第1-32話 現れた本性
おどおどと自信なさげな様子だった時と一変して、本性を露わにし蛇のような笑みを浮かべたメイ。彼女は二ヤついた表情を隠すことことなくぐるりとレギアスとライを見つめた後に、バルデスに視線を向けた。
「バカは操りやすくて本当に助かる。ワタシがいろいろやっていることにも気づかずに自分の力だって少しも疑わないんだから」
「なッ!? テメエふざけたことぬかしてんじゃねえぞ!」
「黙ってろよゴミが。立場を弁えろ」
「ふざけんな!」
彼女の言葉が侮蔑の物だとさすがに理解したバルデスは跳ねるように立ち上がるとメイに向かって駆け出す。そのまま戦槌を振り回し叩きつけようと考える彼だったが、ここに来てやっと自分の身体の異変に気付く。
ついさっきまで当たり前のように出来ていた動きが出来なくなっていたのだ。肉食獣のように俊敏に動いていた身体は今ではもう一人の自分に圧し掛かられているかのように重く自由が利かない。スプーンでも持つかのように軽々と戦槌を支えていた腕の力は今では地面に擦らないようにするので精一杯というほどまで落ちぶれていた。
違和感を悟りながらも感情の赴くまま、メイに直進したバルデス。普段であればそのままそれを叩きつければ立ち塞がる物は簡単に砕ける。そのはずだったのだが。
「ああ弱い弱い。速さも力も子供みたい。こんなのに三年間も付き合ってきたのがバカみたい」
しかし、叩きつけるつもりで振り下ろした戦槌は空中で停止していた。その軌道上にある細い糸のようなものが戦槌の柄を受け止めている。それを無視してさらに押し込もうとするバルデスだったが、糸はその細さに反してビクともしない。
「空気弾」
何が起こったのかも分からないまま、空気弾をがら空きの腹部に叩きつけられ吹き飛ばされたバルデス。自分の十倍以上の大きさのモンスターにぶつかられてもビクともしないはずの彼の身体はたった一発の空気弾によって悲鳴を上げていた。
未だに自分との実力の差を理解できていないバルデスを見てメイは呆れたように溜息をつくと冷たく細められた瞳で睨みつけた。
「そもそもお前に勇者印が発言したのが三年前でそのあとすぐに私が来た。何かおかしいと思わなかったのかしら。まあ、思わなかったからこそ簡単に操れたんだけどねェ!」
そう言うとメイは右手を擦りながらゆっくりと周囲にも見えるように持ち上げる。何事かと思ったバルデスがそこに意識を集中させると徐々にその行動の意味が明らかになる。
じわじわと浮き上がってくるようにして彼女の右手の甲に浮かんでくるのは、まさかまさかの勇者印。彼女にはないと思いこんでいた物であった。しかし、バルデスが驚愕したのも束の間。それと同時に彼の右手の甲に浮かんでいた勇者印が消えていく。思わず消えるのを防ごうとバルデスは右手の甲に左手を伸ばすが、そんなことでそれを掴むことも、消えるのを止められるはずもなく彼の勇者印は跡形もなく消えてしまった。
自信の象徴である印が消え、呆然とするバルデス。そんな彼にさらに追い打ちが掛けられる。
「私がつけてあげていただけの勇者印に子供みたいにはしゃいでたあなたは最高に面白かったわ。何度思い出しても笑えるくらいにはね!」
悪辣な笑みを浮かべ、バルデスを追い詰めることを楽しんでいるメイ。そんな彼女の様子にレギアスはつい問いを投げかけた。
「……一応聞いておくが何でそんな下らんことをする?」
「なに、意外と闘技場の英雄は俗っぽいのかしら」
「黙れとっとと答えろ」
「まあいいけれど。そんなの簡単、積み木を積み上げて積み上げてぐらついているところを叩いて壊す。ワタシはそれが好き。だからそれを大きくして楽しんでるだけ。それ以外の理由なんて必要?」
「なッ、俺にそんな口聞いていいとォッ!?」
意気消沈して口も聞けなくなったかと思ったバルデスが復帰し、メイの言葉に異を唱えようとしたが、彼の口に彼自身の拳が一人でに飛び込みそれ以上の言葉を紡がせない。
「ゴッ、モゴッ!?」
何が起こったのか分からないまま言葉を紡ごうとする彼だったが、ふごふごと空気の漏れる音がするだけで拳を取り除くことも、なんなら指一本動かすこともままならない。
「悪趣味だな」
「なんとでも言って。でも別にそいつに恨みがあるわけじゃないの。ほどほど身体能力が高くて、何より頑丈。壊れにくくていいおもちゃだもの。だけど目の前にもっといいおもちゃが見つかっちゃったからもう用済み。あとは壊れるまで使い潰して終わり」
そう言うとメイはゆるりと片腕を持ち上げる。するとそれに連動するようにバルデスの身体が持ち上がっていき、口の中に押し込まれていた拳が抜くと、地面に取り落とした戦槌を持ち上げた。
しかし、バルデスはそれに対して困惑している。自分の意思じゃない力に身体が動かされていることに困惑と驚き、そして不快感の混じった表情を浮かべており、抵抗しようと小さく身体をよじっていた。
「な、なんだこれ!? 身体が勝手に!」
「踊れ、掌で。せいぜい壊れないように頑張りなさい。私の可愛い可愛いお人形さん?」
「お、おい止めろ! お前何をやってるのか分かってるのか! クソッ、止めろ! 頼む止めてくれ!」
身体を操っている張本人は彼の懇願になど耳を貸さずに慈愛の籠った微笑みを浮かべている。それはこれから人が壊れるまで無茶をさせる人間とは思えないほど穏やかな笑みであった。
「もうおしゃべりは終わりましたか?」
「ええ、もう十分。あとは適当に始めましょう」
「王女には逃げられてしまいましたが……、先ほどの女と彼を始末すればこの町には腰抜けだけ。何もかもが赤子の手を捻るが如く簡単に終わります。もっともこの男を落とすのが相当骨が折れるでしょうが……」
「殺しちゃダメだからね。この後私が使うんだから」
屋根の上から降りてきたライはメイの隣に立つと、敵であるレギアスに明確に殺意を向けてくる。それに加え、背後でギクシャクとした動きをしているバルデスは戦槌をレギアスに向けている。
お喋りの時間が終わったことを確信したレギアスは彼らとの戦闘に殉じるべく、剣を握り直した。
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