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第2-2話 王国の魔の手

名前を呼ばれビクリと身体を震わせた彼女はゆっくりと彼らのほうに視線を向ける。


「な、何よ」


 苦し紛れに声を上げた彼女に硬い言い回しでの言葉が掛けられる。


「連れ戻しにまいりました。さあ、帰りますよ。お父君も心配されております」


 だが、マリアはその言葉に肯定的な感情を見せず、否定の声を上げる。


「いやよ! 私はまだ帰らないわよ! もう使いたくもない魔道具を使う実験台になんてなりたくないわ!」


「ダメです。この町にいて正体がバレなかったのは大方口止めをしていたといったところでしょうが……」


 そう言いながら視線を向けられ、ゾルダーグはぎくりと身体を震わせる。


「ですが今回の件は見逃せません。この町を魔族が襲った件は既に耳に入れております。その際に命を狙われたこともです。あなたは王族、簡単に命を落としていい人間ではないのです」


 兵士の指摘にマリアは何も言い返せなり、苦い顔をする。あと一押しで落ちると確信した指摘を繰り返している兵士はかぶっている兜を取り、彼女に顔を見せた。


 兜の下からするりと出て靡く絹のような金髪。小さな傷こそあるものの非常に整った顔は冒険者たちの目を釘付けにする。


 兜を外し、小脇に抱えた彼女は跪いて視線をマリアより下に下ろすと先ほどまでとは違った優しい声色で彼女に帰還を促すした。


「帰りましょうマリア様。王城の皆があなたの帰還を心よりお待ちしているのです」


 ここで王城の者たちを持ち出すのはずるい、と内心思いながらマリアは苦い表情を浮かべる。自分に良くしてくれた者たちがたくさんいる。彼らが心配していると聞かされれば良心の一つや二つ痛むというもの。帰った方がいいのかと決心が揺らぐ。


 彼女の決心の天秤が帰宅のほうに傾きかけたその時である。集会場の奥の方からこちらに近づいてくる足音が二つ集会場内に微かに響いた。誰もが、じっと事の行く末を見守っていた中で響いた足音に皆の注意がそちらに向いた。


 そしてその人物が姿を現す。


「……なんでこんなに見られてる?」


 姿を現したのは、見舞に来ていたレギアスとアルキュスであった。やって来たばかりで事態を飲み込めていない彼であったが、甲冑の三人を見てやはり推測通りのことが起こってしまったと顔を歪ませた。


 そんな彼の登場は決心の揺らぎかけていたマリアにとってはまさに救いの神であった。彼の姿を見るや否や彼女は勢いよく走り始め、レギアスの背後に隠れる。


「やっぱり私は帰らないわシャル! しばらく放っておいてってお父様にも伝えておいて」


 虎の威の狩るキツネのようにレギアスの背後についた途端に勢いを取り戻したマリアは、威勢のいい口調で言葉を紡ぐ。彼女に盾にされたことでさらに事態がややこしくなったことにレギアスはさらに顔を歪ませた。


 そんな彼女の主張を一旦脇に置き、シャルと呼ばれた女性はレギアスにジロリと視線を向けると彼に軽い敵意を向けながら声を上げる。


「そちらの方はやんごとなきお方です。お返しいただけますか?」


「返すも何も俺もこいつは要らん。勝手に持って行ってくれ」


「ちょ、あんたそんなに軽く私を売るんじゃないわよ。守ってくれるんじゃなかったの!?」


「そんな頭の中身がシチューに変わったような言葉を吐くなら、今すぐに頭をかっぴらいて別の誰かのものと変えてもらえ」


 覚えのない、捏造された言葉にいつも通り辛辣な言葉を発するレギアス。そんな彼の言葉にシャルはピクリと頬を動かすが、それを表現しないままマリアを確保しようと歩みだす。


「さあ、帰りますよマリア様」


 そして手の届く位置まで近づいたシャルはマリアを捕らえるために手を伸ばす。


「だから私は帰らないって言ってるでしょ! こいつがいるから大丈夫なの!」


 しかし、往生際の悪いマリアはぐいとレギアスの身体を引っ張り、シャルの腕の先に移動させた。それに阻まれレギアスの胸部にシャルの手が当たる。


「……あなたが?」


「たまたまクズに襲われてたこいつを助けただけだ。その後付きまとわれてこっちとしても迷惑してる」


「傷の一つもないきれいな顔をしてらっしゃいますが……、私にはあなたにこの方をお守りできるほどの力があるとは思えないのですが?」


「試してみるか? ずいぶんの防御技術の低さを棚に上げた傷を誇る人間に俺を試せるだけの実力があるとは思えないけどな」


 刹那、集会場の空気が息が詰まりそうなほどの緊張を見せる。地面が頼りないガラスに変化したのを感じた全員が二人の次の動きに注目する。先ほどとは違い明らかな敵意を見せるシャルに、大してレギアスはそれをユラユラと受け流し意に介していない。むしろ興味すら無さげですらあった。


