第3-35話 虚無の迎撃
山のように巨大な魔王が迫る中、国民を必死で王都に避難させた王国軍。
だが、脅威は去ったわけではなく、刻一刻と迫りつつある。
巨大な魔王は明朝には王都に辿り着くと予想されている。その本能に訴えかける恐怖の姿に怯え、半ばパニックになり逃げるように王都を離れようとする国民たち。既に避難した王国民の半分が王都から離れてしまっており、王都に残るのは何らかの理由でここから離れられなかった半分の国民と、王国を守る兵士たちであった。
「……国民の半分は既に王国から離れ避難しており、残ることを決断した国民は非常に落ち着いた様子です」
「ふむ、半分も逃げる決断が出来たか。良い決断だ。これで王国の意思は残るだろう」
ハインドラの話を聞き、頬を綻ばせるオルトランド。片手には酒杯が持たれており、頬も赤らんでいる。だがそんな彼に酒を楽しんでいると言える雰囲気は無い。というより絶望で諦めやけくそで振舞っているというほうが正しい。
だが、そんな彼の様子を見て、ハインドラは対照的に眉を顰めた。
「ですが残った者たちはおそらく……」
「皆まで言うな。もう分かっておるのだ。分かっているうえで残ることを決断したのだ。だから酒盛りなどと言う悠長なことをしている」
オルトランドの声を聞き俯くハインドラ。彼ももうどうしようもないことは理解している。
「一応聞いておくが、あれは倒せる存在なのか?」
「勇者印持ちや魔道具などの、現在の王国の力を結集しても不可能です」
わずかな可能性にかけ、ハインドラに意見を求めるがハッキリと言い切られてしまう。ハインドラだってこんなことは言いたくはない。だが、半端な希望など苦しみしか与えない。下手に可能性を見出すよりもはっきりと否定するのが、彼なりの優しさであった。
「そうか……、リーヴェル殿の作戦が上手くいくといいんだがの……」
残された時間に感傷を巡らせ夢想し目を瞑るオルトランド。リーヴェルが言っていた封印が上手くいくことを、そして明日の夕日を眺めることが出来ることを祈るのだった。
翌朝、日が上り出すとともに王都に近づく魔王の全貌が明らかになっていく。三十メートルはあろうかという王都の壁が小さく見えるほど巨大な体躯が人々の目に広がっていた。
たったのそれだけで生物としての格の違いを見せつけられてしまった人々はガタガタと震えることしか出来ない。それは兵士たちも例外ではない。避難の際に集められた地方の兵士たちも国民と同じようにガタガタと震えており、そこに誇り高き兵士としての姿はなかった。
「な、なんつー……」
その光景にヴァイスは言葉にならない声を上げた。暗闇の中でもある程度は視認できるため、大きさ自体はある程度の予想はついていたが、改めて見るとその圧力は絶大。その気配を真っ先に感じていたエルロアが震えるのも無理もない。
「ボ、ボクたち今からあれに立ち向かわないといけないの!? 無理よ、あんなの勝てるわけがない!!!」
魔王の姿に怯えるエルロアが戦いに異を唱える。それも当然だ。彼女を含め、この場に勝てると思っている者はいない。一体何人犠牲になるのか、頭の中で無意識のうちに算盤が弾いていた。
「それでもやるしかねえんだよ! それが俺たち勇者印持ちの使命ってもんだ!」
彼の言う通りそれでもやるしかない。可能性が一パーセントでもあるのならば立ち塞がるしかないのだ。それにやる前から負けることを考えていては勝てる物も勝てなくなる。
「……う、うぉー! ワタシもやるぞォッ!!!」
彼の発破を聞き、フィリスはやけくそ気味に雄たけびを上げる。そんな彼らの姿を見て、リーヴェルは内心で後悔の念を懺悔する。
(ごめんなさい、こんなことに巻き込んでしまって……)
彼女の念は皆に届かず。いよいよ戦闘開始と皆が覚悟を決めたその時。進行を続けていた魔王の身体がいきなり停止しそこから一体の魔族が飛んでやってくる。
「えー、皆さんご機嫌よう。まずはこのような来訪の仕方を謝罪させていただきます」
飛んできたマルスは王都の壁の手前で停止すると高らかに声を上げる。戸惑う市民の耳に届くその声に皆が耳を傾ける。
「私は魔族のマルスと申します。今回この場を借りて皆様にご提案させていただきたく参上いたしました」
マルスはさらに言葉を続ける。
「私はこの度魔王の力という世界屈指の力を持って世界を支配することを決定いたしました。ですがその際に裸の玉座に座っても仕方がないというもの。ですので今この場で降伏していただけましたら、王都の崩壊及び虐殺を停止し、命だけは助けようと思うのです。いかがでしょうか?」
彼の言葉に王都中がざわめく。どうせやっても敗北は必至なのだから、降伏して命だけでも助かろうなどと言う言葉もちらほら沸き始める。
だが、その声が派閥を組む前に王都に別の声が響き渡った。
「確かに聞き入れたぞ、マルスとやら!」
響き渡るハインドラの声に再び国中が静まり返りその行く末に耳を傾ける。
「俺はこの国の軍事を預かっているハインドラ・エム・オーヴァイン第一王子だ。国王に変わり貴殿の提案に答えよう」
次に発せられる声に国民すべてがごくりと生唾を呑んだ。そして大きく息を吸い込んだハインドラは彼に答えを突き付ける。
「くそくらえだ。ボケカスが!」
彼の口から発せられたのは明確の拒否の意思であった。彼の言葉に仄かなざわめきが始まり徐々に大きくなっていく。
「我らが殺したければ殺せばいい! 死ぬのが嫌な臆病者はもう王都から離れたぞ! ここに残っているのは勇猛な戦士だけ! 彼らが必ずお前に食らいつき喉笛を噛みちぎるだろう! その時にクソを漏らさぬよう覚悟しておくのだなァ!!!!!」
ハインドラの啖呵で国が沸き上がった。落ち込んでいた士気は一気に高まり、歓声が沸き上がった。戦う意思のなかった王都は一気に戦えるほどまで盛り上がった。
そんな彼らを冷めて見つめるマルス。彼らの行動を蛮勇だとせせら笑った彼は右手を持ち上げた。
「なるほど、あなた方の意思は良く分かった。では死ね」
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