第3-37話 希望の復活
――聖域――
目の眩む爆炎と、悲鳴の上がる王都でリーヴェルがその声を聞くことが出来たのは本当に偶然であった。
死を覚悟し、暴威を振るう火球を前に彼女は思わず心の中で祈った。特定の対象に向けるものではない。ただ必死に、初めて理由もなく生きたいと思った。それは本能。理性に依らぬ場所から生まれ出でた切なる願いであった。
その祈りが通じたように不可解な現象が起こる。いつまで経っても全身を灰にする暴威が彼女たちを襲わないのだ。周りを見渡しても自分だけが炎から逃れたというわけではなく、王都を襲った火球が障壁によって防がれていたのだ。
「な、何が……」
突然の事態に周囲を見回す面々。その中で一人気づいたリーヴェルが滂沱の涙を流し始めた。
「ど、どうしたんだ?」
彼女の様子に気づいたフィリスが声を掛けると彼女は涙混じりのか細い声を上げ空を指し示した。
「上に何か……? あっ!」
彼女の示すままに天を見上げたフィリスは、彼女の涙の正体に気が付く。それを見た他の面々も同じように天を見上げそして驚愕した。
「れ、レギアスだ!!!!!」
そこには純白の羽を背中から生やし、宙に浮くレギアスの姿があった。彼はマリアの身体を抱えながらゆっくりと降りてくる。
「き、貴様ァ!? 生きていたのか!」
「レギアス、あなた生きてたの!?」
マルスとリーヴェルから同じような声が上がる。誰もが予想していなかった参戦にマルスはかつてないほどの動揺を見せ、王都は歓喜に沸く。
「ああ、おかげさまでな。拾わされちまったよ」
問いに対する答えを投げ、レギアスは防壁に降り立つ。駆け寄ってくるヴァイスたちは雰囲気の違いをひしひしと感じ取っていた。
まず、彼に存在していないはずだった魔力が復活している、それも無限というとてつもない量を携えて。それはまるで
「あの魔王なる男と混じり合ったみたい……」
真髄を突いた言葉をエルロアは呟く。それを知ってか知らずか、レギアスは彼らに視線を向けるとコツコツと歩み寄っていく。
「あとは俺が相手をする。悪いがこいつを王城まで運んでおいてくれ」
「……そう。貴方たちのために……」
そしてマリアの身体を手渡した。受け取ったリーヴェルはマリアの様子から状態を察した。周りで見ていたヴァイスたちも伝播したように、悲哀の感情を漏らした。
そのことについて視線を向けた彼女らであったが、レギアスはフンと小さく鼻を鳴らすと自信のある声色で彼女らに告げる。
「大丈夫だ。ちゃんと考えてある。ともかく戦場に置いておくわけにはいかねえ。運んでやってくれ」
「そう、わかったわ。責任をもって届けるわ。その代わり、絶対に負けないで頂戴ね」
「当たり前だ。今は不思議と何と戦っても負ける気がしねえんだ」
そのレギアスの宣言を聞き終えたリーヴェルは王城に向かって移動を始めるのだった。
その背を横目で見送ったレギアスは改めて魔王とマルスのほうを向き直る。
「れ、レギアス! 俺たちにも何か手伝えることはあるか!?」
「ない。こっからの戦いはお前たちじゃ入ってこれねえ」
そんな彼の様子を見て、戦いが再開されるのだと感じたヴァイスたちは助太刀を買って出ようとする。が、きっぱりと拒否されてしまう。その忖度も、躊躇もない言葉にヴァイスたちはやはりレベルが違うのだと突きつけられたようで打ちひしがれた。
「――よく耐えてくれた。あと少し早かったら俺は何のために戦うのか分からないままだった。礼を言う。だからお前たちは後ろでゆっくり休んでろ」
しかし、次のレギアスの言葉で彼らは感動のあまり涙が零れるのを止められなかった。今までの努力のすべてが認められたようだった。
「ああ、わかった。来てくれてありがとう!」
「絶対に負けるなよ! 負けたら許さないからな!!!」
「ボクたちの分まで頼むよ!」
口々に声を上げた三人も王城へと引いていく。
最前線に残っているのはレギアスただ一人。彼は再び浮遊するとマルスに視線を合わせ向き合った。
「さて――、散々小馬鹿にしてくれやがったんだ。覚悟は出来てるんだろうな?」
直後、身体溢れ出す殺気と魔力。大量のそれに鬼神を見たマルスは全身の血液が下に落ちるような感覚に陥り、たらりと冷や汗を流した。
しかし、臆することは無い。こちらには彼と同じ力を持つ魔王の肉体があるのだから。
「ふ、フフフ。今さらその程度のことでこの私が臆するとでも? こちらには魔王の存在がある。いくらあなたが本来の形に戻ったとはいえ未だに互角。そこに私が加われば貴方であろうと必勝とはいきますまい!」
それを皮切りにマルスは右腕を突き出し攻撃態勢に入る。魔王の身体も同様に再び口内に炎を溜め始めた。
直後の出来事だった。マルスは視認できない何かに一瞬のうちに複数回殴打され、魔王は口内の炎を外的要因によって起爆され頭部がまとめて吹き飛んだ。
「な、何……」
攻撃によって体勢を崩したマルスは何が起こったのか分からず困惑の声を漏らす。思考が落ち着かないまま、レギアスのほうを見ていると彼の周りに鎧の一部のようなものが十個漂っていた。
「――浮遊する盾片。守りたいものを守るため、滅ぼしたいものを滅ぼすための俺の力だ」
浮遊していた破片はピタリと動きを止めると彼の身体の各部に付き、鎧に振舞う。
「お前は一つ勘違いしてる。今の俺たちと魔王の力は互角じゃねえ」
そう言いながら彼は両手の指を網のように組み、手印のようにする。
「二つに分かれたことでもう一つの力に頼ることが出来なかった俺たちの今の力は、本来以上に高まっている。お前一人加わったところで何の問題もないレベルにはな」
そう言い切ると、彼は全身から魔力を迸らせる。そして獲得した魔法を発動する。
「召喚・正義を纏う騎士竜」
直後、白い光を放つ天に穴が開いた。そこから羽を丸め降りてきたそれが羽を広げると、二足歩行体型の鎧を纏った竜の姿がいた。右腕には交差した二本の剣の意匠が刻み込まれた盾が備えられており、背に大剣が背負われていた。
「グオオオオオオオ!!!!!」
地上に降り立った天使のように神々しいその召喚獣は、レギアスの背後で浮遊すると耳をつんざくような咆哮を上げた。
これから始まる次元の戦いを前に自分の士気を上げるような、それでいて勝鬨を先んじたのような咆哮は王都中に響き渡り大気を震わせる。
「かかってこいドサンピン。格の違いってものを見せてやるよ」
戦闘態勢を整えたレギアス。彼は腰の剣を抜くとその切っ先を向け、高らかに宣戦布告する。
それを受けてマルスは頬をひくつかせた。
「いいでしょう。こういう時のためのに私は魔王の肉体を移植していたのですからね」
マルスはゆっくりと魔王の体に近づいていく。すると彼の身体は魔王の身体に触れた途端、飲み込まれるかのように沈んでいった。
「これならばあなたを思う存分叩き潰せるというものです。せいぜい後悔しないようあがいてくださいね!」
マルスは魔王の身体の所有権を完全に奪い取り、自由を手にした。この力があれば完全に覚醒したレギアスと戦えると意気揚々としている。
こうして魔王の身体を手にしたマルスとレギアスの人間の存亡をかけた戦いが始まったのだった。
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