第3-23話 二人の真実
そしてその夜。リーヴェルが執務室で一杯傾けていると。
「リーヴェル! あの二人何とか説得してちょうだい!」
マリアが勢いよく飛びこんできた。慌てた様子で入って来た彼女に対してリーヴェルはほろ酔い状態で対応する。
「あの二人って、レギアスたちのことかしら?」
「そうよ! あの二人明日出発するって言うから私もついていくって言ったらここで待っていろって言うの!」
声を荒げながら起こった出来事を説明するマリア。だが、彼女の主張を聞きリーヴェルは苦笑いを浮かべた。
「そうはいってもね。あの子たちの言い分も分かるわよ。これからあの子たちは敵の最前線に向かうことになる。そうなればもう遊びでは済まなくなるわ。そこに飛びこめるほどあなたは強くない。無駄死にを避けるためにもあの子たちの判断は正しいとしか言えないわ」
「で、でも今更乗りかかった船を降りることなんて!」
リーヴェルの言葉を聞き、マリアは目を逸らすもそれでも行きたいと懇願する。リーヴェルの主張はもっともで、反論の余地がないほど完璧なものである。だからと言って自分が置き去りにされるのは納得できなかった。
置いていかれるのが嫌というのもある。だが、それ以上に彼らを行かせたときに何か良くないことが起こるような気がしてならなかったのだ。
「まあまあ落ち着きなさいな。それよりも晩酌に付き合ってもらえないかしら?」
ほんのり赤らんだ顔でマリアに付き合うように言うが、彼女としてはそれどころではなく呑気な言い分に憤りの声を上げる。
「ふざけないでください! 今はそれどころじゃ――」
「もっと私が酔えば少しは口も軽くなるかもしれないわよ?」
だが、続けての言葉でマリアの批判が止まる。少し思い悩んだような素振りを見せた彼女はリーヴェルの隣に腰かけると酒瓶を手に取った。
「嬉しいわ、我儘に付き合ってもらえるなんて」
「……どうぞ、まずは一杯」
少々不満げな表情をしながらもマリアは、リーヴェルのグラスに酒を注いでいく。その一杯目をリーヴェルは景気よく一気に飲み干した。
そこからはリーヴェルの我慢比べであった。グラスが空になるたびに注がれる酒に対して、作業の様に注いでくるマリア。リーヴェルは自分のペースを何とか確立し耐え凌ごうとするが、酒が残っていようと半分まで減ればマリアは強引に注がれ、呑むのを強要される。
そしてテーブルに酒瓶が三本転がった時。ついにリーヴェルが限界を迎える。
「ちょ、ちょっと休憩させてちょうだい……」
口元を押さえながら値を上げた彼女を見てマリアは酒瓶をテーブルに置いた。
「ふう、こんなに呑んだの、メルトやライカードと一緒に呑んだ時以来ね」
グラスを置き、脱力しながら息を吐いたリーヴェルはポツリと言葉を漏らす。満足げな表情を浮かべている彼女だったが、彼女の言葉に聞き逃せないワードを聞く。
「その、メルトやライカードって誰かしら?」
酒のおかげで口が軽くなっているリーヴェルは彼女の問いかけに答える。
「昔、私が旅をしていた時の仲間よ。同時にあの子たちの父親と母親でもあるわ」
彼女の言葉にマリアは目を剥く。まさかこんな突然レギアスの家族について知ることになるとは思わなかった。
「あいつのパパとママ……」
「昔は楽しかったのよ。もう一人仲の良かった魔族も加えて旅してまわってね。人間と魔族の融和のために動いてたのよ。色々問題も多かったけど結構いいところまで行ったのよ」
記憶に深く刻み込まれた過去を振り返り、それを反芻し余韻に浸るリーヴェル。それに耳を傾けながらマリアはさらに深く切り込んでいく。
「魔族との融和!? そんな話聞いたことが……」
「それはそうよ。私たちが勝手にやってたことだもの。でも魔王と顔合わせて話し合えるくらいまでは行けてたのよ」
「じゃあ……、じゃあなんでこんなことになってるのよ?」
リーヴェルの発言にマリアは放心したような声を上げる。彼女らが融和を成功させていたならば魔族と人間は争っていない。じゃあ一体何があってその融和が頓挫したのか、彼女は王族として知らなければいけない気がしてしまった。
そんな彼女の問いにリーヴェルは意を決したように大きく息を吐くと彼女の問いに答える。
「ホントに頑張ってたのよ、本当に……。なのにあんな大事な日に邪魔して……。あの男、絶対に許さない……」
言葉を紡ぐたびに漏れ出していく怨嗟の声。ギリギリと音を立てて鳴る拳が震え爪が食い込み血が滲む。それが彼女の怒りの丈を十二分に表していた。徐々に重くなっていく声色に押され、マリアにもそれ以上の追及は出来ない。
楽しいはずの酒の席で重くなっていく空気。酒の味も分からなくなりそうな空気の中でリーヴェルは再び息を吐いた。
「でもまあ、終わったことをどうこう言っても仕方ないわよね。私たちがしてきたことの延長としてこの町を作ったわけだしね」
彼女の言葉で重くなった空気が霧散し、穏やかさが戻る。押されるような圧力が消えたことでマリアはほっと溜息をつく。
その時、マリアはふとあることを思いつく。彼女が先ほど零した一抹の隙。口が軽くなっている今しか聞く機会は無いと思ってしまった。
「ねえ、あの二人ってどういう関係なのかしら? 明らかに何か関係があるような感じよね。さっきお友達の話をしてた時、あの子たちって言ってたし」
だが、少々その言葉は迂闊だったらしい。霧散したはずの剣呑な気配が収束し再び室内を埋め尽くす。その気配に押され、マリアは一時質問を撤回しようとする。
「ご、ごめんなさい。話したくないわよね。撤回するわ」
「いえ、せっかくだし私の重荷も共有してもらおうかしら? 答えてあげる」
しかし、リーヴェルは彼女に答えを示すことにした。ニタリと嫌な笑みを浮かべ、背負うことになった罪を彼女に無理やり押し付けるように。
「あの二人はね……
――――――――――
――なのよ」
彼女の口から発せられた言葉にマリアは思わずのけぞり座ったまま後退った。だけどもうどれだけ後退っても逃げることはできない。聞いてしまった以上、彼女もその罪を共有するしかないのだ。
「そ、そんなことが……、本当に……!?」
「実際にあるのよ、そんなことがね。さあ、もうここまで聞いたら逃げることはできないわ。最後までたっぷりお話ししようじゃないの」
事態の大きさに震えているマリアにリーヴェルはにっこりと笑みを向ける。そして夜通し、たっぷりと時間をかけ、二人はレギアスのことについて共有した。すべてを聞き終えたマリアはそのことの重大さにやられ、げっそりとやつれてしまったのだった。
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