第1-14話 一蹴
レギアスを殺すべく、九本の首をまるで鞭のように振るい襲い掛かるヒュドラ。まともな人間であればその嵐のような攻撃に瞬く間に飲まれ物言わぬ肉塊となりヒュドラの糧になっていただろう。
だが、レギアスはまるで次にどの首がどのように動くかが分かっているかのように最短距離をついて躱していく。森の木々も利用し、三次元的に動く彼を九本も首があるのにヒュドラは捉えることが出来ない。おまけに回避するだけでなく、ところどころで首に拳や足による肉弾戦を叩きこむという防御一辺倒でない玄人っぷりであった。
しかし、それでは足りない。ヒュドラの硬い装甲を破るには拳や足の肉弾戦では威力が足りない。重量のある鈍器でもあれば話は変わってくるのだろうが、今の彼にそんなものはない。
かといって剣での鋭い一撃は傷口が瞬く間に再生されてしまう。今のレギアスの手段では決め手がない。
だが、そんな状態でレギアスが戦いを挑むはずがない。闘技場でのヒュドラとの交戦経験からどのような戦い方が有効で、どうすれば倒せるのかを彼は熟知している。だからこそ、一人で戦うという選択肢が取れたのだから。
一度距離を取って呼吸を整えたレギアスは再度ヒュドラとの間合いを詰める。ひらひらと躱すレギアスにいい加減鬱陶しさを感じ始めていたヒュドラはここらで仕留めようと先ほど以上の猛攻を繰り出した。
だが、それでもレギアスを捉えることが出来ない。締め付けようととぐろを巻けば跳び上がって首の上を走られ、噛みつこうと口を出せばいなされる。かといって巨体で押し潰そうにも纏わりつくよう、すばしっこくに動いているためになかなか狙いがつけられない。
徐々にヒュドラはその攻撃に別の意図を感じ始める。完全におちょくられていると感じたヒュドラは怒りのボルテージを上げ、さらに攻撃を激しくさせる。だが、その動きは怒りと比例し徐々に単調な物へと変化していき、レギアスにとっても読みやすいものへと変化していった。
狙い通りに事が進んでいることに、レギアスは思わず小さく口角を上げる。しかし、ヒュドラの討伐方法はここからが本番である。
レギアスの動きがさらに変わり、ヒュドラの首の周りをすばしっこく動き回るように動きを変化させる。その小回りの利いた彼の動きにヒュドラ同士の首がぶつかり、ぎこちなさが生まれ始めた。
「行くか」
短く呟いたレギアスはさらに素早さを上げる。ヒュドラの首、その一番先の首の口を掴むとそれを引っ張りながら別の首に近づく。当然、それを迎撃すべく別の首が伸びてくるが、それを躱し別の首の間をすり抜けるように動き、さらにはとぐろを巻いて輪になった場所を通り抜ける。
するとヒュドラの首がまるであやとりの様に複雑に絡み合った。一瞬ヒュドラは何が起こったのかが分からず硬直する。
だが、自分の身体がどのようになっているかが分からない生物は少ない。そしてそれを解決できない生物もまたいない。自分の首が絡まったのだとすぐに理解したヒュドラは自分の首をほどこうと自分の身体を動かし始めた。
だが、レギアスがそんなことを許すはずがない。絡みつかせた張本人は初めて背中の剣を抜き放つとそれで絡み合った首の一部に突き刺した。
その突き刺したところというのはなんと絡まりの核ともいえるべき場所。レギアスがその場所に狙って突き刺したことでヒュドラは首を解けなくなりもがいて首を小さく動かすことが出来なくなってしまう。
「相変わらず激昂すると首の制御が効かなくなるな。まあ、怒るように仕向けたんだが」
ヒュドラを半分無力化し制圧したレギアス。しかし、まだこれで終わりではない。ヒュドラを倒して初めて町に迫る脅威というのは解決するのだ。
ヒュドラの胴体に歩み寄るレギアスは懐からナイフを取り出した。彼が闘技場から立ち去る際にギレンに投げつけられたもの。
それを逆手に握ったレギアスはそれを胴体に突き刺して一気に切り裂いた。それと同時にそこに手を突き入れた。
「お前の再生能力は心臓が起点だ。心臓が身体から離れた時点でその能力は失われる」
しばらく胴体に腕を突き入れていたレギアスが腕を引き抜くと、そこには身体から離れてなお鼓動を続けるヒュドラの心臓が握られていた。同時に腕がコルクのような働きをして塞がれていた傷口から噴水の様に血が噴き出し、彼の身体が真っ赤に染まっていく。
心臓が抜き取られたことで苦しみにのたうち回るヒュドラ。既に身体に力はなく、もがいていた首もピクピクと小さく動くのみである。最早戦闘能力はほとんどない。
ほぼほぼヒュドラを制圧したレギアスは心臓を片手にしながら絡まった首に近づき、楔として撃ち込まれていた剣を一気に引き抜いた。
その瞬間、ヒュドラの首が一斉にレギアスに襲い掛かる。最後の力を振り絞り目の前の存在と同士討ちになるために。油断の生まれやすい討伐した直後というものを本能的に感じとったヒュドラに取れる最後の手段であった。
だが、ヒュドラを討伐したことのあるレギアスがそのことを知らないはずがない。故に油断などしておらず、襲い掛かってくるヒュドラの首を冷静に見据え続けていた。同時に剣を振りかぶり迎撃の体勢を取った。
次の瞬間、レギアスは剣を一呼吸のうちに三振りする。その三閃のうちに九本の首がほぼ同時に斬られ重い音を立てながら地面に落下した。
だが、ここでヒュドラにとっての幸運が訪れる。首を斬られたときに運よく切れた毒腺から飛んだ毒液がレギアスの頬に付いたのだ。ごく微量であっても人間を殺すことの出来るその毒は、触れただけでも人を苦しみに陥れることが出来る。
しかし、同時にヒュドラには不幸も降りかかっていた。レギアスというヒュドラの討伐経験のあり、毒の対処の方法を知っている存在そのものは不幸の象徴と言って間違いないものだ。
剣に付いた血を振り払い、背中に鞘に抑えながらレギアスはもう片方の手に握った心臓にかぶりついた。血にまみれでヒュドラの死体を傍らに心臓を貪る彼のその姿は恐ろしく鮮烈で、まるで獣のようであった。
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