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僕等の有人宇宙機  作者: 高柳 祥
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第六話 操縦士 VS 整備士


 かつーん、かつーん、と薄暗い地下への階段をゆっくりと降りていくと、たくさん並ぶ宇宙船の部品が見えてきた。ここまで様々な種類の部品を、こんなに近くで見たのは初めてだ。


「椛島は暇があれば倉庫でごそごそやってんだよね……あっ、ヤバい行為とかエロい事とかじゃないよ。あいつは整備士に就きたいから実習訓練してんだ」


 矢郷はそう言うが、入学したばかりの生徒だけでこれらをいじって大丈夫なのか?


「なっ、なぁ……ここ、勝手に入っていいのか?」

 恐る恐るそう尋ねたのは伊庭だった。

「平気だよ、ちゃんと許可は取ってあるし。じゃないと鍵も貸してもらえない」

 矢郷はさばさばと答える。そういえば、さっきは彼女から名前しか聞いていなかったが。

「きみも、整備士が目標なの?」

「まだ決めてない。汀とは図書室で知り合って仲良くなったんだ。ねー、汀」

 高浦は微笑んで頷く。


 しばらく進むと、作業服を着たひとりの男が眼に映った。

「かーばしまっ、新しい研究会員連れてきたけど」 

 矢郷は呼び掛けながら屈んでいる男子の背中に軽く蹴りを入れるが、集中しているのか手を止めない。

「ねぇっ! 椛島!! 新しい研究会員だってば!!」

 げしげしと背中への蹴りからのっそりと立ち上がる。

「あぁ、矢郷か。今日はまた大勢連れてきたな。高浦さんだけかと思ってた」

 そう言ってゴーグルを外した顔はなんだか老けて見えた。伊庭と同じ位の背丈もあって大人びた雰囲気だ。


「俺は高浦さんと同じA組の、美濃島克洋。これからよろしく」

 

 美濃島が自己紹介からの握手を求めると、男は手袋を外してその手を握る。


「俺は矢郷と一緒のB組の、椛島俊之(かばしまとしゆき)。よろしくな」


 しっかりと名乗る雰囲気も落ち着いてるな。


「なぁなぁ、お前さっきまでここでなにしてたんだ?」

 また伊庭の好奇心に火が付いたようだ。

「なに、って……新しい機体の構造を調べてたんだけど」

「そういうの授業でやらないのか?」

「まだ実習はやってないんだよ。だから予習としてやらせて貰ってるんだ」

「へぇ、いいよな、整備士はひとりで実習授業が出来て」

「……実習は誰だって出来るだろ」

 椛島は怪訝そうな表情を見せるが、まずい事に伊庭は違う精神にも火が付いたらしい。


「でも困難な実習も、操縦士を目指す生徒はまだまだ先なんだよ……でも、そんな道のりの先には栄光が待ってる。それだけ宇宙船操縦士が凄いんだから……それを下で支える整備士にも感謝はしてるけど、やっぱり操縦士が世界一、いや、宇宙一の職業だよな」


 伊庭は夢である宇宙船操縦士の魅力や栄光を語り始めると止まらない。視線を遠い宇宙(そら)に向ける伊庭を椛島は胡散臭(うさんくさ)そうな眼で見ている。


「おまえ、いったいここに何しに来たんだ?」

「あっ、紹介が遅れてたな。俺は伊庭賢司!! 呼び方はどっちでも……」

「名前なんかどうでもいいよ。おまえは研究会じゃなく、俺にケンカ売りに来たのか?」

 自己紹介を遮って問い質す椛島の口調には怒りが見える。


「下で支える、とか……馬鹿にしてんのか? そりゃあ操縦士資格は難しいだろうが、整備する人間が居なけりゃ宇宙船の機体は動かないだろ。変な風に比較して上に立つなよ」


「あっ、すまない……自分のやってることそんな風に言われたら嫌だよな……」


「そう言われるのが嫌なんじゃなくて、おまえがそう思ってること自体が腹立つんだよ。整備士も操縦士も、どっちも宇宙開発には必須だろうが」

 はっきりと椛島は告げたが。その言葉に伊庭の表情も変わった。

「宇宙船を学んでるのに操縦士を尊敬してないのか?」

 苛立ちを帯びた口調で尋ねる伊庭から、ふっと椛島は視線を逸らした。


「してないよ、そこまで特別でもあるまいし。あと宇宙開発の分野でも人工知能はずいぶん発達してる。将来的に安全面からAI(エーアイ)に操縦は任せて、操縦士資格持つ人間はそのサポート役に回るだろ」


 淡々と語るその内容はメディアでも報じられているが、事実でも伊庭にとっては聞きたくない言葉だ。


「そんなの整備士だって同じだろうが! いじるだけで済むんだから!!」


 顔を真っ赤にした伊庭の怒鳴り声が地下室に響き渡ったが、椛島は動じない。


「操縦士はAIに頼っても、宇宙船機体をしっかり維持するには人間の手や眼や耳が不可欠だ。宇宙船を造るのも乗るのも人間なんだぞ?」


 呆れたように溜息を吐いた椛島に伊庭は詰め寄る。


「じゃあお前、宇宙船には操縦士より整備士の方が大切だ、って思ってんのか!?」

「一言で言えばそうだな」

 椛島がしれっと答えると、伊庭はもう返す言葉を失った。

 話は終わり、といった風にまたゴーグルを嵌めて宇宙船の作業に取り掛かった椛島を、悔しそうな表情(かお)で睨み付ける。


「おい、美濃島……ケンカは止めた方が良いんだろ?」

 椛島を睨み付ける伊庭の震える拳を見て、基晴は美濃島のシャツを引っ張るが。

「いやいや、これはケンカじゃなくて研究会での討論だろ。なぁ、矢郷さん」

「そうだねー、いきなり面白くなっちゃった。連れてきて正解だったな」

 にやにや笑いながら尋ねる美濃島に、矢郷もやけに楽し気に答える。

「でっ、でも高浦さんがまた困るんじゃ……」 

 心配して高浦を覗くと。


「本当に珍しいね、洋紙の書籍なんて国立図書館で見たきりだ。東宮くんが持ってるのはこの一冊だけ?」

「ううん、他にもあるよ。こういうハードカバーだけじゃなく、文庫、ノベルス、ペーパーバックなんかも」

「それは凄いな、色んな種類があるなんて。今度、そういうのも見せて貰える?」

「いいよ、読むなら貸すし」

「わぁ、ありがとう。もうどこの書店も図書館もダウンロードデータのみで。自分は昔から、こんな形のある書籍を触れて読んでみたかったんだ」


 東宮とふたりで、和気藹々(わきあいあい)と紙の本についての会話を交わしていた。

伊庭と椛島のやってることは全く気にしていない様子だが……しかし彼女が制止の声を掛ければ、伊庭も争いを止めるだろう。




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