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第1-38話 戻る日常、去っていく日常


 魔族の襲撃から三日が経過したハイルデインの町は平穏を取り戻していた。町の人々は魔族の襲撃があったことすら忘れたいと言わんばかりに、動き回っておりそれはそれで活気が漲る町に姿を変えていた。

 

 今回の事件では町にそれなりの被害を植え込んだ。町の建物も多少壊れ、魔族に襲われたという恐怖を人々に刻みつけた。


 それに加え王女を差し出すか出さないかで口論になり反発し合った人々は心にしこりを残してしまった。これはそれなりに尾を引くことになるだろう。だが、もともと仲が悪かったわけではない者たちだ。彼らの間に生まれたしこりは時間が解決してくれるだろう。


 一番の問題はマリアを魔族に差し出そうとした一部の冒険者たちだろう。お互いに顔を見知っているが故に、彼らはいつ裁きを下されるか気が気でなく小さくなって日常を過ごしている。


 ――いちいちそんなのを気にしてたら王族なんて務まらないわ。今回は結果的に何もなかったから特に処分を下すつもりもない。ムカついたからこのことを伝える気もないけどね――


 アルキュスの主張としてはこうである。最も彼らにこれが伝えられることはなく、不安は一向に解消されないままだが、自業自得として受け入れてもらおう。


 物理的な損傷も、もともと町中で戦闘を行ったのがレギアスとアルキュスの二人だけだったということでかなり少なく、壊れた場所の修理も三日ほどで終わった。


 さて、話は町の外に変わる。事件当時、町を囲っていたモンスターは障壁が消えると同時に待ってましたと言わんばかりに町に襲い掛かった。身内のトラブルで迎撃どころではなかった冒険者たち。


 そんな彼らを救ったのは魔族との戦闘を終えて駆け付けたレギアスであった。町を囲っていた百体以上のモンスターをわずか一時間足らずで殲滅した。


 血に塗れながら暴れ狂ったその姿はまさに獅子奮迅。町の人々にいい意味で消えない傷を刻み込んだ。町の人々の中には彼の石像を作ろうなどという、レギアスからしてみればトチ狂ったような提案をしている者もいる始末。その提案が飲まれないことを祈るばかりである。


 そんな事態を引き起こしつつある当の本人、レギアスは賑わいを見せている市場で果物の詰め合わせを買おうとしていた。


「それ、ひと……、二つくれ」


「はいよ! 詰め合わせ二つね!」


 活気ある店主の声とともにレギアスは詰め合わせを渡され、代わりにその代金を手渡そうとする。が、そんな彼の前に店主の手のひらが突きつけられる。


「いやいや、町の英雄様から代金なんて受け取れんよ! そいつは自分をいたわるために使ってやんな!」


「そういうわけにはいかんだろ。物を買ったら代金を払うのは道理だ。子供でもそんなことはわかる」


「だったらそいつは俺からのプレゼントだ。プレゼントに金を払わないのは子供でも知ってるだろ?」


 完全に店主に言い負かされたレギアスは差し出すためにつまんでいた硬貨を手の内にしまう。そして身体を持ち上げる。


「ありがとう」


「また来てくれよ~」


 そして店主に礼を言うと市場を去っていくのだった。


 彼が次に向かったのは組合の集会場。正確にはそこに隣接された治療院であった。淀みない足取りで一つの部屋に辿り着いたレギアスは扉に手を掛けてゆっくりと引いた。


「邪魔するぞ」


「あ、師匠!」


 開けた扉の向こうには病人服でベットに座っているアルキュスがいた。アイラとの戦いで傷を負った彼女であったが、その傷は思った以上に酷いもので戦場から退避したマリアが発見して応急処置をしなければ死んでいたほどの傷であった。


 それほどの傷を負って父親であるゾルダーグが心配にならないはずもなく。病院にぶち込まれ傷の回復に専念させられていた。マリアの魔道具、もとい古魔道具(アーティファクト)でも治すのにはしばらくかかるほどの傷であり、しぶしぶアルキュスもそれに同意せざるを得なかった。

 

