第三十四話 管理委員会
「さて、と……まずはこのメテオラという団体について、何から話そうかな」
説明が慣れているのか、教師のように語りながら神岡はタブレットを操作する。それに流されて生徒のように信晴は出された椅子に座ったが、こっちからの自己紹介を忘れていると気が付き。
「あっ、失礼しました。自分は稲地信晴といいます。まだ国家資格も持っていない学生ですが、通っていた創成宇宙開発技術学園では……」
「まず自己紹介は名前だけでいいですよ」
宇宙船操縦士を学んでいました、と続けようとしたが神岡に遮られた。
「櫻川さんから少し聞いていますし。きみとは創成学園で出会って、とか……あぁ、でも安心して下さい。聞いたのは本当に少しですから」
櫻川との出会いを思い出した信晴の身体が強張ると。神岡は落ち着かせるように口調を変えて、信晴の顔からタブレットに視線を戻す。
「櫻川亜希が三年程前に立ち上げた活動家団体、それがメテオラです。『主に日本で宇宙の知識を得た若者達が、世界での旧式の宇宙開発に染まることもせず、地球から離れて新しい宇宙開発を考える』これを目的に掲げSNSでメンバーを集めました。当初の参加者は三十名程でしたが徐々に人数は増え、現在のメンバー数は百十名程です」
部屋のスクリーンに3D映像が映し出された。大きな宇宙地図だ。
「ここが自分達の居るスペースコロニーです。メテオラを立ち上げるとき、活動場所として櫻川亜希が海外の宇宙開発者から購入しました」
タブレット画面と宇宙地図を見ながら、神岡は情報をすらすらと読み上げる。
先日聞いた仲尾からの説明よりとても冷静だが、そこが逆に怖かった。
仲尾はメテオラを誇張すると言われたが、神岡からの説明と異なる部分は無い。感情を交えてはいないが、「スペースコロニーを拠点とした活動家団体」とはやはり、過激な思考を持つ人々の集まりなのだろう。
「櫻川亜希をリーダーとして管理委員が数人居り、僭越ながら自分もその一人です」
そう告げた神岡が頭を下げると、野宮も姿勢を正して頭を下げる。秦はなにも態度に出さないが、話の流れだと彼も管理委員の一人なのだろう。
「仲尾からの説明も似たような話だった?」
過激な活動団体への参加から沈黙していた信晴に尋ねたのは、野宮だった。
「はい……しかしもっと深く、真の目的、というのも聞きました」
信晴の答えに野宮と神岡は顔を見合わせると、少しの間黙り込み。
「それって、宇宙領域の開拓とか、国際連合から独立とか、そのための宇宙軍との戦争、みたいな?」
「はい。そして……これは革命だ、とも」
このまえの話を聞いていたのかな? 信晴が不思議そうに頷くと。また同じように、だがさっきより気まずそうに、野宮は神岡と視線を交わす。
「申し訳ないが、あいつの……仲尾の説明ほど過激派ではないよ、自分達のいるメテオラは。これだけは事実だ」
やはり教師のように、だが今までよりきっぱりと神岡は告げた。
「きみは日本でもメテオラについて、危険な思考の団体、と教わっていたか? 仲尾一暁の過剰な宣伝でマスコミにも注目されれば、フェイクニュースも増える」
もうタブレットも見ずに、苛立った口調で神岡は続ける。
「過去の宇宙船事故で父親を亡くした青年がリーダーで。だから彼は父親を殺した日本の未熟な宇宙開発に反発しており。そのため日本からの独立を企んでいる。そうした反抗的思考を持つリーダーに従う若者達の活動家団体、それがメテオラ……そんなのは馬鹿馬鹿しい連想だ」
確かに信晴が父親の教えや創成学園の授業から得ていたメテオラへの知識は、そういったものだった。
何故日本政府は取り締まらないのだろう、もうそこまで危険団体となっているのだろうか、それも謎だったが。偽の報道からの風評被害だったのか。
本当に危険団体で、神岡の言葉が嘘なのだろう、とは信晴には思えなかった。
「じゃあ、仲尾さんが自分に教えたメテオラの思想は、あのひとだけの思い込み、ってことですか?」
「思い込み、って……きみも結構言うね」
信晴の驚いた言葉に、ずっと黙って聞いていた野宮が笑いながらこちらへ近付いてきた。まずい、馬鹿にするような表現だったか、そう戸惑ったが。野宮は気にせず、笑いながら親し気に信晴の肩を叩いた。
「櫻川は日本政府に反発してもいないし、社会運動したくて人々を集めたわけでもないからね。スペースコロニーも独立国家を名乗るためじゃなく、地球から少し遠ざかりたくて宇宙に住んでるだけで、櫻川の国籍は日本だし、住民票も日本のどこかにあるし」
神岡は腕を組んで首を傾げる。だが、少し、と言われてもスペースコロニーだしな。それとは反対に、住民票、といった聞き慣れた単語にもなんだか気が抜けた。
「でも、仲尾の感情に同意してるメンバーも数名居るし。なにより櫻川のメテオラへの感情が曖昧だから……過剰な説明が事実だと思われてるのだろう」
過激派のメンバーも居るのに、その中心となっているなら櫻川はやはり凄い。そして、ここに居る管理委員の人々も。
「亜希は地球から遠ざかりたい、というか、うるさい人達から逃げたかったんでしょ。メテオラは、そういう人達のための逃げ場所だし」
野宮の言葉に、ずっと気配を消していた秦が動いた。
「それだけじゃあない。『地球から離れて新しい宇宙開発を考える』これがやりたいのは事実だ」
強気に反論した秦に、また野宮と神岡は何か考えるが、二人とも言い返しはせず。秦も気まずそうに椅子に座り直した。
「でも、逃げ場所、っていうのは本当だよ。少なくとも私はね」
「いやいや、俺もそうだよ。逃げ場所があったから、櫻川を頼ったんだ」
自嘲するような野宮の言葉に、神岡も続けて。釣られたように信晴も口を開く。
「俺も、櫻川さんを頼って、逃げて来たんです」
詳しく語らないほうが良いのか? しかし、ずっと黙っているのも苦しかった。
「俺、いや、自分はっ……宇宙船操縦士になりたくなくて、逃げて来たんです。子どもの頃から夢だった将来が、本当に夢なのか、自分自身の希望する将来なのか……それを考えたら、違うと気付いて」
「お前、創成学園に通ってるんだっけ?」
おどおどと、でも力強く信晴は自身の逃げたことを語る。すると、問い掛けたのは秦だった。
「あそこの人間から何か言われたのか?」
「いいえ……操縦士の将来を押し付けたのは、自分の父親です。学校の人達は自分を支えてくれました」
「それなら、支えてくれた学校に戻るか? それでも親からは逃げられるだろ」
質問を重ねる秦に、ぐっ、と言葉を詰まらせると。
「創成学園への恨みを彼に当たらないでよ」
言い返したのは野宮だった。感情の見えないさらりとした口調で。
「ごめんなさい、稲地くん」
「いっ、いえ、こっちこそ」
丁寧に謝られた信晴は、また釣られて頭を下げる。
「秦は創成学園中退でね。なにか嫌なことがあったらしいんだ」
そんな言葉も、秦は黙って聞いている。このひとは信晴の先輩だったのか。整備士、と言っていたから違う構内で学んでいたのなら、顔は知らなくて当然だが。
「稲地くんもさ、言いたいことは言って良いけど、無理矢理は喋らなくていいからね」
野宮の告げた優しい言葉、ここに来た理由は言わずとも良い、それだけは仲尾からの言葉と被った。




