第五話 新しい出会い
基晴がわしづか宇宙開発専門学校に入学して一ヵ月が経ち、校庭の景色も桜の花から新緑の季節となった。
「はい、ではまず簡単な説明から……宇宙医学とは、宇宙空間の色々な条件が人の身体に及ぼす影響を解明して、その適性、順応、保護……などを研究する学問です」
宇宙空間と人体が映るスクリーンの前で、渋川、という女性講師はやけにおっとりと喋る。
「宇宙船内部の様々な衝撃からの人体の保護、無重力状態下の人体への影響、等の生理学のみでなく……宇宙空間での生活周期の乱れからくる、孤独感、不安感、等の心理学も研究対象となります……。宇宙船や宇宙ステーション内での健康維持、これは宇宙開発の重要テーマです……しっかり学んでください」
ここの講師陣は変わった人物が多いな。五時限目の宇宙医学の授業を受けながら、基晴はぼんやりと思った。
「あ~あ、やっぱり俺って、実技には全力で臨めるけど、頭で覚える教科は苦手だな~」
「……お前は実技も苦手なんじゃないか?」
基晴の隣でぐったりしている伊庭に小声でツッコミを入れた。
この一ヵ月で分かったが、伊庭は全力は出すがその分失敗する、やる気と実力が反比例するタイプだ。
「大丈夫? ふたりとも疲れてるみたいだけど」
高浦が心配そうにこちらへやって来た。
彼女は筆記試験が抜群に得意だ。なにしろ英語が得意なだけでなく、中国語も完璧に操る。「親類に中国から来たひとが居るから」と謙遜していたが、帰国子女でもないのに外国語の読み書きや会話が出来るのは凄い。
そして初日に基晴と伊庭の喧嘩を叱った美濃島は、というと……。
「あいつ、今日もサボってるの?」
「あいつ、って美濃島くん? 昼休みまでは居たんだけど。またお腹が空いて、どこか行っちゃったのかな?」
周囲を見渡しながら高浦は苦笑する。美濃島の学力はまだよく分からない。とにかくよく授業をさぼるのだから。
「ねぇ、汀。誰と話してるの?」
高浦の背中からひょいっと見知らぬ女子が顔を出した。
茶髪のショートカットで小柄な体型、高浦より頭ひとつ程身長は低い。でもなんだろう、見るからに気の強そうだ。
「自分のクラスの男友達。入学してすぐ仲良くなったんだ」
高浦の「仲良く」という言葉に伊庭が嬉しそうに顔を緩めると、その女子も面白そうに笑った。
「へぇ……私はB組の矢郷佳奈美、っていうんだけど、そっちは何ていうの?」
明るい自己紹介に伊庭は慌てて向き合う。
「あっ、俺の名前は伊庭賢司、っていうんだ。名字呼びでも名前呼びでもどっちでもいいよ」
「ふぅん、じゃあ賢司くん、とか呼ぼうかなー」
相変わらずどうでもいい伊庭の自己紹介に、矢郷、と名乗った女子は楽しそうに笑って、俺に視線を移す。
「天城、基晴……っていいます」
「基晴くんか、よろしく」
「いや……俺は名字で呼んでください」
「天城くんね。同い年なんだから敬語はやめてよ」
笑いながら早口で喋る矢郷に、基晴は無言で頷いた。
「宇宙での医学、ってこんな早くから教わるんだな」
意外そうな伊庭の言葉に、
「当ったり前じゃん。宇宙船内の空間とか、宇宙食の栄養とかも関連してくるんだから」
矢郷は腰に手を当てて反論する。喋り方も勝気な女子だな……基晴の苦手なタイプだ。
「ねぇねぇ、向こうにB組の男子連中が集まってるんだけど、一緒に語り合わない? これからの宇宙開発について、とかさ」
基晴は嫌だったが、伊庭は嬉しそうに頷いたので付いて行くことにした。
「汀の友達の、A組の男子連中連れてきたけどー」
後をついて隣の教室に入ったが、辺りにひとの気配は無い。
「あれ? 椛島は?」
「倉庫に行っちゃった」
もぞもぞと動いて矢郷に答えを返したのは、小柄な男子だった。
「なーんだ、またかぁ。アイツも飽きないねー」
「椛島はそこが一番落ち着ける場所なんだろ」
はきはき喋る矢郷に小声で返すその男子は、存在感は薄いがやたら長めの癖毛の個性的な外観だ。
さらに不思議なことに、そいつは紙で作られた本を手にしていた。
「なぁ、おまえなんでそんなもん持ってんだ?」
伊庭もしげしげと見つめる。
「読書が趣味だから」
「だったらタブレットで読めばいいじゃん」
「授業ではタブレット使うけど、こっちの方が好きなんだ」
そいつはあっさりと答えるが、確かに珍しいよな、紙で出来た本なんて。
だいぶ昔はそれが主流だったらしいが、現在は書店で市販はされておらず、売っていても書物ではなく飾り物としてだ。
「なんでわざわざそんなかさ張るもの使うんだよ? それに紙って燃えやすいんだろ?」
重なる質問に紙の本を持ったそいつは困った表情になってきたが、まだ伊庭の好奇心は収まらないらしい。
「おいおい伊庭、趣味や好みは人それぞれだろ」
そう止めたのは、どこからともなく現れた美濃島だった。
「おまえ……授業さぼってなにしてたんだよ」
険しい口調で基晴は尋ねるが、
「んー? 腹減ってハンバーガーショップ行ってた。食べ終わったから戻ってきた」
美濃島はなんとも思ってないらしく、のんびりと答える。そして紙の本を手にした男子に向かって片手を差し出した
「俺はA組の美濃島克洋、っていうんだ。これからよろしく」
「東宮、東宮、峻。B組。よろしく」
ぼそぼそと小声で名乗りながら美濃島が差し出した手を握った、東宮、という奇妙な奴に、基晴と伊庭も自己紹介をした。
「でも、椛島が居ないんじゃつまんないなー。皆、これから時間ある? そしたら宇宙船倉庫に行って語り合おうよ。うん、そっちの方が面白いし」
勝手に決めるな……しかしその矢郷の提案で、皆はこの学校の地下にある宇宙船倉庫へと向かった。




