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第1-18話 印を持つ者の違い

 とっとと今日の報酬を確認して寝ようと考えたレギアスは出口に向かって歩く。集会場も既に半閉店状態なのか、冒険者はおらず当直のものが受付で船を漕いでいる。静けさの漂う集会場では地面のきしむ音が嫌でも響き、空気を震わせる。


 そんな静寂の中、空気を切るような音がレギアスの耳に届いた。不思議と興味を惹かれた彼はその音のする方向に歩み寄っていく。


 辿りついたのは昨日、アルキュスと模擬戦を行った訓練場。そこでアルキュスが木剣を持ち素振りを繰り返していた。訓練場に顔を出したレギアスに気づくことなく素振りを繰り返している彼女は病み上がりにも拘らず、相当長い時間素振りを繰り返しているらしく、顔は汗まみれで服にはかなりの大きさの汗染みを作っていた。


 彼女の素振りを黙って見詰めていたレギアス。しばらくの間、続いた不思議な時間だったが、彼女が汗を拭ったところでようやく彼の存在に気づく。


「なッ!? い、いつからそこに!?」


「少し前だよ。いい剣の振りだった」


 しゃがみこんだ体勢のまま、アルキュスの問いに答え称賛を浴びせるレギアス。そんな彼にアルキュスは不信がった目を向けながら汗を拭うと、剣を腰元で落ち着かせた。


 そして、小さく息を吸うと意を決したように口を開き、彼に問いを投げた。


「あなたは……、どうしてそんなに強いの」


「あん?」


「アルが十九で、あなたがが二十二。年は大して変わらない。なのに絶望的なくらいの差。一体何が違うの?」


 彼女の中で昨日からずっと渦巻いていた問いだった。模擬戦では剣を当てることすらできずに弄ばれ、ヒュドラとの戦いでは自分は逃げることしか出来なかったのに、彼は無傷のままに倒してしまった。一体何が二人の間にあってここまでの開きが出来たのか。その答えにどうしても彼女はたどり着けずにいた。


 そんな彼にレギアスはなんの躊躇いもなく答えを返す。


「あ? んなもん場数に決まってんだろ」


「ば、場数?」


「十歳の時から三千戦。それがどういう意味か分からんパッパラパーじゃ奴じゃねえだろう? お前がこのレベルに辿り着くまでにどれほどの努力をしたのかは知らんが、俺だってやってきてる。密度も数も、そこらの冒険者とは比較にならないレベルの中を揉まれてきた。それが闘技場から出てきたらコロリと負けるなんて洒落にもならんわ」


「場数の差……。たったのそれだけ?」


「当たり前だ。まあ、それ以外に強いてあげるとするなら……、まあ才能だろ、才能」


 至極当然の答えかのような口ぶりで話すレギアスにすっかり毒気を抜かれてしまったアルキュスは殺気混じりの緊張感を解き小さく笑い始める。


「プッ、アハハハハ」


「何がおかしい? それとも毒のせいで頭をやられたか?」


 突然笑い出した彼女にレギアスは眉を顰めたが、それでも彼女の喜色は消えなかった。


「そんな答え、思っても見なかったから。場数と才能ね。だったら同じく勇者印を持つアルが場数を踏めば追いつけるってこと?」


「どうだろうな。お前と俺ではそもそもの()()()()()かもしれん」


「それじゃさっき言ったことと矛盾してる。ムカつく」


 そう言ったアルキュスは徐に自分の荷物のそばに剣を置くと、レギアスのもとに歩み寄った。そしていきなり頭を深々と下げ感謝の言葉を紡いだ。


「命を救っていただいてありがとう。この御恩は一生忘れない。アルに出来ることであればなんでも協力させて」


 感謝の気持ちを伝えたアルキュス。同時に彼女はさらに言葉を続けた。


「それとお願い。私を弟子にしてほしい! 貴方みたいに何が来ても動じないくらい強くなりたい」


 彼に対して弟子入りを懇願するアルキュス。既に彼女の中でレギアスは憧れ、いや崇拝すべき存在、もしかしたらそれすらを通り越したものへと変化していた。そんな人物に師事しその技術の一端でも見に付けることが出来るのであれば彼女にとってこれほど素晴らしいことはなかった。


