第八話 勧誘者からの逃亡者
翌朝。昨日の地下室での謎の研究会から怠そうに朝食を摂る基晴に母が問い掛けた。
「五月にはいつ行くの? あのひとの家の食事会」
母の口から出る、あのひと、とは大抵が父の事だ。
「あぁ……いつだっけかな」
「ちゃんと確認しておかないと駄目よ、信晴も忙しいんだし」
憂鬱そうな基晴の横顔をちらりと見ると、母は慌ただしく出掛けて行った。
父の家で勉強会をやる、なんて話がまた信晴から出るのが嫌だった。
昨日、喫茶店から逃げ去った基晴とは、クラスメイトの皆も関わりたくないんじゃないか?
しかし昼休みの初めのチャイムが鳴ると、
「ちょっといいかな、天城くん」
高浦が基晴の元にやって来た。優しい表情に黙って頷くが。
「これから食堂で研究会の入会手続きしない? 会員の皆でお昼ごはん食べながらさ。B組のみんなも集まる、って言ってるし」
「いや、俺は入会しないよ」
ごく自然に誘ってきた高浦から基晴が瞳を逸らすと。
「なんでだよ!? 俺もおまえや克洋さんが一緒だから入会したんだぞ?」
騒ぎ立てる伊庭を「うそつけ、お前は一分一秒でも高浦さんの傍にいたくて入ったんだろうが」そう苦々しく思ったが。
「嫌われ者は混ざらない方が良いだろ」
それだけ言い捨てると高浦は首を傾げる。
「昨日はB組の女子から嫌われたし」
「B組の女子、って……矢郷佳奈美ちゃん?」
高浦の問いに頷き、そのまま下を向いて基晴は語る。
「俺が入会したら、目標も無い奴がこの研究会に参加するな、ってまた叱られるんじゃないか?」
「佳奈美ちゃんは天城くんの言葉に苛立っただけで、天城くん自身を嫌いになった訳じゃないよ? 彼女は感情をはっきり言うひとだから、驚いたかもしれないけど」
矢郷は喜怒哀楽をはっきり示す女子なのか。基晴を諭す高浦も自身の想いはしっかり告げる。そこから気が合ったのだろう。
そして高浦はいかにも弱い者いじめを嫌いそうな女子だ。
良心から俯いたままの基晴にも優しく接するのだろう。
「矢郷さんは許しても……整備士目指してる男子はまた怒るだろ」
「椛島くんのこと? 確かに厳しかったけど、そういう態度は皆に対してだから。そういうひとなんだ、って割り切って付き合えば良いんじゃない?」
「俺は人付き合い下手だし、そんな器用には出来ないよ」
優しい助言を冷たく拒否すると、高浦は口を閉ざした。基晴が俯いたままじっと何かに耐えていると。
「高浦さんの言う通り。あの研究会で基晴くんを嫌ってるひとなんて、ただの一人も居ないぞー」
穏やかな男子の声につい顔を上げると、美濃島が笑いながらこちらへやって来た。
午前中の授業はずっとサボっていた癖に、こういう場所にはひょっこり出て来るんだな。
「また俺の発言で周囲の雰囲気悪くするのが嫌なんだよ」
苛立って本心を語る。
「佳奈美ちゃんも椛島くんも、本当に嫌いな人とは関わらないひとだよ。でもちゃんと、天城くんにも声掛けといてね、って佳奈美ちゃんは言ってたし……」
懸命に説得を続ける高浦の姿はクラスメイトというより、拗ねた子どもを振り向かせる保育士のようだ。
「それは彼女も大勢で仲良くするのが好きだからじゃないか? 俺みたいな馬鹿も仲間に入れておこう、って気を遣ってくれてんだろ……高浦さんみたいに」
基晴の嫌味ったらしい一言にはついに高浦も黙り込んでしまった。
このまま傍に寄って来るひと全部が俺を嫌いになれば良い。そっちの方が色々と楽だ。
昨日の喫茶店のようにクラスから逃げ出して。食欲も失くした基晴が裏庭でひとりミネラルウォーターを飲んでいると。
「おーい、基晴くん」
何故か美濃島がひとりでやって来た。
「きみも入会しないか? 俺等も入った、あのなんたら研究会に。中々面白そうじゃん、より充実した学生時代になるぞー」
基晴の隣に美濃島はよっこらしょと腰掛ける。
「あの研究会は目標に向かって努力してる生徒限定だろ」
「それはないよ、俺も入会出来たんだし」
「おまえも人付き合いは上手いしな。仲間外れとかガキっぽいことしたくないんだろ」
基晴はまた嫌味を言ったが、気にせずに美濃島は笑う。
「そりゃあ仲間外れは嫌いだけどさ。天城くんも入ってくれれば、伊庭と椛島くんの戦闘モードも変わるかな、って思ったんだよ。どっちの仕事が上だ! ってのばかりだと、高浦さんが困って矢郷さんが本気で怒る。それに、なんだかんだ言ってるけど……」
美濃島は笑顔を真面目な顔に変えた。
「……天城くんも頑張ってんじゃん」
そんな台詞に基晴が応えに詰まると。
「教科はしっかり受けて、授業サボってる俺を叱ったり、小テスト失敗した伊庭に間違い教えたり、高浦さんに頼んで語学教えて貰ったり。わしづか宇宙開発専門学校で努力してる生徒じゃん」
美濃島の誉め言葉に反論は出来なかった。
「天城くんはまだ、完全に諦めた訳じゃないんだろ?」
何を諦めた、とは言わずに美濃島は話を締め括った。
基晴はただ優秀な兄と比べられるのが怖く。
教師や両親から才能は無いと貶されて。
それら全てが嫌になり、現在はただ逃げているだけだ。
「それじゃあ美濃島、おまえは何になりたいんだよ」
その問いは美濃島には嫌味に聞こえたかもしれないが、基晴が彼の将来を気になったのは本当だ。
「俺のなりたいもの? そうだなぁ……夢や目標は研究会で語る」
「なんだそれ? おまえの夢を知りたい天城くんを入会させよう、とか思ってんのか?」
また嫌味ったらしい質問になったが。
「いやいや、こんな狭い裏庭で一対一で話すのも照れ臭いしさ」
美濃島はさらりと流す。
他人同士の争いを咎めるしっかり者だが、よく授業をサボるいいかげんでもある、美濃島克洋という不思議なクラスメイト。
もしかすると、こいつにも何か事情があるのか?
「……分かったよ」
そして天城基晴は新型有人宇宙機研究会の正式会員となった。




