第三十八話 大気圏での論争
スペースコロニーで稲地信晴が管理委員からメテオラの説明を受けていた頃。
「それって……この施設から出てメテオラに加わった人が居る、って事ですか!?」
地球上で天城基晴は驚きの声を上げていた。
学校で見たニュースに混乱した基晴は、現在の居場所としているアトモスフィアに帰っても落ち着くことが出来ずにいた。するとアトモスフィアの職員の部屋に呼ばれ、岡野からメテオラの話を聞く事となった。
そこで岡野はいきなり「メテオラには自分や東宮の知人も参加している」なんて口にしたのだ。さらに混乱した基晴は、身を乗り出して岡野に詰め寄る。
「なんで止めなかったんですか。もしかして止められなかったんですか? ずっとここで育ててきたひとなのに?」
必死に問い掛ける基晴に対して、アトモスフィアの職員、岡野は冷静に答える。
「彼がスペースコロニーに向かうときは反対してもいないし、無理矢理向かったのでもないよ。ここで育ってきた若者達の進路は、自分達が決める事では無いから」
岡野の口から出た、進路、という単語に基晴は違和感を抱いた。
保護者の言う進路とは、いままで育てた子どもが将来進む方向のはずだ。伸ばすための進学や自立していく就職でも無い、危険集団に関わる道を進路と認めて何になるんだ。
「だって、あんなテロ団体のような……危ない思考の人達の群れに入るのが、そのひとの進路で良いんですか?」
基晴の疑問から怒りを感じ取ったのか。岡野は子どもを宥める様に、ゆっくりと語り始める。
「まだ日本政府は、メテオラが危険集団である、とはっきり告げてはいない。メテオラのリーダーである櫻川亜希だって犯罪者ではない。他のメンバーも一緒で、過去に犯罪を犯した人間も、犯罪を予告した人間も、指名手配されている人間も、誰ひとりとしてあのスペースコロニーには居ない」
否定の言葉を連続してきっぱりと言い切った岡野に、基晴は反論する気力を失ってただ口をぱくぱくと小さく動かすと。
「岡野さん、天城くんは学校で見せたニュースから混乱してる。あんまり責めてもしんどいだろ」
ふたりの間に入ったのは東宮だった。この部屋での基晴との会話を岡野に依頼したのもきっと東宮だろう。
「責めてる訳じゃあ無いんだけどな」
岡野は苦笑する。このひとは基晴を安心させようと、メテオラの危険性を否定しているのだろうか。それならニュースはデマなのか? だったら学校まで乗り込んできた基晴の父親が、メテオラと口にした理由も分からない。
「でも、そうだな。これ以上説明しても、天城くんが辛いのは確かか。今夜はもう休むと良い」
岡野は優しく微笑んで話を終わらせたが。そう言われたって休めるもんか。
どこに向かう訳でも無いがシェアハウスの玄関から飛び出した基晴は、背すじを伸ばして広い夜空を見上げる。
あそこのどこかに信晴の居るスペースコロニーはあるのか? 兄はいったい何のために向かって、どんな人達に囲まれているのだろう。
背後から聞こえてきた足音に振り向くと、東宮がひとりで立っていた。
「ごめん。もっと不安にさせたか」
東宮は静かに謝ってきたが、基晴は目を逸らしたまま黙り込む。
「自分は岡野さんが、宗平さんの話も出すとは思わなかったんだ」
「宗平さん、って……メテオラに参加したひとの名前か?」
怪訝そうに尋ねると東宮は頷く。プライバシーの問題でか、さっき岡野はアトモスフィアからメテオラに加わった人物の名前も出さなかったんだ。
「そのひとと親しかったのか?」
「親友って訳じゃないけど。あのひとは年齢も二つ上だし……」
語っている人物を思い出しているのか。さっきの基晴の様に、東宮は顔を上げて瞳で夜空を探る。
「……でも偉そうでもなく、同い年みたく話せるひとで。小さい頃からアトモスフィアの中で一緒に宇宙開発について勉強してた」
「じゃっ、じゃあ、お前はどう思ってるんだよ! そんなに仲の良かったひとが、危険な団体を進路に選ぶなんて!」
東宮は夜空から怒鳴り付けた基晴へ視線を移すと、複雑そうな表情を見せた。
「……自分は何とも言えないよ。あのひと自身で選んだ道なんだし」
岡野と同じ答えを返した東宮にさらに苛立って、基晴は拳を握り締めた。殴りつけるつもりは無いが、反論している自分の姿を知ってほしくて。
「お前にとっては兄弟みたいなひとなんだろ。そんなひとが悪い方向に進んでもいいのかよ!?」
「メテオラが悪とは決まってない。それは岡野さんからも聞いたろ」
「ここの職員が言う事が全部正しいのか? あぁ、お前も親の言葉には従うのかよ」
「従う? 何だよその言い方。自分は岡野さんを、いいや、アトモスフィアに居る皆を信頼しているだけだ」
批判を重ねる基晴に苛立ってきたのか、東宮の口調も段々と険しくなって。
「だけどお前は、お兄さんを信頼していないのか?」
真正面から問われた。突然の深い問い掛けに、一瞬基晴は戸惑ったが。
「俺にとって兄さんは、信頼出来る人間だよ」
はっきりと答える。すると東宮は、基晴に賛同するように力強く頷いた。
「でもさっきからお前は、お兄さんを疑ってるように見える……だってお前のお兄さんへの想いと同じ様に、自分だって宗平さんを信頼してる。自分が信じたひとが進んだ場所なら、自分だって信じるからな」
東宮は基晴としっかり目を合わせたが、睨まれているのかは分からなかった。東宮はいつも感情を見せずに、自身の想いを語ることも少ない。「お前」なんて粗暴に呼ばれたのも初めてだ。




