第1-37話 戦いの終幕
熾烈を極めるレギアスとライ・ヒナの戦い。前衛にライが加わったことで苛烈さはさらに増し、レギアスも対応が遅れそうになる機会が増えた。さすがに実質四体一の戦いは彼にとっても厳しい。
それでもレギアスが傷一つ負っていない。最早畏敬や驚愕を通り越して恐怖を覚えるレベルであった。偏に彼が戦い続けることが出来ているのは、各々の特徴を踏まえることが出来ていたからだった。
ライは右手以外は大した脅威ではない。注意の度合いをそこに強めておけば彼には対応できる。ヒナは何とか自分とバルデスを同時に動かそうとしてるが、やはり無理をしてるのか一瞬どちらも止まる瞬間がある。その時に一息入れておけばまだまだ戦えた。
二人の初動を一瞬で頭に叩き込み、そこから頭の中で思考を働かせ次の攻撃を予想する。それで何とかレギアスは攻撃を防ぎ続けていた。
だがライの指摘の通り、レギアスには今のままではこの戦いを決めるための決め手がなかった。捌くことが出来ても攻撃して息の根を止めなければ戦いが終わることはない。向こうは二人で消耗を分散している分、一人一人の消耗は少ない。大してレギアスは町から出てそのまままともに休むこともなく走って戻ってきて戦っている。このままいけばじり貧になるのはレギアスの方である。
ライもそれを理解しているからこそ、猛攻を仕掛けているがそれでも余裕を保っている。これを崩さない限り彼らを倒すのは難しい。彼こそ間違いなく戦い慣れた敵の中で一番の手練れであった。
「ふう……」
ライの腕から延びる爪を剣で砕き、飛び退きながら背後に迫るバルデスの身体を投げ飛ばし前二人と距離を取る。ここで一息入れるタイミングが出来たレギアスは大きく息を吐き、気持ちを切り替える。そんな彼の様子を見て、攻め切れていないことを確信するライはそれを喜ぶように声を上げる。
「やはり私が言った通り、仕留めきれずに攻めあぐねている。三対一の戦闘は予想を超えて厳しいものだったということですか」
さらに彼は言葉を続ける。
「このまま長期戦になればこちらが有利。どうします。今からでも降参すれば彼女のおもちゃになる程度で済みますよ?」
見下したような言葉を吐くライ。そんな彼の言葉にレギアスは珍しくカチンとくる。
それにあまり戦闘を長くすると他の問題も発生する。
「だず、だずげで……。も゛、も゛う、ごん゛なのイ゛ヤだ……」
先ほどから三人の戦いで言い様に使われグロッキーになっているバルデス。既に無茶な動きを繰り返された彼の身体は中でぐちゃぐちゃになっており、これ以上続ければ本格的に命に関わってくる。正直レギアスとしては見殺しにしても何も問題ないのだが、戦闘を終わらせるためには彼の無力化も不可欠。解放しないという選択肢はなかった。
「なるほど、お前らは本当に俺の癇に障る奴らだな? そんなに死にたかったら俺の本気で殺してやる。せいぜい遺言でも考えるんだな」
そういったレギアスは拳を握るとそこから親指を立てる。一体何をするのかとライたちが目を細めた直後、彼はそれを自分の胸に全力で打ち込んだ。
途端に彼の周りが揺らめき始めた。モヤモヤとしたその場にそぐわない景色。それが陽炎であることを理解したライたち。彼らは何が起こったのかを推察する前にこのままレギアスを放置することの方がまずいことを直感的に察し、攻撃態勢に入った。
ライは右腕から生える爪を弾丸のように打ち出しながらもう片方で風の刃を放ちそれらをレギアスに殺到させる。同時にヒナも氷の弾丸をいくつも生み出し雨のようにレギアスに殺到させると同時にバルデスを一直線に走らせる。
しかし、それらの一撃はすべて虚空を奔り、一撃としてレギアスを捉えることなく終わった。彼らに認識できたのはレギアスが一瞬のうちに屋根を砕いて姿を消したところまで。そこから先の姿を追うことは来ていなかった。
では彼は一体どこへ? そんなことを考える暇もなく、二人に極大の殺気があてられる。喉元に切っ先が食い込む、どころではなく突き刺されたような感覚に総毛立たせながら彼らは跳ねるように振り向いた。
そこには身体の周りに陽炎を浮かべ、全身を異常なほど赤く染めながら、二人を上から見下ろしているレギアスの姿があった。
「――限界領域。これが俺の本気だ。遺言は考えたか、別に考え終わってなかろうと殺すがッ!」
そういうとレギアスは屋根を踏み破らん勢いで強く踏み込むと二人に襲い掛かった。が、その速度は先ほどまでとは比較にならない。二人が二人、自分たちの間合いに入ってくることを認識すらできないほどのものであった。
剣が届く距離にレギアスがいることを認識したライは反射的に身体を動かす。レギアスという埒外の生物に思考を止めてしまいたい気持ちであったが、彼の警鐘が生命の危機を大音量で伝え続けそれを絶対に許そうとしなかった。