 そんな彼女の懇願に対してレギアスは。


「断る」


 その申し出を断った。


 断られたことで言葉を失ってしまうアルキュス。ダメなのかと思ったのも束の間。だレギアスの言葉はそれで終わりではなかったらしく、彼はさらに続けて言葉を発する。


「俺は弟子が取らない。俺に稽古をつけてほしいんだったら声を掛けろ。その時の気分が良かったら稽古をつけてやる」


 そう言うとレギアスは話は終わりだと言わんばかりに踵を返して歩き始めた。照れ隠しにも見えかねないその行動であったが、レギアスとしては単純に疲れたから帰って寝たい程度の考えの行動であった。


 だが、そんなことは関係ない。アルキュスとしては稽古をつけてもらえるという歓喜の感情に飲み込まれ、そんなことを考える暇すらなくほぼ身体の赴くままに、彼の背中に頭を下げていた。


 集会場の外に出たレギアスは、先ほどの彼女の姿を父親の姿を頭の中で重ね合わせていた。


「生真面目で義理堅いのは親の血なのかね……」


 そう言いながら彼は宿に向かったのだった。










「あれ、アルキュスちゃんは? レギアスの奴は?」


 そしてアルキュスも帰って静けさを取り戻した集会場に、うたた寝こいて取り残されたマリアの声が響くのだった。

































 時はレギアスがヒュドラを討伐した少し後まで遡る。彼がその場から立ち去った後、ヒュドラの死体に寄り添うようにして何者かが現れる。ヒュドラの死体の状態を確認するかのようにしゃがみこんで鱗を小さく撫でた。


 しばらくそれを続けていたその人物だったが後、徐に立ち上がると小さな声で魔法の詠唱をする。


空間跳躍(テレポート)


 その言葉が力を持ったその瞬間、彼とその人物の姿はその場から瞬く間に姿を消して距離の壁を超えて跳躍した。


 一瞬のうちに移動したその人物が辿りついたのは薄暗い森の中にザルボの森から少し離れた場所にある森に立てられた建物であった。その建物の前にヒュドラの死体を置いた彼はそれに処分するため、火をつけて燃やし始める。燃料をかけたわけでもないのに煌々と上がる炎は、瞬く間に死体を燃やし尽くした。


 死体が灰になったのを確認した彼は建物の中に入る。すると彼のことを女の高い声が出迎えた。


「お疲れ~。どうだった、さすがにヒュドラを送り込んだんだから百人単位で数は減らせたでしょ?」

 

 軽い口調で問いかける彼女に対して男の方は重めの口調で答える。

 

「いえ、それどころか送り込んだ森で殺されていました。恐らく一人して殺せていません」


「え、嘘!? そんな奴が今のハイルデインにいたの!?」


「え、見事なものでした。首を絡ませて動けなくなったところを心臓を抜き取り討伐。ヒュドラの首を絡ませるなんて正気とは思えない実力だ」


「あの町には確か勇者印を持った小娘がいたわよね。そいつがやったのかしら?」


「いえ、あの女にはまだそんなことが出来るような実力はないでしょう。というよりヒュドラを倒せる実力すらありません」


 想定外の事態に饒舌になる二人。推察を深めながら会話を続ける。


「もう一人、ヒュドラを倒せるほうをわざわざ俺たちが出した依頼で遠ざけて、その間にヒュドラを送り込む作戦だったんだったのですが……。一体何者でしょう?」


「それじゃあ辞めるの? せっかくここまで進めてきたのに?」


「まさか。ここまで来てそんなことあるはずありません。もうすぐ引き離してた奴らがが町に戻ってくると報告が入っています。そしたら頃合いを見て攻撃を開始します。貴方も準備を忘れぬよう」


「それこそ誰に物言ってるのかしら。ヒュドラを倒した程度で喜ぶような連中に私が負けると思ってるの?」


「……あなたには余計な心配でしたか。それじゃあ、来るべき日までゆっくりと休んで」


 そう言うと男は背を向けて建物から出ようとする。が、そんな彼の進行方向を銀色の鱗粉のようなものが阻んでいた。


「……なんでしょうこれは?」


「私に休むなんて選択肢があると思ってるのかしら? ほら、早くこっちに来て私を楽しませなさい」

 

 ん、と首を傾げながら両手を広げる女。男にそれを拒む勇気はなかった。


「そうなっちゃうんですか……。わかりました、仰せのままにお姫様(プリンセス)


 両手を広げながら待ち侘びる表情を浮かべている女の手のうちに収まるため、男は少し疲れたような表情を浮かべながら歩み寄っていく。ゆっくりと跪くと彼女の胸元に静かに収まり、身体を委ねた。


 そうして夜は静かに、しかし着実に更けていくのだった。



 ここまでお読みいただきありがとうございました!


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