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僕等の有人宇宙機  作者: 高柳 祥
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第九話 研究会への不信感

 

 今日は研究会の正式な顔合わせの日だ。


「会長のひとも来るのかな?」


 HRも終わり誰も居なくなった教室内で、独り言のように基晴が尋ねると。


「ずっと姿を見せない方が面白いけどなー。悪の組織の親分みたいで」


 美濃島は笑うが。創立されたばかりの学校でひっそりと(たたず)む、活動内容も設立者も学校との関わりも謎の、そんな怪し気なサークル、入って大丈夫なのか?


「場所はこの前の地下倉庫だって」

 タブレットを見ながら高浦は言う。集合場所も思い返すとミステリアスだ。


「あそこが部室になるのかよ?」

 伊庭は嫌そうな表情(かお)を見せたが。

「違う場所がいいなら、椛島くんを説得してみたら」

 高浦の答えに、伊庭がぐっと口を閉ざすと。


「ついでにまた宇宙船業務の価値観について議論すればいいじゃん。操縦士の偉大さを語ってやれよ」


 美濃島は面白そうに(あお)ると、椅子にゆったりと座り直す。


「美濃島くん、行かないの?」

 高浦が首を傾げると、

「腹減ったからパン食ってから行くよ。地下倉庫は飲食禁止だろうし」

 鞄から水筒と紙袋を取り出して応える。 


「汚さなければ大丈夫だと思うけど……佳奈美ちゃんに訊いてみようか?」

「あそこでもぐもぐ食い始めたら『俺の聖地を(けが)すな!!』って椛島にぶん殴られそう」

 冗談っぽく美濃島は紙袋を高浦の視線に掲げて。

「ちゃちゃっと食って後から行くよ。そのとき連絡するから、そしたらまた鍵空けてくれ」

 そう話を終わらせた。


「分かった。他の皆にも伝えておくね」

 高浦も深追いせずにタブレットをしまった。


「天城、おまえも行くんだろ? なにもたもたしてんだよ」

「俺は……ちょっと用事があるから、後から行く」

 伊庭の大声の質問に、顔を背けて基晴は答えた。 


 基晴が「入部する」と言ったのは美濃島に向かってだけだ。だから、美濃島が居ない顔合わせに行くのは気まずい。また他の皆に「よろしくお願いします」と挨拶しないといけないのだし。


「用事? 用事ってなんだよ……」

「伊庭くん、自分達は早く行こう。じゃあ美濃島くん、天城くん、来るときは自分のタブレットに連絡してね」


 基晴に気を遣ってか、高浦が伊庭の質問を遮り。すぐに教室から出て行った高浦の後を伊庭も慌てて追って、教室には基晴と美濃島のふたりきりになった。


 本当は用事などこれっぽっちも無かった基晴が時間をもてあましていると。

「基晴くんもお腹空いてんだろ」

 そう美濃島は紙袋に手を入れて、サンドイッチをひとつ差し出した。腹は減っていなかったが基晴はそれを受け取った。きっとこいつも気を配ってくれてるんだ。


 高浦も美濃島も、嫌味っぽくもわざとらしくもなく他人(ひと)を思い遣れる優しい大人のクラスメイトだ。

 

 ゆっくりと美濃島から貰った野菜サンドをかじっていると、美濃島は食べ終わったのかウエットティッシュで手を拭いて。


「よしっ、じゃあ行くか……なぁ、基晴くん。地下倉庫での顔合わせの前にちょっと寄りたい場所があるんだけど、一緒に来てくれないか?」


 今度は甘い物でも買うのか? 基晴は疑問だったが、食べることで時間を潰せた感謝もある。

「うん、いいよ」

 なにも訊かずに頷いた。



 美濃島は一階にある職員室を通り抜け、奥にある木製の扉を、トントン、とノックした。

 ここはどこだ? 誰の部屋だ? 基晴の頭は疑問でいっぱいだったが、問う前に美濃島は扉を開ける。


「こーんにーちはー」

 のんびりした挨拶に振り向いたのは、いかにも好々爺としたお爺さんで。

「おや、克洋くん。こんにちは。学校には馴染んだかい?」

「うん! 仲良し友達も出来たし!」

 にこにこ笑いながら美濃島は基晴の腕をひっぱった。

「そうかそうか、それは良かった」


 (なご)やかな祖父と無邪気(むじゃき)な孫のように接しているが、確かこのひとは、桜の舞う入学式の日に壇上で喋っていた……。


「ここに来たのは、先日連絡した事柄についてかな」

「うん! 義秀(よしひで)さんの情報網から調べて欲しかったんだ」

「こら、学校内で名前で呼ぶのはやめなさい」

「はーい。室山こーちょーせんせー」


 やっぱり校長先生だ。じゃあここは校長室か。

「おっ、おい、美濃島っ……いきなりなんだよ?」

 慌てて問い掛けると。


「克洋くんが入部したサークル、新型有人宇宙機研究会……だっけ? それはちゃんと活動提出願が出されているよ」


 机上の大型パソコンを操作しながら、室山校長はきっぱり告げた。

「えっ!? だって、この学校の公認では無い、って……」

 思わず驚きの声を出した基晴の顔に、室山校長の視線が移ったので。

「いや、俺、天城基晴、っていいます……こいつ、いや、美濃島克洋くんとは、おんなじ一年A組で……」

 突然の校長先生との対面にあたふたと自己紹介すると。

「基晴くんも研究会員なんだよ。だから一緒に来てもらったんだ」

 今度は美濃島が腕を組んできたが、

「それは嬉しいね。仲間が増えるのは良いことだ」

 心から微笑(ほほえ)む校長先生の言葉に、

「はい……そうですね」

 基晴もひきつった笑顔で相槌(あいづち)を打った。


 

「さっきのひと、この学校の校長だよな?」

 挨拶して校長室を出てすぐに、基晴が怪訝そうに問うと。

「そうだよ、室山義秀校長先生」

 美濃島はあっさりと答える。


「研究会は楽しそうだけど、やっぱり変なひと達の集会に引っ張り込まれたら怖いな、って思ってさ。念のため確認してもらったんだ」


 こいつも基晴と同じ不安感を抱いていたのか。しかし……。


「よくあんな馴れ馴れしく話せるな、校長先生だろ?」


 誰とでもすぐに親しくなる美濃島の性格は長所だが、流石に学校長に対してあんな態度はないだろう。校長も嫌な顔ひとつせず嬉しそうに接していたが。


「小っちゃい頃からの知り合いなんだよ」

「親戚かなにかか?」  


 驚いた基晴は質問を重ねた。

 わしづか宇宙開発専門学校は創立されたばかりの学校だ。それで学生の数を増やそうと親類の子どもを誘ったのか? 


「そういうのじゃないけど……この学校も、義秀さん……いや、室山先生に紹介されて入学したんだ」


 美濃島はふと首を曲げて視線を天井に移した。まるで遠くの宇宙(そら)を見上げる様に。 


「あのひとが背中を押してくれたから、ここ、わしづか宇宙開発専門学校で学んで、宇宙関連の将来を目指そうと思ったんだ」


 どこか遠くを思い出すように語る美濃島の姿に、基晴はそれ以上深くは訊けなかった。



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