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第3-38話 最終決戦


 すべてをかけた戦い。激しさを増すそれに王都の人間は必死に祈ることしか出来ない。


 先ほどのようにあえて力を誇示するためセーブすることなく、その巨躯に見合った暴虐の限りを尽くすマルス。その巨大な肉体を振るって暴れるだけでなく、魔法によって暴嵐や雹、果てには火焔すらうねり狂う地獄絵図を作り出していた。


 そこまでしてもなお、レギアスには一切の傷をつけられずにいた。召喚獣に、本体を補助し攻撃にも参加する浮遊する盾片(シェルビット)、防御・回復において最高クラスの力を持つ聖域(サンクチュアリ)によって今の彼は鉄壁を誇っていた。加えてそれらを支える無限の魔力。これを破るのは魔王の力であっても至難の業であった。


 なおかつ、レギアスはその鉄壁の間を縫うようにして反撃を繰り出し続けていた。類まれなる剣技による斬撃、暴れ狂う魔力を力押しと技巧で貫く魔法、召喚獣に備え付けられた魔法の一つ、盾で受けた魔法を倍にして反射する猛反撃カウンター・パニッシャーが魔王の肉体を確実に削り続けていた。


「ぐうううう!? 何故私が一方的に押されるのだぁ!? 実力は伯仲のはずだ!」


 傷一つすらつけることもできず、一方的に嬲られている現状に声を漏らすマルス。だが、レギアスにしてみれば当たり前の現象でしかない。呆れたようにため息をついた彼は彼の声に言葉を返す。


「だからさっき言っただろう。もはや力は互角じゃないと。剣の冴えは、魔力の高まりは本来生きてきた道筋以上の力だ。それにお前は力の使い方がそもそもなってない」


「なに?」


 レギアスの言葉にピクリと眉を震えさせるマルス。


「こういう一対一の、それも実力は拮抗している相手に広範囲に広げる攻撃は防がれやすい。出力を収束し、一転突破を狙うのがセオリーだ。それを何度も広範囲にばらまき、森林伐採、土木工事をすることしかできないなんて、まともに正面戦闘をしたことのない三流だと言っているようなものだ。その程度で世界を手にしようなんぞお笑いにも程があるわ」


 そんな彼の言葉にカチンときたマルスはさらに魔力を迸らせる。大地が裂けそうなほどの暴威を振るう彼はさらなる攻勢に出ようとした。


 だが、それはレギアスに対して愚作の極みのようなものだった。挑発に乗った形で攻勢に出たマルスの意識は攻撃に偏重している。防御への意識は薄くなっている。その隙を見逃す彼ではないのだ。


世界食い裂く竜の牙グラン・ド・ラゴン・ブレイカー


 今まで以上に強く踏み込んだレギアスは、魔法を発動しもう片方の腕に纏わせる。超硬圧縮した魔力で生み出された刃と剣を握り、彼は魔王の懐に入り込んだ。


 地面を踏み込み、右腕に飛びついたレギアスは両手の剣を振るった。まず先に本来の剣で右腕の付け根を斬り、魔王の身体に施された防御に綻びを作る。続いて魔力の刃を右腕の付け根に振るった。


 寸分のずれもなく振るわれたレギアスの剣。ただでさえ綻んだ魔法に、すべてを削り取る魔法がぶつかっては魔王の身体とはいえただでは済まない。


「グアアアアア!? 腕がァ!?」


 屋敷かと見紛うほどの太さの腕がスパリと斬り落とされ、その痛みでマルスは悲鳴を上げる。今まで幻惑で極力正面戦闘を避け、一方的に嬲ることを得意としてきた彼にとっては相当効いただろう。


