第八話 謎だらけの研究会
「ねっ、ねぇ、高浦さん。なんか伊庭がまた馬鹿言って、椛島って男子と口論始めたけど」
焦り訴える基晴に、
「研究会での、業種の価値観の相違、みたいな議論はお互い勉強になるよ」
高浦はやけにあっさりと答える。
「いや……その、研究会、ってなに?」
さっきから皆が口にする謎の単語を尋ねると。
「新型有人宇宙機研究会。現在、会員数四名」
東宮が本を読みながら呟いた。
「新型……友人、宇宙機? 友だち同士の宇宙船、って意味か?」
基晴が問うと矢郷から爆笑された。
「ハハハッ! それいいな、フレンドリーで。その名称に変えちゃおうか」
つられたように高浦もクスッと笑い、東宮は淡々と説明を始めた。
「有人のゆうは有り無しの有。無人の反対で、人が乗る宇宙の機械、って意味」
「わしづか専門学校のサークルか? 俺、サークル活動の説明会は行ってないからよく分かんねーんだよ」
落ち着いた口調が逆に馬鹿にされているようで、基晴は照れながらぶっきらぼうに問い掛ける。
「そうとも言えるが、この学校の公認では無い」
よく分からない返答に困惑して高浦に視線を向けると、彼女も困ったように笑った。
「研究会については、自分もまだ詳しくないんだ。佳奈美ちゃんに誘われて入ったばかりだし」
矢郷に訊けば分かるのか? そう思って視線を変えると。
「克洋さんはなにも言わないんですか!? あんな馬鹿にされて!!」
いきなり伊庭が大声を上げた。それに美濃島は苦笑する。
「馬鹿にしてるんじゃなく、自分の目指す仕事が一番だ! って言いたいんだろ。大体さ、最初にそれを椛島くんに堂々と主張したのは伊庭だろうが」
「でも、悔しくないんですか?」
「自分の目標を誇るのは良いことだよ。だから伊庭も、椛島くんも、どっちも良い学生だ」
「……それはどうも」
誉められてか椛島は美濃島に向けて軽く頭を下げるが。やはり美濃島の事も怪訝そうに見ている。
「じゃっ、じゃあ、天城! お前はどうなんだよ!?」
伊庭から怒鳴られたが、どう、って訊かれてもな。
「お前の目標も操縦士なのか?」
基晴は戸惑うが、ゴーグルを外した椛島から眼を見つめられ。
「俺は……操縦士になりたかったけど、もう諦めて進路は変えた」
「目標は決まっていません」とだけ答えれば良かったのに本音を語り始めたのは、椛島の真剣な視線に負けたんだ。
「それなら、なんでわしづか宇宙開発専門学校に入学したんだ?」
基晴に向かって問い掛ける椛島は、なんだか一流大学や一流企業の面接官みたいだ。
「宇宙関連には関わりたくて……でも、操縦士なんて難しい仕事、俺には向いてないから……だけど、整備士とか乗務員とか、比較的簡単な仕事なら俺にも出来るかな、ってさ……」
俯きながら途切れ途切れに思いを語ると。
「なぁ、お前も俺にケンカ売ってんのか? それなら顔上げて、ちゃんとこっち見ろ」
椛島の静かで低い声が頭上に響き、基晴はゆっくりと顔を上げた。
「俺が一生の目標にしてる仕事を、そこの伊庭、って奴は下に見て。それでお前はお気楽な仕事に思ってんのか? ふざけるのも大概にしろよな」
椛島は怒りよりも呆れている雰囲気で。返す言葉が見つからず、助けを求めるように美濃島や高浦の方を向いても皆が真面目な表情で、試されているように感じた。
ふざけてる、か。そう言われても仕方がない。そもそも基晴は伊庭や椛島のように、この仕事をやりたい! という強い目標など無く。
難関の操縦士は諦めたものの、宇宙開発を学びたい未練から簡単そうな学校を選び、わしづか宇宙開発専門学校に入ったのだし。
しかし、これが研究会の活動なのか? けれども基晴はまだ入会していないはずだ。
「しっかし、こうやって個人個人が進路の動機を深く語り合うとか、いよいよ研究会っぽくなってきたな〜」
争いの雰囲気を消そうとしたのか、面白そうに美濃島は喋る。
もしかして謎の研究会を設立したのはこいつか?
