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第1-23話 悪意に近づく


 バルデスを撃退して三日が経過した。普段通りレギアスは冒険者組合に訪れ、アルキュスの稽古をつけていた。一日やそこらで二人の実力差が埋まるはずもなく、またゲロを吐かされ地面に倒れ伏したアルキュスを放ってレギアスは自分の依頼に出る。


 今回彼が受けたのはザルボの森での見回り。ヒュドラが出たことでまた何か起こるんじゃないかと予期した組合が出した依頼であった。ヒュドラを倒せる彼からしてみれば何とも温い依頼であるが、日銭を稼げるならば何でも構わない、というのがやはり彼のスタンスだった。


 手早く依頼の受諾を行って、ザルボの森に向かうべく町に出たレギアス。彼のことを太陽が燦燦と照らしており、町行く人々は思い思いに通りを行き交っている。まさに日常、いつもと変わらない一日の始まりである。


 しかし、三日前とは一つだけ変わっていることがあった。それは町の人々から声をかけられるようになったということである。


「おう兄ちゃん。今度はうちの店に食べに来てくれよ。うんとサービスするぜ!」


「兄さん、今度うちの店をのぞきに来てくれよ。魔道具の一つや二つだったら仕入れておくからさ!」


「お兄さん、良い果物が入ったんだよ。一つ持っていきな!」


 投げられた果物を掴みながらレギアスは通りを進む。先日の一件が人づてに広まってしまい、レギアスは『横暴な冒険者を追い払った正義の冒険者』というふうに受け取られてしまったのだ。本人からしてみればやかましいウドの大木を蹴散らしたに過ぎないし、ハッキリ言って鬱陶しいと思っているのだが、所詮は噂。放っておけばそのうち収まるだろうと考えていた。


 町の人々に声を掛けられながら、ようやく町の外に出たレギアスはザルボの森に向かうべく走り出そうと一歩を踏み出そうとした。が、その一歩目が踏み出された直後、彼の足が止まり周囲をキョロキョロと見回し始めた。


「どうした? 虫でも飛んでたか?」


「……いや、何でもない」


 その様子に門を守る衛兵が声を掛けるが、レギアスは端的に答えを返す。


「そうか、気を付けてな。闘技場の英雄!」


 そんな彼の様子に本当に心配いらないのだと判断した門兵は彼を送り出す一言を掛けると、自分の仕事に戻る。


 心配ないと言いながらも未だに妙な違和感を覚えていたレギアスだったが、確証も得られないことだしあまり気にしても仕方ないと考えると彼は改めて森を目指すべく、一歩目を踏み出して走り始めるのだった。


 そして森に到着したレギアスは、森で何か不審なことが起こっていないかを調べるために森の中を歩き始める。森にはヒュドラが暴れた傷跡が深く残っていたが、それ以外には特に変わった様子はなく平和そのもので、先日来たときにはいなかった小動物がうろうろしてる程であった。


 だが、森自体に問題はなくてもレギアス本人にとある問題が降りかかっていた。


(視線を感じる……。誰か遠視で見てやがんな)


「……チッ、イライラするなこの視線」


 町を出たときから視線を感じるようになっていたのだ。それもその発生場所がまったく割り出せないのだ。町の中で感じなかったのは、町の中ではできなかったのか、それともする必要がなかったのか。そんなことは彼にとっては別にどうでもいいことだったが、この視線が外に出続ける限り続くというのはかなり気分が悪いものだった。


 口元に手を当てて、この視線の主を探る方法を考えるレギアス。しかし、彼には魔力がなく、魔法に頼った探知は出来ない。おまけに魔道具の一切もなく、視線を探るのは困難を極めることになる。


「……行けないこともないな」


 しかし、レギアスは見つけられると判断した。改めて視線について考えたところ、明らかに町を出た直後と、今では視線の強さが違うのだ。通常の人間には不可能、ましてや探知に特化した魔法使いでも感じられるか怪しいほどの微かな違いだろう。


 だが、レギアスの第六感はそう告げていた。そしてこの視線が強くなる方向に行けばこの主に出会えることも教えてくれていた。


 この直感に従って間違いがなかったことを知っているレギアスはこれまでにないほど素直に歩を進め始めた。わずかな視線の強弱に全神経を集中しながら歩き続けると、それにつれて僅かにではあるが視線が強くなっていく。


