第3-39話 再誕、そして数年後
自らの力を覚醒させ、レギアスは魔王の身体で世界を乗っ取ろうとしたマルスを倒した。だが、まだ彼のやるべきことは終わっていない。
魔王の肉体、および魔王の消滅を確認した彼は王城に足を踏み入れる。だが、歓喜に打ち震え大騒ぎの町とは違い、そこは嫌な静けさに包まれていた。
そしてその原因は明確である。
悲しみの最も強い場所を追って玉座の間の扉を開けたレギアス。鼻をすするような音がわずかにするそこに何かを囲むようにして輪を描いているオルトランドたちがいた。
レギアスが入って来た途端、彼に視線が集中する。輪の中心にいたハインドラは彼に気づくと、跳ねるように立ち上がると、一気にレギアスに駆け寄り胸倉を掴んだ。
「どういうことだ! 俺たちのマリアが死んだ! なんでお前ほどの実力者がいながら守れなかった!?」
そう輪の中心にいたのはレギアスを復活させる際に命を落としてしまったマリアであった。全身傷だらけでありながら、満足そうに穏やかな表情を浮かべながら冷たくなっている。
飛び出していった妹が帰って来た時には死人となってしまったのだ。彼が怒るのも当然。王族であり、彼女を身を案じていた彼らが後を追わせなかったのも、レギアスという特大の戦力が彼女を守ってくれるという信頼があったから。ハインドラたちはその信頼を裏切られたような感覚を覚えていた。
怒りのままに首を締め上げる彼であったが心の内では分かっている、どうしようもなかったことは。
彼がどうにもできなかった相手を前にして、人を守りながら立ち回るなど出来るはずもない。これはマリアが彼について言った時点で避けられない結末だったのだと。
分かっている、が、それならこの怒りは一体どこへぶつければいい。その葛藤が彼を苦しめていた。
「やめろハインドラ! 彼に責任は無い!」
オルトランドはそんな彼に薬を投じる。眠っているマリアの顔を愛おし気に撫でる彼が死を悲しんでいないはずがない。それでも彼は声を上げた。
「この結末は、この子がここを飛び出して言った時点でありえたことだ。分かっていて放任していた我々にも責任はある。その責任を彼一人に押し付けるのは酷というものだ!」
「しかし、父上……。でしたらこの怒りはどこへぶつければいいのです……」
涙を流しながら問いかけるハインドラ。この怒りを吐き出さなければ彼の中で収まりがつかない。
そんな中、輪の中で静かに様子を窺っていたリーヴェルが勢いよく立ち上がった。
「……私にぶつけなさい」
「何?」
「私があの子についていくようにそそのかしたの。だからあの子が死ぬ原因を作ったのも怒りをぶつけられる責任があるのも私なのよ……」
その言葉に王族連中の怒りが溢れ出す。彼らほどではないがヴァイスたちの怒りも高まりすべて彼女に向こうとした。
だが、彼女は少し隠していることがある。確かに多少そそのかしもしたかもしれないが、最初についていきたいといったのはマリアである。決断したのは彼女であり、リーヴェルは彼女が死なないように手を尽くしていた。イレギュラーによって破綻はしたもののそのことは決して間違いじゃない。
そんな彼女にすべての怒りが向こうとした時。
「カァッ!!!!!」
レギアスが大きく叫んだ。その声に一瞬怒りが霧散したその瞬間を縫って、彼は再び声を上げる。
「そんな下らん怒りなんぞぶつけてそいつが生き返るわけでもない。そいつは喜びの感情にでも変えておけ」
理解の言葉を吐いたレギアスに困惑する面々。だが、彼の言葉に怒りを生む要因があった。マリアが死んでいるこの場所で喜ぶことなどできるはずがない。ハインドラの中で再び怒りが燃え上がる。
「貴様ッ……、不遜な言動もいい加減に……」
胸倉を掴む力をさらに強める彼であったが、レギアスは意に介することもなく。彼の手を掴んで引き剥がすと再度言葉を編む。
「まだ終わってない。ちゃんと考えてあるから俺はここに戻って来たんだ」
短距離転移で抜け出すとマリアの死体に向かって歩き始めた。
その歩みに身を任せるように人の輪が開いていき、レギアスとマリアの間に一本道が出来上がる。
その中を悠然と進み、彼女のそばで立ち止まった彼はしゃがみ込むと彼女の髪をサラリと撫でた。彼女の状態を確認するかのように。
「まだいけるとも。勇者の俺なら」
