第3-26話 尋問、そして本拠地へ
交渉は決裂。それは同時に戦闘開始の合図でもあった。
彼を取り囲もうとしている相手は数百人単位の魔族たち。数の暴力というのは強力なもので普通であれば何の抵抗もできないまま、押し潰されることになるだろう。
だが、その相手は普通ではない。数々の試練を乗り越えて闘技場の英雄という称号を得た天才である。
「――こんなドサンピン程度で良く俺に勝てると思ったもんだな。健気すぎて泣けてくる」
顔に付いた返り血を拭いながら、レギアスは屍の山の上で呆れたように呟いた。彼の周りには死んだ魔族の死体や、辛うじて生きている魔族などが転がっている。どこを踏んでも水音が立つほど血に塗れた地面。そこに倒れたリーダー格の魔族が悔しそうに声を上げる。
「くそ……、俺たちが全滅だと……」
「こいつらを率いてるお前もさぞ強いのかと思ったら大したことねえじゃねえか。ホントにただのチンピラ集団じゃねえか」
「いやいや、普通数百人に囲まれたらどうしようも出来ないから。おかしいのは貴方の方よ?」
レギアスは深いため息をつくと、地中に避難していたマリアが出てきて逆に彼の言い分を否定する。ぐうの音も出ない常識的な意見であったが、そんな常識は彼の中には存在しない。
「さて、こいつらは片付いた。後は――」
レギアスはうつ伏せで倒れているリーダー格に歩み寄るとその背中に足を乗せる。そして意識を刈り取らない、それでいて確実に痛いと認識できる威力で背骨のあたりを踏みつけた。
「ぐあっ!?」
「今ので一割程度だ。お前が質問に真面目に答えていないと俺が判断したら一割ずつ増やしていく。利口な人間は長生きできる。せいぜい頑張ってくれ」
理不尽なレギアスの言い分に、命の危機を感じた男は好きを見て逃げ出そうと画策する。だが、その程度、レギアスにはお見通しなのだ。
「グぶあぁっ!?!?」
「言っとくが逃げようとしても無駄だ。お前たちはこの町から逃げられない。捕まった時のことを考えればどうするのが賢明か分かるだろ?」
背中の痛みではっきりと男は認識する。この男の前に企みは無駄であると。命をつなげるためには素直に指示に従うしかないのだと。
「いいか、それじゃあ一つ目だ。お前は――」
屈辱に身を侵されながら、男はレギアスの問いに答え始めるのだった。
「よし分かった。お疲れさん」
「ぐぶぇえっ!?」
男から聞き取りを終えたレギアスは最後に男の背中を全力で踏みつけ意識を刈り取った。無慈悲な所業にマリアはドン引きした表情を浮かべている。
ともあれ情報収集は終わった。腕輪も取り返し、もうこの町にいる理由はどこにもない。二人は町の外に向かって歩き始めた。
結界の端、町の外との境界に辿り着き、結界を剣で斬り外に出た。その前に転移で魔王レギアスが姿を見せる。
「もう終わったのかい?」
「ああ、引き出せる情報は全部引き出した。もうこの町に用はない」
彼が転移を使ったということはそういうことであり、町を覆っていた結界が塵となって消え始めていた。
「で、どうだったんだい」
「ああ、連中指示を出していた奴が誰か知らなかったらしい。ついこないだ急に現れた使者にやるようお前の名前を使って言われたんだと」
「ふん、勝手に名前を使われたのは不愉快だけど今はとりあえず置いておこうかな」
魔王レギアスは不満げな素振りを見せながら話を続ける。
「んで、仕事が終わったら瘴魔の丘の麓に持ってくるように言われてたんだとよ。分かるか?」
「ああ、とってもね」
必要な情報を共有した二人はまるでシンクロしたように口角を持ち上げた。だが、傍から見ているマリアにはそれが喜びの感情から来るものには到底思えなかった。
その疑問を解決したいマリアは二人に問いを投げる。
