第三十六話 宇宙での独立国
和やかな雰囲気となっていた信晴と櫻川の傍へ、つかつかと秦が向かってきた。
「新入りへの説明を適当に終わらせるな」
二人に向かい告げたのだろう、口調はさっきより冷静だが、苛立ちは消えていない。
「地球での生活と兼ねてもいいが、そっちが大事になったらここを出ろ。ここで宇宙開発について勉強すれば、操縦士の資格が取れるかもしれないだろ」
そう言い捨てた秦は、さっき告げた信晴からの言葉を信じてはいないのか。父親への反抗心から出た逃げ口上、そう思われても仕方ないが。
「きみって操縦士になりたいんだっけ? そしたらあのひとに教えて貰いなよ」
しかし、櫻川はそう言いながら野宮を指差した。
「いや、違うでしょ」
「だって操縦士について色々と賢いじゃん。教えて下さい! って俺の所に来る人も居るけど、そしたら困るし」
呆れたように野宮は否定するが、櫻川はどこかずれた考えを続ける。
「そうじゃなくて、違うのは秦の言ってる事だよ。きみは、操縦士にはならないんでしょう?」
秦を睨み付けた野宮から厳しい口調で問われ、信晴が勢いで頷くと。
「あいつと同じで、日本の操縦士試験は間違っている! 難易度が高すぎる! なんて動機から入って来たんだろ」
「俺は試験を否定してはいません。受からないのは自分の実力不足です」
思わず信晴が反論したのは、野宮に向かって言い捨てた秦の台詞に大きな違和感を抱いたからだ。
「俺は小さい頃から、操縦士を目指して努力する人達を沢山見てきました。創成学園でも、別の場所でも……だからこそ、その人達と俺は違う、自分は操縦士を目標とはしない、それに気が付いたんです」
懸命に語る信晴を、秦は睨み付ける。
「やっぱり日本での宇宙関連学校の制度に不満があったのか。亜希を頼った理由は分かったが」
それも信晴の想いとは違うのだが……秦は納得した様子なので、もう言い返すのは止めた。
「すいません、稲地くん。きみが良ければメテオラの説明を続けさせて下さい」
「あっ、はい、大丈夫です」
何の謝罪かは分からないが神岡から謝られて。黙り込んでいた信晴は慌てて答える。
「どこの法律も関係なく、ここには独自のやり方がありますが。もしメンバー同士で大きなトラブルが起きた場合、まず管理委員会を交えて話し合い、地球上に戻ってもらうかどうかを決めます。委員の中には法律に詳しい人も居るので」
メンバー同士のトラブル、それの説明を始めた神岡は、さっきの会話から争いを連想したのか。すると、それを遮るように秦が口を開いた。
「メテオラのルールを簡単に言うと、人間として最低限のルールは破るな、それだけだ。喧嘩も勝手にやって良いが、人を殺めたり、重傷を負わせたりしたら、お前のことは俺達が裁く」
新入りである信晴への秦の厳しい口調は、説明というより命令のようだ。しかし、殺人なんて起こっているのか? 独自の法律も交えて、本当に独立国のようだ。
「法律家の委員の方を中心に、裁判が行われるんですか」
「そんな大層なもんじゃないけど……」
驚いた信晴の呟きは、また野宮から笑われたが。神岡は庇う様に説明を続ける。
「第三者も交えての会議だよ、実際に刑罰を決める訳じゃあない。もし稲地くんが誰かを怪我させたり、逆に誰かに傷つけられたら、なるべくここで治療して済ませたいし。地球上に戻って警察沙汰になると、またメテオラについて妙な報道がされるから……この場所で示談からの和解となれば自分達も助かる」
「それでも、そのとき善悪を決めるのは櫻川さんでしょうか」
そんな問いに、また野宮と神岡は顔を見合わせると。
「亜希はメテオラのリーダーだけども、絶対君主では無い」
秦はきっぱりと告げた。また国家のような単語を出す彼は、なんだかあのひとに似ているな。信晴がそう思いを巡らせていると。
「うん、俺はここの王様じゃないよ。みんなからも下の名前で呼ばれてるし」
「だって、亜希自身がそっちの方が良いんでしょう?」
軽く理由を返した櫻川に、野宮が呆れた口調で尋ねると。
「櫻川って呼ばれるとさ、父さんの話題が出たときごちゃごちゃになるから」
そんな言葉を聞いた信晴は、様々な場所で聞いたメテオラへの記憶が蘇った。
櫻川亜希が注目されるのは、その父親の存在もあるんだ。
「きみは知らなかった? 俺に有名人の父さんが居る、って」
深刻に宇宙での過去を考えていた信晴に、櫻川からはあっさりと問われて。
「いいえ、皆から聞いています。敏腕の宇宙船操縦士だったと……だから櫻川さんがずっと羨ましく。自分にも人生の目標として、心から尊敬出来る父親が居てくれれば……」
はっ、と信晴は口を噤んだ。亡くなった人物に対しての評価を語るべきではなかったか?
現在から十九年前。
再使用型宇宙往還機「アマテラス」が宇宙空間分解を起こし、乗務員全員死亡する。
理由は不明。整備ミス、操縦ミス、宇宙テロ、様々な仮説がある。
この事件により、櫻川亜希の父親、櫻川真澄は35歳の若さで亡くなったんだ。
父親の遺志を継ぐ。メテオラが注目されているのも、櫻川の揺ぎ無い意思があるためだ。
「いやいや、俺も父さんは好きだけどさ、尊敬とか目標とか、そこまで偉くは見てないよ? 何より父さん自身が嫌がりそうだし」
戸惑って俯いた信晴に対し、櫻川は軽い口調で応える。その父親を謙遜するような言葉から、ますます信晴の心には、その親子関係への憧れが芽生える。




