第3-36話 力の違い
言葉の後、彼は腕を下ろす。すると背後で待機していた魔王が動きを見せる。徐に口を開けるとその中に炎を溜め込み始める。それが攻撃の予兆であることを即座に察知した兵士たちは王都を守るための防御行動を取る。
しかし、それより速く炎を溜め終わった魔王は極温まで達した炎をブレスとして王都に打ち放った。肌が焦げそうなほどの熱を撒き散らしながら王都に迫る火球がまともに当たれば王都は確実に蒸発する。
「エルロア! 防御だ!」
「う、ううううぅぅぅ!!! 極大の防障!!!」
葛藤しながらも戦うことを決めたエルロアは王都全体に障壁を展開する。でもそれだけでは足りないことは明らか。もっと別の要素が必要だった。
そこに手を貸したのはグウィン。火球を空間ごと削り取ることでその質量を半分まで減らす。その直後、火球が障壁に直撃した。その圧倒的熱量で障壁を構成する要素がどんどん減らされていき、一枚隔てて喉を焦がす熱量が王都中に降り注ぐ。
それでも障壁が炎を通すことはなく。死者の一人も出すことなく王都を守り切った。消え去った火球に国民が歓喜の声を上げる。
だが、その代償も決して小さくなかった。
「い、今ので魔力が半分になった……。どうやっても受けられるのはあと一回だけ」
「ま、マジかよ……。ってフィリスはどこ行った?」
エルロアの言葉に絶望しそうになるヴァイス。彼はもう二度とあんなものを打たせまいと攻勢に出ようとフィリスを伴って飛び出そうとするが、その肝心のフィリスがいつの間にか消えていた。
消えた彼女は一体どこに行ったのか? 答えは少し離れたところで知ることになる。彼らから少し離れたところで状況を伺っていたリーヴェル。そんな彼女に魔の手が迫っていた。
静かに偽装の魔法を伴ってリーヴェルの首を掻こうと近づくマルス。彼の手に握られた短剣が振り上げられた。
「シィッ!」
その短剣から守ったのはフィリスであった。彼女が虚空に向かって剣を振るうと甲高い金属音が鳴り響く。
「なっ、何!?」
突然のことにリーヴェルが驚いていると、何も無いはずの場所から短剣を持ったマルスが姿を現す。火球に紛れて王都に入り込んだ彼は敵のなかで一番厄介なリーヴェルを始末しようとしていたのだが、なぜか彼女に察知され阻止されてしまった。
「……お嬢さん、どうやって見抜いたのですか?」
「勘ッ!」
フィリスの問いかけを小さく笑いを漏らしたマルス。
「笑うなァ!」
それをバカにされたと考えたフィリスはそのまま彼との戦闘に入った。即座に幻惑魔法で攪乱を謀ろうとするマルスだったが、フィリスはそれを受けても致命的なミスを犯さず、マルスを釘付けにしていた。
彼女ほどの直感があれば、幻惑にかかっても対処は出来る。幻惑にかからないようにすることは前提として直感に身を任せ戦うことで彼の動きに対処し続けていた。
「くおおおッ!」
フィリスの剣がマルスに届き、服ごと彼の胸に傷を入れる。
それでも戦いが有利になることは無い。彼を押さえたところで魔王をどうにかできない以上王都に迫る脅威が去るわけではないからだ。
「や、やべえ。こっちに来てるぞ!」
攻めに出ようとしていたヴァイスが目の前の光景に悲鳴混じりの声を上げる。彼の視線を辿ると後方で待機していたはずの魔王の身体が王都に向かって走りだしていた。その姿はもはや動く山。地面を波のように揺らしながら迫るその巨躯は彼らにはどうしようもない大災害であった。
「来るぞぉぉぉぉ!!!」
ヴァイスが吠えると魔王の身体が王都を囲う壁を吹き飛ばした。破壊された壁の瓦礫が吹き飛び、王城まで吹き飛んだものまである。そばにいた兵士は風圧で吹き飛び瓦礫に押しつぶされる。
そう、マルスを押さえても魔王のほうもどうにかしないとどちらかに押しつぶされる。だからマルスだけを抑え込んでもどうしようもない。
フィリスが風圧に吹き飛ばされたのを見計らってマルスは先ほど胸を斬られた怒りのままに追撃する。
「偽の勇者の分際でェ!」
フィリスは彼の攻撃を辛うじて回避したが、マルスからは引き剥がされてしまう。離れたマルスは王都に突っ込んだ魔王の元に舞い戻ると彼らに問いを投げられた。
「なぜ抗う!? 所詮偽物のお前たちに私たちを倒すことなど不可能だというのに」
「決まってる。俺たちが印の持ち主で戦う使命があるからだ!」
そんな彼の言葉を聞き、ピクリと身体を震わせたマルスは少し考え込むような素振りを見せる。そしてその意味と真実を理解すると、ニヤリと笑みを浮かべる。
「もしや、偽物という言葉の意味をまだ理解できていないな?」
「偽物……? それが何だっつうんだ!」
二つ目の問いで彼らが真実を理解していないことを把握したマルスは彼らにその意味を教えることにした。
「やはりか。それでは教えて差し上げようではないですか。この魔王は特殊な力を持っておりましてね。人間すべてを合わせた魔力と戦闘能力を上回る能力を持っているのです。つまり人間が強くなるほど魔王はその力を増していく」
