第三十三話 メンバーの寒暖差
しかし招かれたまま入ったメテオラという団体も、周囲の人間から聞いていたのとはだいぶ違う雰囲気だ。
父親はここに集まる人々を「能力はあっても、宇宙開発に貢献出来ない不良学生」なんて貶しており。
創成学園の教師や先輩達は、櫻川亜希のことを「国家資格は持っているが、本物のプロ操縦士ではない」なんて評していた。
そんな人物が集まる場所だからこそ、操縦士への未来を捨てた信晴には心地良い場所かと思っていたのだが。
「あなたが新入り? さっき櫻川亜希から聞いたんだけど」
ぼんやりと思考を巡らせていた信晴の耳に、突然女性の声が入ってきて。そちらを向くと、見知らぬ女性一人を中心に男性が二人立っていた。
「新入りにはメテオラの決まりを説明したいんです。そんなに時間は掛からないので、大丈夫ならこれから私達と一緒に来て下さい」
女性ははきはきと語り掛ける。三人とも年齢は櫻川と同じ位か。そして「新入り」とは信晴のことか。
「自分はいつでも大丈夫ですが……あっ、でもメテオラについての説明は、仲尾さんからも受けましたよ」
この人達がそれを知らず、説明の手間が被っても悪いだろう。しかし女性はちらり、と隣に立つがっしりした男性を見上げた。
「……だってさ、どうする?」
困惑している様でもなく、背の高い男性に挟まれた女性は問い掛ける。
彼女は髪の毛をきっちりとひとつにまとめており、服装はシンプルなスポーツウェアで、化粧もしているのかしていないのか分からない。
「あいつからの説明に惚れて入ったのなら、良いんじゃないか? 一ヵ月もすりゃ夢と現実の差に気付くだろ」
問われた男性はぶっきらぼうに言い捨てた。
体育会系とは違うが鍛えられた身体つきだ。創成学園での友人の宏太と似ている体格だな。彼も宏太と同じく宇宙船整備士なのかもしれない。
「きみは稲地信晴さんでしたっけ?」
もうひとりの男性が穏やかに問い掛けた。
ファッションなのか眼鏡を掛けて、服装や雰囲気と似合っており、いかにも優し気で知性豊かな男性に見える。
「あっ、はい。すいません、自己紹介が遅れまして」
「いやいや、こっちからいきなり話し掛けたんだし、そんなに気を遣わないで下さい。えっと、きみが聞いた説明も含めてもう一度話し合いたいんだ。仲尾はメテオラについて……なんというか、話を、誇張するから」
慌てる信晴を落ち着かせるように、そしてどこか申し訳なさそうに眼鏡の男性は告げる。すると女性はクスッと笑って、もうひとりの男性は眉間に皺を寄せた。
まだ信晴はメテオラのメンバーの関係性など全く分からないが、この人達は仲尾を嫌っているのだろうか。
「よろしくお願いします」
自分は新入りなのだし、色々なひとから話を聞いた方が良い。そう思った信晴は頷くと、三人の一歩後ろを付いて歩く。
そして以前聞いた仲尾からのメテオラの説明を思い出していた。
「きみの過去については何も尋ねない。きみが何故メテオラに辿り着いたのかも言わずとも良い……若者には若者の事情があることは俺も知っているしな」
櫻川は「俺ひとりじゃなんにも分かんないからさ、ここの説明は他の奴等に聞いてよ」そう言って信晴をこの部屋に放り込み。するとそこに居た青年がいきなり早口で語り掛けてきた。しかし「若者」と言われても、十九歳の信晴とこのひとは、二、三歳しか違わない気がする。
「俺は宇宙船操縦士だが……なにか足りない日本での宇宙開発にもどかしさを感じていた……そんなとき、同じく日本で操縦士を勤める櫻川さんと出会ったんだ」
そんな台詞にはどきりとした。宇宙船操縦士を諦めた信晴を、プロの人々は嫌悪するんじゃないだろうか。しかし淡々と自身の経歴や想いを語り続ける。
「そして、俺はあのひとの右腕的存在となった。きみも聞いていただろう? このメテオラという名前と、そこに集まる人々の宇宙開発への熱意の凄さを。まだ始まって間もないから、櫻川さんも様子を見ている段階だが……」
大きく喋る彼の声にも感情が籠って来る。
「ここの真の目的は、新しい宇宙領域を開拓する。若い力を集めて国際連合から独立する。そのためには各国の宇宙軍との戦争も止むを得ない……すまない、きみは怯えたか? 日本国憲法では、戦争は放棄されたもの、となっているしな」
平和な日本でずっと暮らしていた信晴には宇宙戦争など連想出来なかったが。説明を続ける青年は既にひとりで熱くなっており。質問に答える前にまた演説のように語り始める。
「だが、これは革命なんだ。我々メテオラが日本から、いや、世界からも抜け出し……若者の能力を捨てずに宇宙で活躍するための!」
そこで、ダン、と拳で壁を叩いて話を終わらせて。
信晴はメテオラについて、結局よく理解出来ないまま説明は終わった。
「俺の名前は仲尾和明。ここでは宇宙船操縦士として活躍している」
「自分は、稲地信晴といいます。創成学園の学生です」
仲尾との会話も最後に交わした自己紹介のみで。操縦士を目指していたとは告げなかったが、詳しくは訊かれずに済んだ。
あの話が誇張だったのか? 確かに数日メテオラで暮らしたが、戦争や革命という言葉を掲げている人は、誰も見ていない。
信晴が三人から案内されたのは、以前に仲尾から説明を受けた部屋とはまた違う場所だった。
「自分は野宮香純。職業は操縦士です」
まず最初に話し掛けた女性が信晴に名乗ると。
「神岡敦彦といいます。宇宙医師をやっています」
穏やかな眼鏡の男性も続いた。そして野宮が、ほら、とがっしりした男性に視線で促すと。
「秦浩一郎」
はっきりと名乗るだけで終わらせた自己紹介を、信晴は特に苛立たなかったが。
「彼は整備士をやってます。だからあなたが宇宙船整備について訊きたいことがあれば、なんでも尋ねて。そうしたら喜んで仲良くなるから」
野宮は不愛想な態度をからかう。そんなふたりに神岡は苦笑するが。言われた方の秦は、どんな態度も見せなかった。
やはりこのひとは整備士だったのか。そして女性の操縦士に若い宇宙医師とは、リーダーの櫻川と右腕の仲尾のみでなく、メテオラはしっかりと実力の揃ったメンバーの居る団体だ。