「おい、研究会会長。俺はまだこの研究会に入会した覚えはないからな」
基晴がきっぱり主張すると。
「会長、って俺が?」
不思議そうに美濃島は返す。
「違う違う。俺もまだ入会してないし」
首を振る美濃島の隣で矢郷が一歩踏み出した。
「そうだ! はっきり説明するの忘れてたね。この研究会のこと! まだ私も入ったばっかなんだけど……」
「説明する時間無いよ」
「あっ、本当だ。地下室の門限過ぎちゃうか」
東宮がタブレットの時計を見せると、矢郷は残念そうに呟くが、
「それじゃあ、これから近くの喫茶店行く? 研究会について分かんないまま家に帰ってもモヤモヤするでしょ」
明るく俺達に向かって誘いを投げた。「これから仕事があるから無理」そう断ったのは椛島ひとりで。基晴も本心は断りたかったが、研究会について知らないままも嫌で。皆と一緒に学校の近くの喫茶店へと入った。
「研究会の会長は誰だか分からない?」
カフェオレを飲んでいた基晴が驚いて尋ねると。
「入学式の日、タブレットでスケジュール見てたら、新型有人宇宙機研究会! 入会自由! とか映って。興味湧いてクリックしたら謎の合成音声に、入会ありがとうございます矢郷佳奈美さん、とか言われてさ」
アイスティーを啜りながら矢郷は楽しそうに頷く。
「それでそのまま入会したの?」
「うん。ひとりじゃつまんなかったから、椛島と東堂も誘ったら興味示して」
説明を続ける矢郷に肩をつつかれて、東宮はレモンスカッシュを少し零した。
「女子友達も入れたくて汀も誘ったんだ」
誘われるまま高浦も入会したのか? 基晴は唖然としたが。
「謎の研究会かぁ、ますます面白くなってきた。会員も皆しっかりしてるし、俺も入会しようかな」
緑茶を手に持ち、美濃島はにこにこと笑う。
「でも克洋さん! 矢郷さんはしっかりしてても、あの、椛島、って奴は失礼ですよ! ただ夢を語っただけなのに、ケンカ売ってんのか、なんて言ってきて!!」
大声で叫んだ伊庭は野菜ジュースを呑み干すが。
「伊庭くん、お店の中ではもう少し控えめな声で喋ろうよ」
ジンジャーエールを机に置いた高浦の注意に、「ごめんなさい」とでかい身体を縮めた。
「椛島と伊庭は似てるからケンカになったんだろ」
「似てる? 俺とアイツが?」
「夢に向かって突っ走ってる暑苦しい性格じゃん」
基晴の言葉に伊庭が怒りの表情を見せると。
「確かに似てるけど、ちょっと違うと思う」
ふたりの間に入って来たのは矢郷だった。
「伊庭くんはとにかく宇宙船操縦士に憧れて夢見てるみたいだけど、椛島はとにかく年寄りくさい職人気質っつーか……。まだ資格は持ってないけど、もう精神は宇宙船整備士なんだよね」
椛島がやたらと老けて見えた理由も、その職人の精神が外観に出てるからか。
「伊庭くんは椛島と似た面あるから面白い奴って思ったけど。天城くんの発言には私もイラっときたよ」
その言葉に矢郷の表情を見ると、そこに怒りは無かったが、ふざけて笑ってもいない。
「だってさ、地球上の小っちゃい学校で、簡単な仕事なら俺にも出来るかな、なんて広くて遠い宇宙について色んなこと勉強したって、その後になにが出来るの」
基晴はなにも言い返せずに、
「……これから予定あるからもう帰る」
立ち上がって携帯タブレットを矢郷に差し出すと、彼女は無言で基晴が注文した金額を差し引いた。




