとぉ!? なんて贅沢な男だ、万死に値するぞォ!」


「どう答えるのが正解なんだよ老害が。その頭の中覗かせろ。記憶の片隅にも留めないでやる」


 レギアスの言葉が勝手な解釈で取られ、オルトランドの脳内でさらに事態がややこしくなる。もはやどう答えるのが正解なのか。うんざりし始めたレギアスはポツリと呟いた。


「全員その男をひっ捕らえろォ! 縛り上げて打ち首にし、その首を晒すのじゃァ!」


 怒りのままに広間の騎士に指示を出すオルトランド。国王の命に従い、レギアスを捕らえようと動き出そうとする彼らであったが、彼らは散々逃げ回られてレギアスの実力を肌で理解している。下手にかかっていけば一瞬で返り討ちにされるだろう。レギアスの無感情で冷たい視線もそれを示していた。


 だが、国王の前で指示を無視するわけにもいかない。指示と本能の板挟みになっている彼らがどうするべきかと考えていると。


「お待ちください国王陛下! 彼の言葉には語弊があるため、私の口から説明させていただきます」


 その場を代表して、シャーロットが事態の収束のため説明を始める。かくかくしかじか、ハイルデインの町で起こったことを説明すると混沌としていた広間の空気が落ち着きを取り戻し始める。


「いやでも、うちの娘を引きずり回したことは事実じゃろうがァァァ!!!」


「んなこと知らんがな。勝手につけた魔道具で勝手に引きずり回されたんだろ。俺の知ったことじゃない」


「やっぱりその男は打ち首に――」


 そこまで言葉を紡いだところでオルトランドは何かを思い返すように言葉を止める。しばらくは悶えるように身体を震わせていた彼であったが、突然深く息を吐き出し改めて玉座に腰を下ろした。どうやら落ち着きを取り戻したらしい。


「……すまない取り乱した。話を前に進めさせてもらっても構わないか」


「話の腰を折ったのはそっちだろうが。数分前のことも覚えてられない鳥頭なのか」


 自分の先ほどまでの振る舞いを無かったかのように振舞おうとする彼に呆れを隠せないレギアスは不満を口に出しながらさっさと話を終わらせるべく首を縦に振った。


 さて、話は本来の話題に戻る。


「今回君を連れてきてもらったのは君が勇者印の持ち主故だ。今、この国には魔族が進行している。大きな危機に陥っているわけではないが、それでもじわじわと領土を奪われている。このままでは人類が魔族の手に落ちるのは時間の問題だ。だからこそ、君にこの国を守るための手助けをしてもらいたいのだ! 勇者印を持ち、優れた戦闘能力を持つ君に!」


「断る。話は終わりか?」


 オルトランドの言葉に間髪入れずに返された答えに再び広間が凍り付く。あまりのショックでオルトランドですら硬直しているにも拘らず、当の本人はどこ吹く風。気に留めた様子すらない。


「……すまないが、もう一度言ってもらってもいいだろうか」


「耳でモグラでも飼ってるのか? 断るといったんだ。もう言わんぞ」


「一応その理由を聞いてもいいだろうか……?」


「俺が相手にするのは気に食わん相手をシバきまわすときだけだ。それ以外で俺を使いたいなら金を持ってこい。それが一番わかりやすくいい」


「今回の要請はこの国からの直接の要求だ。それを断れば重い罰が降りかかることだってあり得る。それでも君はこの要請を断ると……?」


 レギアスのあまりの傍若無人、厚顔無恥さに思わず声を震わせながらオルトランドは問いかける。先ほど彼が言ったように今回の要請を断れば、重罰が課せられることになる。投獄は当たり前として、最悪の場合問答無用の斬首だってあり得るのだ。そんなものを断るなど精神が逝かれているとしか彼らには考えられなかった。


 だが、それでもレギアスの指針がブレることはなかった。


「じゃあこっちからも一つ聞くがお前らはここにいる人間だけで俺を捕まえられるとでも? 騎士が十数人それ以外は戦闘に関してはボンクラだらけ。その後はどうする。少数を各地から集めて俺を捕まえるとでも? 無理だな各個撃破される餌が増えるだけ。魔法で捕まえるか? 拘束系の魔法は間近で何度も見てきた。お前たち程度の魔法なんぞ相手にもならん」


 レギアスが言葉を紡ぐ度にそこに籠る覇気が強まっていく。それに押され、周りの人間たちも息を飲み批判の声も出なくなる。


「それじゃあ改めて聞かせてもらうが……。いいのか国王様よ」







 

 ――俺に、この国が斬られても?――







 


 まったく遊びのない本気の表情でそんなことを言われては本気にならざるを得ない。この男はこの国を崩壊させることが出来るのだと。


 そうなれば国を守らなけらばならない国王の言葉の選択肢は限られている。悩みの末にオルトランドは結論を出す。


「……分かった。先ほどの言葉は撤回させてもらおう。君は好きにしてもらってもいい」


 どこか苦虫を噛みつぶしたような雰囲気を放ちながらレギアスに事実上の敗北宣言をするオルトランド。前代未聞の宣言に広間がざわめくが、レギアスはこれをもってしても全く怯む様子はなかった。それどころか、狙った答えを引き出せたことで満足そうにしている始末である。


「それじゃあ、話は終わったな。俺はこれで帰らせてもらうぞ」


「レギアス殿。この後貴殿はどうするつもりだね?」


 意気消沈した様子のオルトランドが一応聞いておこうと声を掛けると、レギアスがそれに答える。


「ここに連れてこられた以上仕方ない。しばらくはこの町に滞在する。探せば仕事の一つもあるだろう」


 そう言うと彼は再び扉に向かって歩き出す。なんてことの無いただの回答に思えたそれであったが、みるみるうちにオルトランドの張りが復活していく。


 言ってしまえばそれはまだ交渉の機会があるということ。指示されるのが嫌と言うだけでやり方次第で味方に引き入れることも出来るということだ。まだチャンスは失われていない。希望が見いだせた彼は王の威厳を取り戻す。


 彼が可能性を見出している最中、レギアスは玉座の間を後にしようとしていた。扉に手を掛けて一人で出ようところで、広間中に響き渡る透き通った声が響き渡った。


「お待ちください!」


 その声にレギアスは扉にかけた手を外すとその声のほうに振り返った。






 ここまでお読みいただきありがとうございました!


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