「師匠じゃねえっていつも言ってるだろ。いい加減にその呼び方やめろ」


「いいじゃん。アルにとっては師匠はどこまで行っても師匠だもん」


 いつも通りのやり取りを終え嘆息したレギアスは、彼女に歩み寄ると果物の詰め合わせを彼女に差し出した。


「わッ、師匠これもらってもいいの!」


「見舞いの品だからな。見せびらかしてそのまま帰るのは悪魔すぎるだろ」


 差し出されたそれをアルキュスはパッと表情を明るくしながら受け取る。子供がプレゼントを受け取った時のようにはしゃぐ彼女の姿にここまで喜んでもらえたのならばプレゼントとして本望だろうと思いながらレギアスは彼女の傍らに置かれた椅子に腰かけた。


 じっと喜ぶアルキュスを眺め続けるレギアス。そんな彼の視線を他所にもらった果物を眺めながら喜んでいたアルキュスだったが、ふとした瞬間に先ほどまでの楽しそうな雰囲気から一変して、悲壮感の漂う雰囲気を纏い憂いのある表情を浮かべる。


「あの……、ごめんなさい師匠」


「あ? 何がだ?」


 いきなりの謝罪を聞かされたレギアスは眉を寄せながらその真意を問いかけた。すると彼女から予想していなかった答えが返ってくる。


「魔族との闘い、信頼してもらって任せてもらったのにこんなにボロボロにされた……。恥ずかしい思い、させちゃったかなって」


 隣に座るレギアスから視線を逸らしながら語るアルキュス。相性のいい相手を当ててもらったのに、ここまで手傷を負ってしまった。もっと圧倒して帰ってくることをレギアスが想定していると考えている彼女は、彼に情けないと思われていないかと不安で仕方なかったのだ。


 その不安を謝罪という形で吐き出すことで少し楽になりたいというのが彼女の心境であった。一体隣に座る彼は一体どんな表情をしているのだろうかと、彼女はチラリと視線を飛ばす。


 するとどうだろうか。レギアスは眉に皺を寄せ、口を小さく開きながら表情筋を固めていた。その表情はまさに『お前は何を言っているんだ』状態である。


「…………ハァ」


 しばらく何かを考えこんだような表情を浮かべていた彼は大きく嘆息を漏らした。その音にアルキュスは身体をビクンを跳ねさせた。


「お前、うまくできなかったから俺が怒ってるとでも思ってたのか?」


「う、うん……」


「アホか。一旦頭の中を水で洗ってこい。それでダメならもはや諦めろ」


 毒を吐いたレギアスはさらに言葉を続ける。


「確かにお前はうまく出来てなかった。俺としては戦闘が続行できるくらいの傷で収めてくる想定だったから、腕から何からズタズタにされてるなんて思わなかった」


「じゃ、じゃあ……」


「だがな、所詮戦いなんて生きてるやつの勝ちなんだよ。あいつがどんだけ強かったとしても最後にお前が首を飛ばした。それに貴賤は無えし、そこに辿り着くまでが無駄になったとは思わない。もし、この町に大怪我させられたことを笑ってくる奴がいたら、魔族に戦いも挑まずに身内で争ってた雑魚だって逆に笑ってやれ。それでも笑ってくる奴がいたら、俺はそいつを一月は笑えなくなるくらいには叩きのめすし、お前もそのくらいの気持ちでいろ」


 そう言うとレギアスは彼女の頭をガシガシと乱暴に撫でる。頭が揺れるほどに乱暴なそれであったが、自分の中のナイーブな気持ちを忘れるように言っているようなそれは妙に心地の良いものであった。


「ありがとう、師匠」


「お前は筋がいい。今回はそれでもしばらく経験を積めばもっと伸びる。励めよ」


「もう師匠! なんでそんな他人行儀な口調なのさ!」


 いつもの調子に戻ったアルキュスはレギアスの口調に突っ込みを入れる。するとレギアスは言いにくそうに後頭部を掻くと、神妙な面持ちになり口を開き言葉を紡ぐ。


「あー、そのことなんだがな。今回にここに来たのは見舞いもそうなんだが、お前に言っておくことがあってな」


「え、何々。真剣な話? もしかしてこの町から離れるとか?」


「ああ」


「は?」


「俺は暫くこの町から離れようと思ってる。お前にはそのことを伝えておこうと思ってな」


 その瞬間、アルキュスの世界が凍り付いた。



 ここまでお読みいただきありがとうございました!


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