迎撃のために肥大化し、武器と化した右腕を振りかぶったライ。が、その腕はある一点を過ぎたところでそれ以上前に進むことが無くなった。空中で停止した腕は一瞬重力に逆らってその場に留まり、やがて世界の理に従って地面に落下した。ライの目の前には剣を振り抜いた体勢のレギアス。もはや説明の必要すらない。
「アアアァァァ!?!?!?!?!? 私の腕がァァァ!!!!!」
絶叫するライを援護するべく、ヒナは魔法を発動しようとする。が、そんな彼女の眼に映ったのはバルデスの頭上で剣を振り抜くレギアス。その直後、彼女の魔法的感覚にバルデスを操っていた糸が切られた感触が走る。
まさか魔法がただの力づくで破壊されると思っていなかった彼女は動揺で魔法の発動が遅れる。直後、彼女の腹部にドラゴンの踏みつけを思わせるほどの蹴りが撃ち込まれる何が起こったのかも分からないまま彼女は民家をいくつも突き抜けながら吹き飛んで行った。
身体を乗っ取っていた魔法が切られたことで崩れるように地面に倒れるバルデスを尻目にレギアスは腕を抑えて苦しそうにしているライを見下ろしていた。
バルデスを無力化し、ヒナはすぐには援護できない場所に吹き飛ばした。あとは彼を殺すだけでこの戦いはほぼレギアスの勝ちで確定する。
半分勝利を確信しているレギアスはとどめを刺すために身体から上がる陽炎と止めると、ゆっくりとした足取りで歩み寄っていく。その足取りはまさに王者の風格。彼の歩みを止める者は一人としていなかった。
助けを望めず、追い込まれたライ。だが、彼はそれでも逆転の機会を伺っていた。
斬り飛ばされてしまった腕は未だに生きている。身体から離れているが、ライの意思次第で少しの間動かすことが出来る。それを静かにレギアスの背後から近づかせ、無防備なところに攻撃を加えようという魂胆であった。
近づいてくるレギアスに怯えたような素振りを見せながら着々と腕をレギアスに近づかせるライ。その距離は少し跳ねれば届いてしまうほどの距離であった。そこまで来てもレギアスは気づいた様子を見せない。その様子にライは逆転の目を見る。
(もらったッ!)
内心で勝鬨を上げながら、ライは斬り飛ばされた右腕をレギアスに飛びつかせた。音もなく飛びついた腕は静かに風を斬りながらレギアスに近づいていく。
が、ここでライに疑問が浮かぶ。レギアスが気付いていない可能性を考えていなかったのかというもの。確かにレギアスは腕のほうに一切関心を向けなかった。が、この戦いを無傷で切り抜けた人間がその程度のことに気づかないなどと言うことがあるのだろうか。
そんな彼の疑問の答えはすぐに出る。跳びかかった腕をレギアスは一瞥すらせずに斬り飛ばし、そのままそれを遠くに蹴り飛ばした。当然レギアスは接近する腕にも気づいており、ただ泳がせていたというだけの話であった。
最後の悪あがきを簡単に処理されてしまったことでライの表情は絶望に染まる。急激に目の前に迫った死という存在に身体を震わせた。
「ま、待って。話をッ!?」
命乞いをしようとしたライだったが、首に剣閃を走らせたレギアスによってそれ以上を物理的に遮られる。動きを止めたライの首は胴体の上に乗ったまま、そのまま命という存在そのものの時間を止めた。
ライという魔族を倒し、次はヒナを倒さなければならない。蹴り飛ばした彼女に追撃すべく彼は走り始める。その直後、異変に気が付く。
「……逃げたか」
あれだけ時間を与えたというのに追撃してこないということは彼女はもう逃げてしまったのだろう。現に蹴りで破壊された建物の最終地点に辿り着いても、そこにヒナの姿はなく攻撃も飛んでこない。
「あれだけの啖呵切っておいて逃げるとか、口だけ弁慶の臆病者め。逃げるくらいなら最初から仕掛けてくるんじゃねえ」
彼女はあの蹴りで骨の髄まで知らしめられたのだ。自分とレギアスとの間には絶対的な埋めがたい差があるのだと。バルデスという最大の武器を奪われ、魔法は通じない。ライと一緒で初めて互角に戦える相手と単独でやり合うなどイヤに決まっていた。
だから逃げた。命を無駄にする必要は魔族二人が消えてしまった時点で失われている。
ライを仕留め、バルデスを無力化し、ヒナは逃げた。もうレギアスに敵対する者はいない。それでいて彼にダメージはない。完全勝利である。
が、まだこの事件が終わったわけではない。障壁を張っていたであろうライが死んだことで町を覆っていた障壁が消え始めている。空を見上げればドーム状の障壁の上部からじわじわと消え始めている。これがすべて消えたとき、町を覆っていたモンスターが町に雪崩れ込むことになる。その時の被害は想像を遥かに超えてくるだろう。
「最後の一仕事だな」
レギアスの役目は町に迫るモンスターを片っ端から殲滅すること。彼は首筋からゴキゴキと音を鳴らしながら大きく伸びをし、自分を奮い立たせると町の外に向かって駆け出していくのだった。
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