「それが、どう、し、た……」
マルスが行っていることの意味を理解したヴァイスの言葉が尻つぼみに小さくなっていく。そんな彼の様子を見て、最後の一押しをすることにしたマルスはとどめの事実を突きつける。
「その勇者印なんてものはただのまやかし。人間の力を高めるために私手づから刻み込んだ人工物でしかないのですよ」
その言葉を聞きヴァイスは意気消沈する。今まで自分の力の存在として誇ってきた自身の源が偽物だと示されてしまった。
「信用できないようでしたら。ほら私が指を鳴らすだけでこの通り。私が刻んだただの刺青を本気で信用して努力するあなたたちの姿は健気で素敵でしたよ?」
彼の言葉を裏付けるように指のなる音が響いた直後、彼らの右手に刻まれていた勇者印がスッと色が抜けるように消えてしまった。それに引っ張られるようにヴァイスは自分が弱くなってしまったように錯覚し、心のまま地に膝をついた。
その隙を見逃さず、マルスはヴァイスを仕留めるべく攻撃を仕掛ける。が、その意を妨げる攻撃が彼の側面から襲い掛かった。
「しっかりしなさいよヴァイス! ボクにさんざんあんな風に言っておいてさ!」
「エルロア……」
俯いているヴァイスには怒声を浴びせるエルロア。彼女はさらに言葉を続ける。
「もうやるしかないんでしょ!? だったら君の槍であの魔族を貫いてよ! それに、勇者印が無かろうとボクたちの研鑽の日々が無くなるわけじゃない! そんなことも分からないなら邪魔くさいから今すぐ撤退して便所で震えてて!」
発破の言葉を浴びせながらマルスに魔法攻撃を殺到させるエルロア。障壁で防御されながらもなお攻撃を繰り返す彼女の姿と言葉を受け、ヴァイスの戦意が復活していく。
頬を片手でパチンと軽く叩いた彼は立ち上がるとその漲る闘志をマルスにぶつけた。
「折ることが出来たと思ったんですがね。まあ、あなたが立ったところで戦局は何も変わらない。一方的にあなたが不利なのですから」
「うるせえ、俺は負けねえんだよ!」
そういうと加速する意識を起動し走り始める。マルスの横に構うことなく魔王のほうに向かった彼はそちらに攻撃を開始した。
重力すら無視して超高速で魔王の身体を走り回りながら槍で攻撃を加え続ける彼であったが、その威力は微々たるもの。表面を撫でる程度に終わる。
意に介した様子もなく拳を振り上げた魔王はそれを叩きつけようと振り下ろす。そんなことが行われれば王都の地面は爆発したように吹き飛び甚大なる被害が出る。許せるはずがない。
限界まで加速したヴァイスは纏わりつくのを止め再び地面に降り立つと狙いを魔王の腕に定める。そして地面が爆ぜるほどの踏み込みで地面に蜘蛛の巣上のヒビを入れると、拳に向かって跳んだ。
限界以上の加速も、鍛錬に鍛錬を重ねた己の槍も、すべてを賭した一突き。その一撃は振り降ろされた拳と真っ向からぶつかり合い、弾き飛ばしたのだった。
だが、その代償も安くない。限界を超えた一突きを繰り出したヴァイスの身体は全身がバラバラになり、瀕死の状態に追いやられた。対して魔王の身体は一突きで傷がみるみるうちに塞がっていく。
「ふん、やっぱり君たち程度が力を振るった程度ではその程度。私たちに勝てるはずがない」
事の経過を見届けたマルスはフンと鼻を鳴らすとどこから誇らしげな素振りを見せる。
確かに魔王を倒すことは出来なかった。だが、時間稼ぎとしては十分。
「ええ、でも封印までの時間稼ぎは出来たんじゃないかしら?」
マルスの耳に勝ちを意識したリーヴェルの声が届く。先ほどまでの戦闘の中で彼女は封印の魔法を構築し、今それが終わった。後はそれを発動すれば魔王は封印され、その強大な力がマルスから離れる。
そのはずだったのだ。
「なっ、封印が弾かれッ!?」
発動した封印魔法が弾かれ、ただの魔力と化してしまったのだ。霧散していく魔力を見ながらリーヴェルが困惑の声を漏らすとマルスの小馬鹿にするような声が響き渡った。
「私が同じ轍を二度踏むと思っているのですかぁ!? 封印に対する対策くらいしてありますよぉ!」
その一言でもう王国軍に勝ち目が無くなったことをリーヴェルたちは察してしまった。全身全霊のヴァイスの攻撃ですら歯が立たず、魔力の半分を使って防御に徹するしかできないのだから。
「もう分ったでしょう! 絶望に呑まれ打ちひしがれながら慟哭しながら死んでいきなさい!」
その言葉をもって、マルスは最後の攻撃に移る。魔王の口の中に溜まる炎。これほどの至近距離で先ほどの火球を打ち出されては防御することも出来ない。打ち出される前に対処しなければいけないのだが、もうその意欲すら彼らにはなかった。
高まる炎をただ茫然と眺めるヴァイスたち。もう彼らは死を覚悟していた。
そして、完成した火球が魔王の口から吐き出され王都に迫るのだった。
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