第1-27話 変化する日常
翌日、当たり前のごとく二人で組合の集会場にやってきたレギアスとマリア。いつものように彼に稽古をつけてもらおうとアルキュスが近づいてくるが彼の後ろにいるマリアを見て、少し遠慮したような素振りを見せる。
「ま、マリアさん。おはようございます。今日もいいお天気ですね?」
彼女が王女であることを知ってしまった以上、無礼な態度で接するわけにはいかない。アルキュスはいつもの挨拶に一言付け加える。だが、これが余計な一言であり、彼女の振る舞いで悟ったマリアが眉を顰める。
「もしかしてゾルダーグから聞いたかしら?」
「えっと、……はい」
彼女の振る舞いから自分の秘密をゾルダーグから聞いたことを悟り、確認を取ったマリアは不機嫌そうな空気を放つと、踵を返すと組合長室に向かって歩き出す。
「あの……、何処へ?」
「ちょっとゾルダーグと話をしてくるわ」
彼女の言葉に慌てて止めようとしたアルキュスだったが、不機嫌そうな彼女の態度に止めることなど出来ず、その背中を見送った。一体、彼にどのような仕打ちが待ち受けているのか。想像に難くない。
そんな中で二人のやり取りを見守っていたレギアスが声を上げる。
「おい、今日は訓練はいいのか?」
「あっ、もちろんお願いしたいんですけど……。良いんでしょうか。あの方を行かせてしまって、と思って」
「別にやらせとけばいい。さすがの奴でも良識の一つや二つくらい持ってるだろ」
アルキュスがマリアに引っ張られて、丁寧な口調で話すのを聞きながら、レギアスは彼女の問いに答えた。そんな彼の言葉を聞いてアルキュスは不安そうな表情を浮かべ、恐る恐ると言った口調で彼に異を唱えた。
「あの、マリア様にそんな口を聞くのは良くないんじゃないかなって……。あの人王女様みたいですし」
「ああ、なんか確かそんなことほざいてたな。だが、それがどうだっていうんだ。あいつが王女だろうと別に俺を殺せるわけじゃないし、そんな権力は奴にはないだろ。王都から離れて一人で行動してるあいつはただの女でしかねえ。ほっといてもなんの問題もない」
しかし、自らの身を心配してのアルキュスの言葉すらレギアスは跳ね返す。彼にとってみれば彼女はマリアという一人の存在でしかなく、王家の人間だろうが何だろうが彼にとっては知ったこっちゃないのだ。気に食わないのなら叩きのめし、気に入ったのなら見逃す。その程度の存在でしかなかった(それが本人に気に入られているところではあるのだが)。
「それより訓練するならとっとと始めるぞ。あいつが戻ってくるのなんか待ってられないからな」
「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ーーー!!!!」
「――本当に大丈夫なの?」
アルキュスの問いに耳も貸さず、これ以上の話を打ち切って訓練場に向かうレギアス。気持ちとしてはマリアが戻ってくるのを待つ、もしくは父の安否を確認しに行きたいアルキュスだったが、彼の機嫌を損ねれば今日の訓練がなかったことにもなりかねない。後ろ髪を引かれながらもレギアスの背中を追って訓練場に足を踏み入れたのだった。
それから三十分ほど訓練を行い、いつものように地面に倒れ伏すアルキュス。案の定、彼女はレギアスにボコボコに叩きのめされ、立つことも出来なくなっていた。だが、ゲロは吐いても気絶はしなくなっていた。そこは大きな進歩と言えるかもしれない。
「まあ、一週間で動きが大きく変わることもないしな。だが、起きてられるようになったのは大きな進歩だ」
「はい……、ありがとうございます……」
彼女を見下ろしながら、声を掛けたレギアスは訓練場を離れていく。そしていつものように適当な依頼でも受けようとレギアスが依頼の張り出された掲示板を眺めていると背後から声が掛けられる。
「あの、レギアス様よろしいでしょうか」
彼が振り返るとそこには一枚の紙を持った受付嬢が立っていた。
「なんだ?」
「あの、あなた様をご指名での依頼が入っております。詳しい内容はこちらに」
彼は受付嬢から紙を受け取るとその内容に目を走らせる。その内容はとある街道に巣くっている黒犬バーゲストの討伐。報酬は金貨十枚というものであった。
「すまん。地図あるか?」
「は、はい少々お待ちください」
内容を確認したレギアスは今度は地図を要求する。カウンターに戻っていった受付嬢が持ってきた地図を受け取ると、依頼の場所と照らし合わせる。
(ふむ、――てことはつまり、――っていうことか)
顎に手を当てながら思考を巡らせるレギアス。彼にしては時間をかけて思考した彼は答えを導き出すと受付嬢に紙を返しながら結論を言葉をして編む。
「分かった。受けさせてもらう」
その依頼を受けることにしたレギアス。返した書類には既に自分の名前が書かれており、返してすぐに彼は集会場を後にした。
「……ペテン師が。そんなに俺と戦いたくないのか」
外に出た彼はそう小さく呟くとすぐに町の外に向かって走り始めるのだった。
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