 そのままでは二人の戦いが始まってしまう。それを本能的に集会場の全員が悟りながらも誰も動けず見ていることしか出来ずにいた。


 誰か二人を止めてくれ。その場の全員が思う中、行動を起こしたのはマリアであった。


「行け、やっちゃえレギアス。勇者印持ちのあんたならこの三人倒して私も連れて逃げられるわよ!」

 

「で、です師匠」


 大声ではなく、レギアスとその周りにだけ聞こえるような声で彼を激励するマリア。なぜ彼女に続いてアルキュスまで声を上げる。能天気な彼女らにレギアスは呆れたように目を細めながら批難の視線を向けた。この空気を察知できていないのか。


 が、彼女のその言葉が作用し、張り詰めた空気の中和剤になる。肌を刺すような緊張感が緩み、敵対しているシャルの表情が少し気の抜けたものへと変化する。


「レギアス……? まさか闘技場の英雄……?」


 彼の名前を聞いた矢先、殺意の籠ったシャルの視線が彼を疑うようなものに変わる。ジロジロと本人かと確かめるように視線を走らせ続ける。ここでも好きではない名前が自分の役に立ったことをわずかに不愉快に思いながら感謝するのだった。


「シッ!」


 次にどう出るか、様子を窺っていたレギアスに待っていたのは、シャルの拳であった。当たった胸部から素早く振るわれたそれは正確に彼の顔面目掛けて飛来する。超至近距離からの攻撃であり、到達までの時間は一秒とない。


 が、構えていた上に直線的なそれを躱せないほどレギアスの反射神経はおじいちゃんではない。ギリギリで首を傾けて軽々と回避する。


 シャルの攻撃に再び空気が凍り付く集会場。いよいよ始まると考えた人々が彼らを抑えるべく、必死に走り出そうとするが、むしろ二人の間の空気は緩和すらされていた。


 拳を振り抜いた体勢で固まっているシャルと、それを回避した体勢で固まるレギアス。二人は、お互いに攻撃前の体勢に戻る。そしてシャルは直立するとレギアスに対して軽く頭を下げた。


「突然の攻撃、申し訳ない。本当にあなたが闘技場の英雄であることを確かめさせてもらった。無礼を詫びさせてもらう」


「今回だけは見逃してやる。次は開戦の合図と取るからな」


 頭を下げる彼女に対して不遜な態度を見せるレギアス。だが、それに対して荒立てることなく身体を起こしたシャルは彼に対して穏やかな微笑みを見せた。


 思いのほか、穏やかな雰囲気を見せる二人に拍子抜けする集会場の面々。しかし、いつまた爆発するかもわからないと一応その後の動向も窺う。


「ご挨拶が遅れました。では改めまして。黄金魔兵団に所属しております。シャーロットと申します。大変郷愁ではありますが、そちらのお方を引き渡していただけますでしょうか」


「最初から言ってるが俺はこいつを庇うつもりなんぞ少しもない。喧嘩を売ってきたのは貴様らだろうが。こいつを捕まえることも出来んなら――、ホラよ」


「ちょ、何すんのよ!? 裏切者離しなさい! ――ダメダメダメ、お願いだから引き渡さないで!」


 レギアスは背後に隠れているマリアの首根っこを掴み持ち上げるとシャル、もといシャーロットに向かって突き出す。必死の抵抗空しく差し出されたマリアはついにシャーロットに捕まり、本格的に確保されてしまう。肩口をガッチリと掴まれている彼女は逃走できない状況に陥っている。


「そいつを引き渡したんだから俺にはもう用はないだろ。俺は行かせてもらうぞ」


 批難の意味を込めて睨みつけてくるマリアの視線をサラリと受け流し、その場を後にしようとするレギアス。これ以上、自分がいては集会場の人間が落ち着かないという、普段は見せない気遣いの気持ちからの行動であった。


 が、彼の行く先にシャーロットが立ち塞がった。また面倒ごとが降りかかろうとしていることを敏感な嗅覚で感じ取ったレギアスは、明らかに嫌そうなオーラを発しながら彼女にその意図を問う。


「まだ何か用か?」


「申し訳ありませんが、あなたにも我々と一緒に来ていただきます。貴重な勇者印の持ち主を野放しにするわけにはいきませんので。ご協力願えますか?」


 なんとマリアを差し出したというのに連行されるかもしれないというのだ。レギアスは今日は厄日だと思いながら内心で溜息をついたのだった。






 ここまでお読みいただきありがとうございました!


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