小さく呟いた直後、レギアスの中から迸る魔力が溢れ出し始める。王城の外から見てわかるほどの濃密で大量の魔力。人々を包み込み温める優しい力。溢れ出したそれが大きく広がったかと思うと、レギアスに集まっていく。
「魂の帰還」
そして彼は、王国中の魔力を集めてなお届かない、その大量の魔力全てを使い切るように魔法を発動する。
指をマリアの額に当て、彼女の身体を魔法で包み込む。直後彼女の身体が光り始め、身体に残る傷がみるみるうちに回復していく。
しかし、周りの者たちは思う。傷を治したところで――、と。普通の感性ならその反応もおかしくない。一般的だ。
しかし、何度も言うが目の前で力を振るったのは普通の存在ではないのだ。勇者という人類の守護者であり、異端かつ強大な力を持つ存在なのである。
「ん……」
広間に微かに響いたか細い声。一体誰の声だと思ったのも束の間。
「え!? なんで生き……? ていうかあの男は!?」
がばっと勢いよくマリアが起き上がった。自分が死んだことを自覚していた彼女は、死人が生き返ったという異変に驚きながらも真っ先にマルスたちのことを伺う。
だが、直後それどころではなくなる。
「ギャアアアアアア!?!?!?!?!?」
死んでいたはずの人間がいきなり起き上がったのだ。広間の人間が余すところなくパニック状態になり悲鳴を上げる。
「ああっ、王様気をお確かに!?」
中でもひどいのは王族連中。オルトランドは生き返った興奮やら理解できない現象やらで感情の昂りすぎで気絶し、頭から地面に倒れこんだ。間一髪でアルキュスが支えたが、白目を剥いてぐったりとしている。
ハインドラは驚きすぎでなぜか廊下に駆け出していった。直後響く廊下から窓の割れる音と彼の名前を呼ぶ声がした。驚きで彼が何をしたのかが容易に分かる。
リーナは歓喜の涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら赤の他人にレギアスと言いながら抱きついた。離れさせようとするが、どういう力で抱きついているのか全く引き剥がすことが出来ない。
マリアの蘇生を皮切りに大パニックに陥った玉座の間。誰もが混乱する中で、冷静さを保っているマリアとレギアスの二人は顔を突き合わせた。
「あ……、えっとその……」
生き返ったことを認識し、目の前のレギアスに気づいたマリア。彼女が何を言えばいいのかと言葉を濁しているとレギアスが彼女の鼻を力いっぱい摘まんだ。
「答えろ、なんであの魔道具のことを言わなかった?」
「い、言ったら止められるかなと思ったのよ……。命がけだったしそのために渡されてた魔道具も壊されちゃってたし……」
マリアは身体を縮こまらせながら彼の問いに答える。鼻の痛みが強くなるのを感じながら、次は拳が飛んでくるかもなどと思いながら彼女はぎゅっと目を瞑った。
「まあ、お前のおかげで俺は本当の力を取り戻せたし、お前を生き返らせることが出来た。それに免じてこの鼻の痛みだけで許してやる」
だが、それ以上の痛みが来ることはなく鼻から手が離された。彼らしくない思いやりのある言葉に彼女がキョトンとしているとレギアスはさらに言葉を続けた。
「お前がいなかったら俺はあいつを倒せなかった。そのことは本当に感謝してる」
彼の口から溢れる感謝の言葉。更に言葉は続けられる。
「お前のおかげだ。ありがとう」
真っすぐに告げられた感謝の言葉。煽りの言葉もなく瞳を見つめての真摯な言葉にマリアはむず痒さを覚える。いつも口を開けば皮肉か罵倒かといった感謝の言葉はひどく違和感があり、それでいて暖かった。
「ま、まあ私が優秀だからね。受け取ってあげるわ。あんたの感謝の言葉をね」
混乱で誰も二人の空気に気づかない中、二人は見つめ合いながら小さく笑みを浮かべるのだった。
勇者レギアスの尽力によって魔王、およびその力を悪用しようとしていたマルスは討伐され、十数年にわたる因縁に決着がついた。
それから約一年が経過し、魔王の侵攻によって破壊された街々の復興が落ち着きを見せ始めていた。
人間と魔族の戦争の火種であったマルスがいなくなったことで、戦争をする必要のなくなった双方は、人間側はオルトランド、魔族側がレギアスの号令によって戦争は終結の兆しを見せた。
だが、十数年続けて深く刻み込まれた溝はそう簡単に埋まるものでもない。激しい戦いにはなっていないものの、未だに冷戦状態が続いていた。
