第3-33話 絶望の顕現
「……そう、ダメだったのね」
突如として起こった異変に、真っ先に気が付いたのはリーヴェルであった。彼女は起こった出来事から出来事の顛末を悟る。
「グウィン」
「はっ、お呼びでしょうか」
彼女は座っていた椅子から腰を浮かせるとすぐさま行動を起こす。グウィンを呼び寄せると命令を出した。
「命令よ。今すぐに町中に避難勧告を出しなさい。そしてあなたの魔法で王都まで転移させるのよ」
「かしこまりました。仰せの通りに」
彼女の命令に従い、グウィンは速やかに動き出す。ジコルの町に避難を知らせるサイレンが鳴り響き、町の長であるリーヴェルの名の元に迅速に市民が闘技場に集められていく。その間わずか一時間弱。そして残り僅かな者を除いた市民がグウィンの魔法にて王都のそばに転移させられた。
瞬く間にもぬけの空となったジコルの町。そこに一人残っていたリーヴェルは目の前で起こっている異変をただ静かに見守り続けていた。
「リーヴェル様、市民の避難完了いたしました。屋敷とともに貴方様もお早く避難、を……」
避難完了の報告のため、再びリーヴェルの元にやって来たグウィン。彼は目の前に広がる光景に息を呑み絶句した。
小高い山の頂きに匹敵する高さに位置する屋敷。そこから見上げるほどの巨大な蠢くナニカ。それが彼女たちに向かって近づいてきていた。
「……私が出てこない様に命を懸けて守ってたものだったんだけどね。壊れるときは一瞬ね。フフ、笑えて来るわ」
自虐的に笑いながら振り返り、同意を求めるように呟くリーヴェル。彼女の瞳に一切の光は無く絶望感に黒く染まっている。若い者に自分たちの責任を押し付け、その結果その命が失われてしまったのだ。笑いたくもなるし、死にたくもなる。
「……避難を」
その彼女に、グウィンは問いを返すことなく避難を促した。彼女の様子を見て、下手な慰めなど言えるはずがなかった。話を無理やり断ち切って行動を起こさせることしかは出来ない。
「フフ、そうね。最後の責任くらいは果たさないと」
再び笑ったリーヴェルは伸ばされたグウィンの手を取る。彼女の手を固く握ったグウィンはその場から転移し姿を消した。
一方、場所は変わり王都そしてその周辺の町。
国民を守るため、モンスターを討伐していた黄金魔兵団も異変には気づいていた。彼らだけではない。戦いとは無縁の一般市民ですら気づくほどの重濃で邪悪な魔力は、彼らの本能に最大級の警鐘を鳴らさせていた。
「感じたか!?」
「ああ、何が起こっているのですかヴァイス様!」
モンスター討伐のため、王都を離れていたシャーロットとヴァイスが顔を揃える。自分の第六感と邪悪な魔力で何かが起こっていることを察知した彼らは戸惑いながらもすぐさま行動を起こす。
「フィリスの奴がビビってやがる。こりゃ相当ヤベエことが起こってるぞ!」
「ええ、こちらにいたエルロア様は泣いてしまっています。ともかく今のままじゃ行動できません。お三方は王都に戻り、隊長及び国王からの指示をお受けいただきたいのです」
「あんたは?」
「散らばっている部下たちの指揮に回ります」
「分かった。武運を祈るぞ」
彼女の武運を祈ったヴァイスは震えているフィリスと、涙で顔をぐしゃぐしゃにしているエルロアを連れ、天狗の抜け穴へと帰還した。だが、そこでも彼の予想外の光景が広がっていた。
「何だこの人間の数は。どこから沸いてきたんだよ!?」
彼の眼前にはジコルから避難してきた人の群れが広がっていた。突然王都にやって来させられた彼らは多少動揺しているものの、リーヴェル直下の部下たちによって落ち着かせられており、暴動等とは無縁の落ち着きを見せていた。
彼らを横目にしながら、彼らは王城に向かう。王城の廊下を進む最中、今まで泣くことしか出来ずにいたエルロアが、突如としてぽつぽつと呟き始める。
「無理よこんなの……。勝てっこないわよ……」
「今更そんなこと言うなエルロア。俺らは勇者だ。やれっこなくてもやるんだよ! レギアスが言ってたろ、やる前から負けることを考えるなって!」
弱気になっているエルロアは鼓舞するため、声を張り上げるヴァイス。彼とて怖い。あの魔力を全身に浴びたその時から、心臓の鼓動が早くなり冷や汗が止まらない。それでもやらなければならないのだ。それが勇者印を持つ者の使命なのだから。
「ちがう……、違うぞヴァイス……」
「もうそんなレベルじゃないのよ……」
しかし、彼の声をもってしても意気消沈した二人の士気を上げることは出来なかった。まるで二人は悲惨な未来が見えているように絶望しきっている。
そんな彼女らに違和感を覚えながら足を進め、玉座の間へとついたヴァイス。そこには国王であるオルトランド・ハインドラ・リーナの王族と彼らの護衛についているアルキュス、何人かの臣下が待っていた。
「勇者印、神槍・暴双・賢人。ただいま帰還しました」
「うむ、よくぞ戻ってきてくれたぞ三人とも。早速だが、今回のこの件について意見を聞きたい」
三人の帰還を歓迎したオルトランドは早速この異変についての意見を求めるが、彼らも何も知らないのだ。知らないとしか答えることが出来ない。
「……申し訳ございません。今の自分たちには何も分からないとしか……」
「ふむ、そうか。では、これは一体……」
誰一人としてこの異変について何もわかっていない。このままでは取れる対応も取れない。その場の全員が悩み頭を抱えているとそこに救世主が現れる。
「では、私からお話ししましょう。この異変の真実を」
玉座の間にリーヴェルがグウィンとともに姿を現す。突然のことに動揺し声も上げられないでいると、リーヴェルがオルトランドに挨拶する。
「ジコルの町から参りました。リーヴェルと申します」
「ふむ、確かレギアス殿の故郷であったな。では早速で申し訳ないが、この異変について知っていることをすべて教えてもらいたい」
「もちろんです。私の知りえるすべての情報をお教えいたしましょう」
こうしてリーヴェルは玉座の間にいる者に今回の一件のすべてを話し始めるのだった。
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