第三十七話 父親の居場所
きっと櫻川の父親は、息子をひとりの人間として育てて。亡くなる以前から、つまり幼い頃から、自身と対等に接していたのだろう。
自身の諦めた夢を叶えさせるために息子を育てて、宇宙船操縦士という道以外は選ばせない信晴の父親とは正反対だ。
「まずはこんなに他人を集めて、宇宙に住んでることを怒られるだろうな~。また会ったときは、スペースコロニー買うため借りた金とか、他にも色々ここに使った金を返さないと」
「褒められるんじゃないですか? メテオラを立ち上げたことは。しっかりと櫻川さん自身の目標があるなら、それに遺産を使っても責められはしないでしょう」
「遺産? あぁ、母さんや親戚はそう言ってるけど……」
「あっ、すいません……軽率な言い方でした」
「いやいや、表現の差だからさ。それを丁寧に謝るって、きみも真面目だね」
どこか噛み合わない櫻川と信晴の会話に。ふぅ、と溜息を吐いた野宮がこちらへ向かって来ると。
「ねぇ、亜希。私達からの説明も終わった、って鷲尾に伝えて欲しいんだ。また稲地くんがあれこれ言われたら、真面目な彼も困るだろうし」
「それって、今すぐに?」
「うん。長い話になったら亜希も困るでしょ」
野宮からの依頼に櫻川はしばらく考えると、机上のペットボトルを一本手に持ち、何も言わずに部屋から去って行った。
彼の背中を視線で追って、信晴がそのまま部屋の扉をぼうっと見ていると。
「亜希の言葉を変だと思った?」
野宮から問われて一瞬迷ったが、ゆっくりと首を横に振る。
「父親と天国で再会したら、という意味なのでしょう? 亡き操縦士の父親の想いを継いで操縦士になるなんて、俺は櫻川さんが羨ましいです。尊敬して慕う人への深い気持ちは、残念ながら分からないので」
真剣に語る信晴を見て、野宮はまた神岡と顔を見合わせる。
「それとも違うんだよね」
彼女の言葉に信晴の表情が疑問に変わると。視線を向けられた神岡は少し戸惑いながら口を開いた。
「亜希は櫻川真澄さん……自分の父親を、死んだとは思っていない」
「心の中で生きているんでしょう?」
「いいや、そうじゃないんだ。誰にでも言う台詞だけどね、『父さんは宇宙のどこかで生きている』これが自然な本心で、願望ではないんだ」
櫻川亜希は二十六歳と聞いているから、十九年前の事件の際には七歳。人間の死がどんなものか、夢や希望と現実との差、それらの理解はあるだろう。
「それって……本当なんですか?」
思わず尋ねると、櫻川は真面目な表情で信晴を見つめて。
「絶対に亡くなった、とは自分も思ってない。あの事件での遺体はひとつも見つかっておらず。亜希の父親が生きてる証拠も無いけど、亡くなった証拠も無いからね」
宇宙医師である神岡もそんな意見を口にするとは、もしかしてメテオラのメンバーで調べたのか? 櫻川は父親の生存を明らかにするため、スペースコロニーを居住地にメテオラを立ち上げたのか?
「私も亜希に同意してる」
野宮はあっさりと告げると、信晴の顔をじっと見つめ。
「稲地くんはどう思う?」
心を探るように、気持ちを試すように尋ねて来た。
「俺は……」
それだけ身体が丈夫であろうが、そのとき何かとんでもない物で護られようが、宇宙上で分解した宇宙船に乗っていた生物の命が助かるなんて。
櫻川の信念が伝わらないのは、信晴に父親を慕う気持ちが薄れているからだろうか。
「信じられないのも当たり前だろ、地球上では全員死んだと報道されてるんだし」
そう告げたのは秦だった。信晴を庇う発言に、一瞬ぎょっとしたが。
「でも、秦も亜希を信じてるんでしょ?」
「それはあいつの言葉に染まったせいで……だからそこに居る新入りは、まだ信じられなくて当然だろうが」
「それもそうか。ごめんね、稲地くん。あと安心して、亜希の父親が生きてると信じなければメテオラのメンバーではない、なんてルールもないから」
野宮と秦の会話から、またさっき信晴の心に湧いた疑問、メテオラは櫻川真澄の生存を明らかにする団体、という説も曖昧となった。
いったいどんな意志で、もっと言うと何の為に、櫻川亜希はメテオラを立ち上げたのだろうか。
そしてここに居る人々も、本当に地球上の何かから逃げて来ただけなのだろうか。
「亜希の父親への気持ちは、あいつの思い込みとは違うしな」
「あいつ、って鷲尾さんですか?」
疑問を口に出来ずにいた信晴は、秦の呟きに思わず問い掛けると。
「そうだよ、操縦士でもないくせに」
ふっと意外そうな視線を向けるが、秦はきっぱりと答える。
「えっ? でも自分への説明では、操縦士、って……それも鷲尾さんの思い込みだったんですか?」
信晴の言葉に野宮が吹き出すと、今度は神岡も笑って。
「鷲尾は操縦士資格は取得していないんだ。日本の地上での試験には合格したが、宇宙での本試験で躓いたらしい」
そうだったのか……失礼なことを言ってしまったかな。
「でも、宇宙船操作の腕前は確かだし。だから私も頼りにしてるんだよ」
笑いながらでも、野宮の言葉はお世辞には聞こえなかった。すると秦がまた彼女を睨み付けて。
「だからって管理委員にまで選ぶな! あんな思い込み激しい奴!」
「怒鳴らないでよ……思考的には秦も鷲尾と似たようなもんじゃん」
「あのなぁ、俺とあいつのどこが似てるんだよ」
呆れたように応える野宮を、また秦は睨み付けるが。
あいつ、つまり鷲尾と秦は似ている。それは信晴も同じ感情だったので、野宮の言葉にはほっとした。