 モンスターの妨害なぞ気にも留めずに、歩みを進めていったところでザルボの森とは違う森に近づいていく。もし視線の主が根城にしているならこの森だろうとレギアスが考えた次の瞬間。


「ついに尻尾を出したな。この俺を見物したいなら金を払え!」


 レギアスに浴びせられていた視線がフッと消えてしまったのだった。視線が消えてしまい、追跡が出来なくなってしまった。普通ならばそう考えるかもしれないが、レギアスは違う。視線が消えたということはやましいことがあるということであり、森に近づかれたくないということである。つまり、視線の主はこの森にいる可能性が高い。


 すぐにその結論に至ったレギアスは、森の中をくまなく探すために全速力で走り出す。魔法で逃げようとすればその変化には気づくことが出来る。自分の感覚を信じて猛烈な勢いでレギアスは森の中を進んでいった。


 そして彼は違和感のある場所に辿り着いた。木が生えていない、少し開けた空間であるはずなのに空気が淀んでおり、その流れが微妙に景色とズレている場所。ここに何かがあるのだと察したレギアスは早速その場の探索をするべく足を踏み入れた。


 彼の予想通り、その空間には認識阻害の魔法による結界が張られており、レギアスが足を踏み入れた途端、その向こうの空間が見えるようになった。


 そこにはこじんまりとした小屋のようなものが立っており、手のほとんど入っていない森にしては不自然なものであった。だからこそ、視線の主がこの小屋にいたことを証明している。


「足跡は……、男女がそれぞれ一人ずつか。それ以外の足跡は特になし」


 中を探索するため、扉を蹴り飛ばさん勢いで中に侵入する。


「ついさっきまで誰かがいたな。男と、女か。だが、外の女の足跡と大きさが違う。てことはここに立ち入ったのは男が一人と女が二人か」


 小屋に残っているわずかな痕跡から状況を推察するレギアス。しかし、残っている情報がわずかである以上得られる情報には限りがある。小屋の中からはその程度の情報しか得ることが出来ないまま、彼は小屋から出るのだった。


 小屋全体から発せられる嫌な感じにレギアスは眉を顰めながらももうこれ以上ここでは何もできないと理解して小屋を立ち去ろうとする。結界を抜けて、もとのザルボの森に戻るために走り出そうとした。


 次の瞬間、彼の背中に刺すような視線を受けた、レギアスは思わず戦闘態勢を取り、その視線の先に殺気を飛ばした。


「誰だ。三秒以内に出てこないと敵とみなす」


 彼が声を張り上げながら視線の先にそう問いかけると、慌てたような素振りでヒナが飛び出してきた。


「わっ、わわっ! ご、ごめんなさい! ついモンスターかと思って!?」

 

 両手を上げて無害アピールする彼女に殺気を引っ込めたレギアス。戦闘態勢を解除すると今度は彼女がなぜここにいるのかを問いかける。


「なんでこんなところにいる?」


「あの、うちの人が町にいづらくなっちゃってしばらくここで生活するって決めたらしく……。それで私も」


「それでここにか? やっぱり頭に栄養行ってないノータリンらしいな」


 レギアスはそんな手段を取ったバルデスを、自分でも同じことをしたであろうことを差し置いて批判する。だが、レギアスは別に彼になど興味はない。さっさと話を打ち切ってザルボの森に戻ろうとする。


 その時、レギアスは周囲の臭いでも嗅ぐようにスンと鼻を鳴らした。その行動に不信さを覚えたヒナが声を上げる。


「あの、どうかしましたか?」


「いや、臭うなと思ってな」


「えっ、やっぱり臭いですか!? 水浴びもまともにできてないから……」


 彼の言葉に反応したヒナは自分の臭いを確かめるように鼻を身体に這わせていく。が、レギアスからしてみれば全く見当違い。


「違うそうじゃない」


 首を振ってザルボの森に足を向けたレギアスはヒナを指さしながら口を開く。


「ウソの臭いがするってだけの話だ。気にしなくていい」


 そう言うとレギアスはザルボの森に戻っていった。


 残されたヒナはそんな彼の背中を感情の籠っていない空虚な瞳を細めながら見送ったのだった。



 ここまでお読みいただきありがとうございました!


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