「ごめんなさい。二つ聞いてもいいかしら?」
「ん、どうしたんだい?」
「まず一つ。基礎的なことで申し訳ないんだけど瘴魔の丘ってどこかしら?」
まず一つ目。彼女の記憶の中に瘴魔の丘という場所は無い。一体どんな土地なのかを知らなければついていくにも不安であった。
「ああ、人間には馴染みのない場所だよね。そりゃ知らなくて当然か」
コホンと小さく咳ばらいをした魔王レギアスはその土地について説明を始める。
「瘴魔の丘は特殊な魔力の噴き出す丘さ。その魔力は踏み入れた者の魔力を蝕み、身体を壊していく。魔族でも足を踏み入れない危険地帯さ」
「そ、そんなところに今から向かうっていうの!?」
「当然。俺は無限の魔力がそんなちんけな魔力押し返すから問題ないし――」
「俺は魔力がないから蝕むものがないからな」
魔王レギアスに続き、レギアスも言葉を編む。
「それに君にはあの魔道具があるだろう? アレを使えば大丈夫だよ。――それとも今からジコルに帰る? 俺なら今すぐ転移させられるよ?」
「そりゃいい。もうお前の役割も終わっただろ。帰ってくれた方が心配も減るんだがな」
挑発じみた二人の提案にマリアは当然のように反発する。
「そ、そんなわけないでしょ! 私は貴方たちのお守りを言われてるの! その程度で帰るわけないじゃない!!!」
魔王レギアスは笑みを零し嬉しそうに首を縦に振る。レギアスは嫌そうに顔を歪める。気丈に振舞う彼女の素振りを見て、二人は対照的な反応を見せた。
「じゃあ、二つ目」
「どうぞどうぞ?」
「さっき貴方たち最後に変なこと言ってたわよね。『分かるか?』って。なんか変な感じだったんだけどあれってどういう意味?」
二人の最後の会話。彼女はそこに言い様の無い違和感を覚えていた。つながりとして多少変な感じはするものの、特に気にすることなくスルーするであろう言葉。彼女はそこに何かを感じ取っていた。
マリアの問いかけに魔王レギアスは少し驚いたような素振りを見せた。彼は先ほどの会話は二人にしか理解できないニュアンスだと思っていたからだ。そこに気づくことが出来るのは王族ならではなのだろうか。
「――連中に指示を出したのは今回の黒幕の使者だ。使者がいるのに何でわざわざ腕輪を持ってこさせるんだ? 使者に渡せばいいだろ。だったらなんでそうさせる?」
「えっ? うーん……」
レギアスが逆に聞き返すような言葉を吐くとマリアは素直に考え始める。だが、明確な答えを導き出せなかった彼女は適当に答えを返し、レギアスの考えを待つことにする。
「……単にそういうふうにしたってだけなんじゃないの?」
「違えよバカが。黒幕は俺たちを舐めてんだよ」
「へっ?」
レギアスの答えにマリアは素っ頓狂な声を上げる。
「黒幕は俺たちがここに来ることを予測してたんだよ。そのうえでチンピラどもに情報を与えた。俺たちがそこに来るように誘導するような情報をな。つまりだ。黒幕は俺たち二人がまとめて瘴魔の丘に行っても大丈夫だと確信してんだよ。これが舐めてる以外の何だってんだ!」
レギアスの思考に隣の魔王のほうも追従し、首を縦に振る。彼らは話を聞いた瞬間、この結論に達し意識を共有していたのだ。
「そいつがどこの誰かは知らんが必ず叩き潰す。俺たちにふざけたマネしてくれやがったことを後悔するくらいにな!」
かつてないほどの怒りを見せているレギアスは闘志を剥き出しにし拳を手のひらに打ち付けた。隣の彼もにこやかに笑みを浮かべているが、瞳の奥は全く笑っていない。
「それじゃ早速行こうか。このままじゃ腹の虫が治まらない」
そういった直後、彼らは転移の魔法に包まれ、姿を消すのだった。
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