「くうゥゥゥ……」


 だが、この一撃が彼の良くないスイッチを入れてしまったらしい。


「どれだけやっても貴様に勝てないというならば……、最早世界なぞいらん! 全てこの身を燃やし尽くし灰の砂漠へと変えてくれる!!!」


「二人称は君のはずだったろうが。とうとう化けの皮がはがれたか?」


「黙れェ! 貴様は必ず消す、消してやるぞ!!!」


 絶殺の奔流を垂れ流しながらマルスは吠え散らかす。子供の癇癪のように荒ぶる彼の姿は優雅を気取った今までのそれではなかった。


 直後、彼の中で渦巻いていた大量の魔力が超高速で回転を始めた。恐らくは残るすべての魔力を使い、自爆することでこの地を丸ごと吹き飛ばすのだろう。


 もしそうなれば被害はこの土地、この国程度では済まない。最低でも大陸一つが吹き飛ぶ。王都を囲う聖域(サンクチュアリ)も確実に崩壊させられる。国民はすべて塵となり、レギアスだって無事では済まない。


「こっちも全力で行かないと、か」


 着々と自爆の準備を整えるマルス。その巨躯は徐々に膨らんでいき臨界寸前と言いたげに内側から光が漏れ始めている。これを対処しようと思ったら全力を振るわなければならない。


究極魔砲(マキシマ・カノン)


 彼は剣を腰にしまうと魔法を発動する。剣の代わりに右手に握られたのは魔力で編みこまれた特大の大砲。極大の魔力を許容し、発射するための切り札の一つだった。


 それと同時に彼の元に集う浮遊する盾片(シェルビット)正義を纏う騎士竜レ・ギアス・イン・パラディナル・ドラゴン。後方に控えたその二つは、円形に陣を組み、巨大な羽を広げ牙の揃う口を開く。


絶極壊塵砲アルティメイタム・ブラスター!」


 そして高らかに宣言される魔法の名。珍しく声を張り上げ、止めの魔法を発動すると、右手の大砲に無限の魔力が次々と注ぎ込まれていく。背後の召喚獣は魔王にも負けない極高温の炎を口内に溜め、浮遊する盾片(シェルビット)は打ち出される予定の魔力を加速させるために円陣を組んだまま高速で回転を始める。


 それを見て、マルスはこう考えた。


 ――ありがたい。これまでにないほど好都合だ――


 レギアスの魔法はどう見積もっても発射までにあと三秒ほどかかる。その前に彼の魔力は臨界点を迎え、大陸を粉々に吹き飛ばす。半ば勝利を確信し、彼は喜びに打ち震えた。


 臨界に到達し、あとはほんの少し願うだけで爆発する。はずなのに。


(何故だ!? 爆発が起こらない!?)


 マルスは爆発することが出来なかった。爆発したいとは心の底から思っている。それこそ、生涯一番と言っていいほどの念力で。それでも最後の一押しが出来ない。まるで爆発を司る器官の()()()()()()()()()()()()()()()


 それが彼に許された最後の時間であった。


「――切り札は最後まで取っておくもんだな」


 いつの間にか魔王の直下に移動していたレギアスたちはポツリと呟くと、最後の魔法を発動すると、溜め込んだ魔力を一気に開放した――。














 そこからの事の進みは非常にシンプル。


 砲身から放たれた膨大な魔力と極温の竜の息吹。それらが合わさり、その上から加速された一撃は、山と錯覚するほどの魔王の身体を一瞬のうちに雲の上まで運んだ。


 それだけにとどまらない。雲を越え、空を割き、空気を貫いた魔王の身体は瞬く間に闇の広がる宙へと押し上げられる。魔法はさらに魔王の身体を大地から引き剥がしていき、空の彼方へと追いやった。


「この、バケモノメエエエエ!!!!!」


 その最中、マルスの口から生まれ出でた叫びは瞬く間に立ち消え、空へと昇って行ったのだった。


 それをしっかりと確認したレギアスは砲身への魔力供給を止めると、魔王の身体を凍らせていた()()の魔法を解除した。


 刹那、空の彼方に明るく輝く()が瞬く。彼の勝利を祝福するようなその花は暫くの間青空を照らした後、蝋燭のようにゆっくりと消えていった。


「だから言っただろうに。格が違うと」


 宙の彼方にて魔王が花開いたのを見届けたレギアスは、心の内に根差していた言葉をポツリと吐き出しながら戦闘状態を手に握られた大砲を霧散させるのだった。




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