「おー、久しぶりだな。この町に来るのも」
そんな中、国を守る勇者の地位から解き放たれたヴァイスはジコルの町を訪れていた。勇者の地位から離れた彼ではあるものの、その力は未だに健在であり、あの戦いの混乱の中生まれた盗賊などを拿捕する王国軍直下の戦士として活躍している。
本来の位置である、人間領と魔族領の境目の町となったジコルの町は一年足らずでほぼ元通りの形に取り戻されており、魔族と人間が入り乱れる活気を見せていた。
そんな彼をリーヴェルは出迎える。
「いらっしゃい、ヴァイス」
「よう、リーヴェルさん。遊びに来たぜ」
今回彼がこの町を訪れた目的の一つは復興状況の確認である。今回の戦いで正式に王国の土地となったこのジコルは、魔族との交流の最前線と化しているこの土地となっており、王国にとって最重要と言える場所となっていた。
「それにしてもここは相変わらずだな。他は前みたいに魔族がいつ襲い掛かってくるかってピリピリしてるってのに」
ヴァイスが茶をすすりながらジコルの雰囲気を語る。ここに来るまでに彼はいろいろな町を見てきたが、魔族領との境に近づくにつれて空気が張り詰めてくるものだった。
だが、この町は違っている。魔族と人間が同じ場所にいても全く嫌な雰囲気が出ないのだ。もちろん初対面特有といったような緊張感は出るが、それでも殺気じみたようなものは一切存在していなかった。
「まあ、人間と交流したい魔族はまずここを訪れるから。治安がいいのは当たり前と言えば当たり前よ」
お互いに交流したい人物が集まるという性質上、この町の興業も僅かに変化を遂げた。今までの興業の中に魔道具の研究生産が含まれるようになったのだ。魔族と人間、異なる考え方、異なるアプローチ、異なる魔力性質によって生まれる研究成果は凄まじく、この町は魔道具生産の最前線となっていた。
「まあ、お互いのことを良く思わない連中もいるわけだけど……、この町の戦士は少数精鋭。王国の精兵にも負けない実力派だからか、なんの問題もないわ」
彼女が要する警備部隊には、魔法研究のためにこの町に移ってきたエルロアや魔族屈指の力を持っているドルガナ、勇者印を刻まれる才能を見出され、リーヴェルの弟子となったヒナなどがおり、その力は悪意持つ集団が裸足で逃げ出すレベルであった。
「だろうな。さて、俺はそろそろエルロアの奴に会いに行くよ。ごちそうさん」
彼女の話を聞いたヴァイスは腰を浮かせると目的の一つであるエルロアに会うためにその場を立ち去ろうとする。彼女に背を向け、歩き出そうとしたとき彼はふと思い出す。
「そういえば……、レギアスは今どうしてるんだ?」
彼の問いにピクリと震えたリーヴェルは、大きく溜息をつくと問いに答える。
「相変わらずよ。この町のことを私に任せて、世界中旅するって言ってそれっきり連絡も無し。この町はあの子のものなのにね」
リーヴェルは呆れたように呟く。実は本来この町は彼女ではなく、レギアスに与えられた土地である。この町自体、両種族に間口が開かれているのは、『争うことは止めはしないが、交流したい変わり者に交流の機会を与えたい』という理念があっての事である。
だが、そんな理念を掲げた張本人はリーヴェルに統治を押し付け、旅に出てしまっている。何と無責任な話しであろうか(その代わりと言わんばかりに大量の物資が町に届くのはよかろう悪かろうなのか)。
「相変わらずだな。その自由っぷり」
彼女の話を聞き、ヴァイスは同情するように苦笑いを浮かべる。旅先でもいつも通りの振る舞いをしているのが想像つく。
姿なきレギアスを想像するヴァイス。そんな彼にさらにリーヴェルは情報を付け加えた。
「そういえば、国王陛下に伝えてもらえるかしら? マリア様もご息災だって」
彼女の言葉を聞き、ヴァイスはサムズアップをしながら笑みを浮かべるのだった。
「――へくしゅ」
「なんだ風邪なんてひくなよ。面倒だからな」
「分かってるわよ。早くしないと次の町に着けないわよ」
「こちとらお前に速度合わせてんだよ。さっさとしねえと置いてくぞ」
軽口を叩き合う二人は、足並み揃えながら草原を進むのだった。
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